第39話 もん もん もん
もん もん もん
翌朝から、くしゃみと鼻水が止まらなくなってしまった。
どうやら軽い風邪をひいてしまったようだ。
「寒いのに、いつまでもお風呂で遊んでいるからです」
カランさんにたしなめられてしまったけど弁解の余地はない。
世話をしてくれたアイネは平気なのかな?
「アイネは大丈夫? 冷えたりしてない?」
「私は逆に体が熱くなりましたから……」
「そう……」
元気ならそれでいいか。
「ご、ご城主様、赤マムリンドリンクを飲んでおきますか? 元気がでますよ?」
「ありがとう、セティア。でも赤マムリンはいざというときに取っておきたいな。ほら、大量に魔力が必要なときが訪れるかもしれないだろう?」
カランさんも僕に賛成のようだ。
「赤マムリンドリンクは召喚者の能力を大いに高める可能性があるようです。他の召喚者にも効き目がありそうということで、関係機関が大いに注目しています。今後は国が正式にセティアに薬を依頼するかもしれません」
カランさんの言葉にセティアは体を震わせていた。
「そ、そ、そ、そういうのいいです! いらないです……」
「なんで? 大儲けのチャンスだよ」
「ほ、ほ、ほ、本当に大丈夫です。せ、製造方法はレポートにして提出しますからもう関わらないでほしいです」
「どうして? 交渉が苦手なら僕が間にはいってもいいよ。僕も得意なわけじゃないけど、セティアのためなら」
「本当にいいのです。も、もし忙しくなったらご城主様と離れ離れになってしまうかもしれないですし……」
セティアは助けてと言わんばかりに僕を見上げる。
うん、無理強いはよくないな。
「セティアの好きにすればいいと思うよ」
体調を心配されたけど僕らは予定通り出発した。
日が落ちる前に小さな村にたどり着くことができた。
それはよかったんだけど、今日も宿屋が見つからなかった。
普段の僕ならサクッと家を建てちゃうところなんだけど、今日はそうもいかない。
風邪で頭痛がひどくなって、それどころじゃなくなってしまったのだ。
「村長の家へ行ってみましょう。私が身分を明かせばきっと泊めてくれるはずです」
カランさんは自信たっぷりにそういったけど、あっさりと断られていた。
「私は王国の一級巡検士カラン・マクウェルだ。召喚者キノシタ・タケル様を護衛中である。一夜の宿をお借りしたい」
「寝言は寝て言え」
扉はカランさんの鼻先でピシャリと閉じられた。
「あとで見ていなさい! 村長の身辺を調査して、不正があったらきっちり罰をうけさせてやる。あれは叩けば埃の出る顔をしていたわ!」
相変わらずカランさんの器ちっさっ!
こういうときは普段のクールさが影をひそめるよね。
「たぶん、身分を信じてもらえなかったんですよ。行きのときみたいに騎士の護衛もいないから……」
僕、カランさん、アイネ、セティアの四人では迫力に欠けているのだろう。
ゴーレムがいるという理由で、護衛を断ったのは僕なんだけどね。
ほら、大勢いるとのんびりと旅を楽しめないじゃない?
僕としては気の合う仲間と楽しい旅行がしたかったのだ。
「あの、お困りですか?」
三十代くらいの女性が僕らに声をかけてくれた。
「あ、もしかして泊めてくれます?」
「代金をいただければ……」
親切ばかりではないようだったが、女性の提示してきた宿泊代は相場よりも相当安かった。
ただ、この奥さんはちょっと不安そうでもある。
「あの、本当に異世界人でいらっしゃいますの? う、うちには幼い娘もいるのです。私も未亡人なので、これ以上妊娠したりは困るのですが……」
「根拠のない嘘ですから!」
この土地でも異世界人に対する偏見があるんだなあ。
それでも奥さんは僕らを泊めてくれることになった。
「あれ、ここはお風呂屋さん?」
連れて来られた家は小さなお風呂屋さんだった。
「今日はお休みですが……」
こちらのお風呂屋さんだが、ご主人が亡くなってからお客さんがだいぶ減ってしまったそうだ。
それで、少しでも稼ぎになるならと、正体不明の僕たちを泊める気になったのだろう。
お風呂屋さんの休憩室みたいなところに通された。
「今夜はこの部屋をお使いください」
挨拶だけして奥さんは逃げるように去っていく。
「たぶんご城主様を怖がっていますね。ご城主様、妊娠させちゃダメですよ」
アイネが煽るようなことを言ってくる。
「冗談につき合っている余裕はないよ。もう、体がだるくて……」
「ご、ご城主様、こちらのお薬をどうぞ。よく眠れますので」
セティアにもらった薬を飲んですぐに眠ってしまった。
一晩寝たらスッキリしたぞ!
