第37話 借りの住まい


 王都へ帰還する旅が続いていた。

 日本には三寒四温なんて言葉があるけど、異世界でも寒い日と暖かい日が周期的に繰り返されている。

 そんな季節の移り変わりの中でも、今日は特に風が冷たい日だった。


「ご城主様、お洟が垂れそうですよ。はい、チーン」


 アイネがハンカチを鼻に充ててくれた。

 僕が青白い顔をして震えているから、嬉しくて仕方がないらしい。


「アイネは寒くないの?」

「ご城主様の情けないお顔を見て、お腹の奥がジンジンしていますので♡」


 ダメ男がそばにいればアイネは常に健康なようだった。



 凍えそうになりながらも、僕らはステッドという小さな街の駅までたどり着いた。

 駅といっても電車が止まるような駅じゃないよ。

 ここで言う駅とは、街道に一定間隔で設置された施設のことだ。

 駅と駅の間には馬車の定期便が運航されている。

 また、疲れた馬に水や食料を与えたり、走れなくなった馬を馬車から外して新しい馬に付け替えたり、そんな役割も駅は担っている。

 旅人は駅で休み、宿泊したりもする。

 だから、駅にはちょっとしたレストランやバー、ゲストルームなんかもある。

 ただ、ステッドは小さな町だから駅舎の規模もそれに準じて粗末だ。

 実用一辺倒といった感じで、飾り気のない二階建ての建物になっていた。


 駅に着いたのは昼過ぎのことだった。

 朝からずっと働かされていたので馬たちは元気がない。

 そろそろ付け替えた方がいいだろう。

 費用は王国持ちなので遠慮する理由はない。

 ところがここで問題が発生してしまった。


「馬がないとはどういうこと?」


 薄暗い駅舎のロビーにカランさんの鋭い声が響いた。

 気の弱そうな駅舎の職員さんは首をすくめて縮こまっている。

 中年の職員さんはカランさんよりずっと年上だったけど、その様子は女教師に叱られる生徒みたいに見えた。

 カランさんが乗馬用の鞭を握りしめたままなのもよくないのだろう。

 まさに女王様の迫力だもん。

 異様なほど似合ってはいるけど……。


「先ほど、騎兵隊の皆さんが馬を乗り替えたばかりなのです。そのせいで元気な馬はすべて出はらってしまっておりまして、はい、ぶたないでください、はい……」

「なんとかならないかしら? こちらにいらっしゃる方は恐れ多くも召喚モガモガ!」


 僕は後ろからカランさんの口を押えて、それ以上しゃべらせないようにした。

 無理難題を吹っかけて召喚者の評判を落としたくなかったのだ。

 ただでさえ召喚者は怖がられているのだから。


「あはは……、向こうで今後の予定を話し合ってきまーす……」


 僕はカランさんの口を押えたまま職員さんから少し離れた。


「何をなさるんですか、ご城主様?」

「ごり押ししても仕方がないよ。少し早いけど今日はここに泊まらない?」


 旅にアクシデントはつきものだ。

 カランさんは僕のために交渉しようとしたのだけど、召喚者だからと特別待遇を求めるのは気が引ける。

 権力や暴力をかさに威張るのはよくないと思った。


「それでは宿をとることにしましょう。ちょっと、そこのあなた! 今夜はここに泊まるから部屋を用意して」


 鞭を握ったままのカランさんに迫られて、職員さんはまたもビクリと体を震わせた。


「そ、それが、お部屋はすべて埋まっておりまして、はい……」

「なんですって!」

「も、申し訳ございません! ぶっぶってくださいぃ!」


 カランさんは大きなため息をついた。


「近くにホテルとかはないのかしら?」

「あいにくここは田舎でして……、はい……。神殿の礼拝堂なら泊めてくれるかもしれませんが……」


 行き場をなくした旅人が神殿の礼拝堂で一夜を明かすというのはよくあることだそうだ。

 暖房はないけど、雨風がしのげるだけましなのだろう。


「困ったわね。ご城主様をそんな場所にお泊めするわけにはいかないし……」


 カランさんの言葉に職員さんが目をしばたいた。


「ご城主様というと、こちらは身分の高い方ですか?」

「ええ。ガウレア城塞城主にして召喚者のキノシタ・タケル様よ」

「召喚者! ……様……」


 あーあ、召喚者だって言っちゃったよ。

 怖がらせるといけないから、黙っておいてほしかったんだけどなあ。

 ほら、とたんに職員さんの顔が土気色になっている。

 この土地でも召喚者は怖がられているのだろう。

 カランさんに問い詰められているときも、職員さんは怯えていた。

 だけどそれは、どこかに喜びを含んだ怯えだった。

 僕にはよくわからないけど、女王様と下僕的な関係に見えたのだ。

 ところが、僕が召喚者だと分かったとたん、おじさんの怯えは本物になってしまった。


「こ、こ、これは大変失礼いたしました。お部屋の方は必ず何とかしますので!」

「用意するって、どうするんですか?」

「宿泊中のお客様に出ていっていただきます。召喚者様がお泊りとあらば、お客様も納得してくれるでしょう」

「絶対にやめてください!」


 そんなことをしたら、職員さんだけじゃなく、宿泊客にも恨まれちゃうよ。

 もういっそ作ってしまうか。

 普通の旅人なら神殿礼拝堂や、駅舎の待合室で夜を明かすのだろう。

 だけど僕は工務店だ。

 泊るところがなければ作ってしまえばいいのだ。


「日暮れまでにはまだ時間があるから、空き地に仮設住宅を作るよ。明日になったら撤去すれば問題はないでしょう?」

「ご城主様がそうおっしゃるのならかまいませんが、問題は安全面です。空き地は町の外にしかございません。ですが、そうなると夜盗や魔物の心配があります」

「それなら問題ないよ。セティア、エマージェンシーコールは持っている?」

「は、はい。肌身離さず!」


 携帯エマージェンシーコールを起動させれば、ゴーレムの小隊が時空を超えて駆けつけてくれるのだ。

 もともとは森の作業場の警備を契約していたんだけど、そちらは打ち切ってパーソナルセキュリティにプランを変更した。

作業場はエリエッタ将軍の別荘としてプレゼントしたからだ。

エリエッタ将軍なら警備なんてなくても山賊を返り討ちにしてしまうだろう。


「盗賊集団くらいならゴーレムが蹴散らしてくれるさ。魔物もある程度までなら平気なはずだよ」

「それでしたら安心ですね。では、適当な場所に建てていただきますか」

「うん、仮設住宅もきのした魔法工務店にお任せあれ!」


 僕らは町のそとまで移動して、適当な空き地を探した。

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