今日も元気いっぱいだ。
「おはようございます、ご城主様。すっかりお顔の色がよくなりましたね」
「おはよう、カランさん。すごくお腹が空いているんだけど、なにか食べるものはあるかな?」
昨夜はご飯を食べずに寝てしまったのでお腹がペコペコだった。
「パンと牛乳ならあるそうですが、それでよろしいですか?」
「うん、お願い」
お風呂屋の女将さんに焼き直したパンと温めた牛乳をご馳走になった。
食べている間、珍しそうにこの家の娘さんが柱の陰から僕を覗いていた。
まだ一年生くらいの年頃かな?
それにしても視線が気になる……。
「怖くないから、こっちにおいでよ」
「妊娠しない?」
意味をわかって言っているのか?
いや、わかっていないな、これは。
「子どもは妊娠しないんだよ。ほら、これをあげる」
出発前にキャビネットから取り出しておいたチョコレートをプレゼントした。
「うわぁ、ありがとう! これなら妊娠してもいいね」
「いや、ダメだろ、それは。絶対に。ところでお母さんは?」
「お店の準備」
そういえば一人でお風呂屋さんを切り盛りしているんだったな。
チラッと見たけど、公衆浴場としては小さなお風呂だった。
三人も入ればいっぱいになりそうな浴槽だったもんな。
とはいえ、一人で経営するのは大変だろう……。
◎◎◎
タケルたちが出発した日の昼すぎ、一人の旅人が同じ村を訪れた。
ヤンデール公爵令嬢エルニアである。
エルニアは通りを急ぐ男を捕まえて質問した。
「この村に異世界人が来ませんでしたか?」
タケルたちの行方を追ってここまで来たエルニアは追跡の手掛かりを欲していた。
「異世界人? ああ、アンタもあのお風呂に行くんだな!」
「お風呂? そういうわけでは……」
「いやあ、ありゃあ最高だったぜ。異世界人が作った風呂なんて怖かったけど、一度入ったら病みつきになるな」
「異世界人が風呂をつくったのですか?」
「おうよ! 一宿一飯の恩義に報いるためにポーンと風呂を改装したって話だぜ。異世界人っていうのも粋なことをするんだなあ!」
未亡人のために風呂を改装したという話を聞いて、エルニアは少しだけタケルを見直した。
だが……。
いいえ、簡単に気を許しちゃだめよ、とエルニアは自分に言い聞かせる。
ひょっとしたらお金に困った未亡人を相手に、風呂の改装を条件にいやらしいことを迫ったかもしれないじゃない!
そうよ、そうに違いない!
未亡人は日々の生活に疲れ切っていて、断り切れずに体を許したのね。
きっと亡くなった旦那さんに不貞を謝らせながら、キノシタは奥さんを激しく責め立てたんだわ。
なんてゲスなやつ!
「ところであんた、風呂にいかなくていいのかい?」
「へっ?」
エルニアの妄想は村人によって打ち切られた。
「さっそく評判になっているから、早くいかないと順番が来るまでに時間がかかるぜ」
「そ、そうですね……」
「ところでその異世界人はどこにいますか?」
「その人なら今朝旅立ったよ」
「あら、そうですか……」
すぐに追いかけた方がいいかとも思ったが、エルニアは風呂に入っていくことにした。
キノシタ・タケルの能力を見るちょうどいい機会と考えたのだ。
そして……。
シャ、シャワーなんて反則ですわ!
あんな気持ちのいいものを作って私を懐柔しようとしてもそうはまいりませんのよ。
私はそんなチョロい女ではございませんの!
エルニアは一人で悶々としながら旅を続けるのであった。
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