第41話 チョロい人々


 鏡に映った自分の姿を、羞恥と満足感が入り混じる思いでエルニアは見つめていた。

 うん、これならいける! 

 エルニアはそう確信する。

 エロいことしか頭にないキノシタのことだ、この姿でヒッチハイクをすれば、必ず私を馬車に乗せるだろう。

 人前でこんな姿をさらすのは恥辱の極みではあるが、あの男の懐に潜るためには仕方がない。

 すべては人質になっている祖父のためである。

良心亡き後、たった一人で自分を育ててくれたおじい様のためなら、私はどんな屈辱にも耐えてみせる。

エルニアはマントを羽織ると、キノシタ・タケルを待ち伏せすべく、街道へ急いだ。



 寒風が吹きすさぶ荒野の道でエルニアはタケルの乗る馬車を待っていた。

 少し薄着すぎただろうか? 

 寒さで鼻水が止まらなかったが、ここで撤退すればこれまでの努力が水泡に帰してしまう。

 震える太ももをマントの下でこすりながらエルニアは待ち続けた。


(おのれ、キノシタ・タケル、さっさと来やがれですわ!)


 心の中で毒付きながらもエルニアは笑顔を絶やさない。

 いつタケルが現れてもいいように準備万端怠りないのだ。

 そうやって待つこと二時間。

 顔の筋肉が引きつりだした頃になって、待望のときがようやく訪れた。

 ガタゴトと車輪の音を響かせながら記憶にある馬車がやって来るのが見えた。


(間違いない、ガウレア城塞の紋章旗がついた馬車だ! さあ、キノシタ・タケル、私を見て鼻の下を伸ばしなさい! そして私を馬車に招き入れるのよ!)


 エルニアはすかさずマントを取り払う。

 それから大きくお尻を突き出して、用意しておいた看板を両手で高く持ち上げた。


 もしここに彼女の姿を見た者があれば、その根性に感服しただろう。

 上半身は豊かな胸を強調できるぴちぴちのタンクトップ。

 下半身はデニム地のホットパンツにブーツといういで立ちだ。

 両脇を晒した状態で抱える手持ち看板にはこう書かれている。


『ローザリアまで乗せてください♡』


 ちなみにホットパンツの下には濃紺のTバックを履いており、見えないところにも繊細な気配りができるエルニアの職人魂がうかがえた。


(どう、こういうのがいいんでしょう? 私の誘惑光線で逝きなさいっ!)


 窓の向こうにいるであろうキノシタにエルニアは挑発的な視線を送る。

 馬車はみるみる間にエルニアに近づき……、そして通り過ぎていった……。


  次第に遠ざかる馬車の音が青空に拡散していく。

 雪原の露出は官能的である以上に痛々しかった。

 ショックで一言も喋れないエルニアの横を農民の母子が通り過ぎる。


「あのお姉ちゃん服がないよ」

「シッ、見てはダメ!」


 エルニアの鼻からまた一筋、新しい鼻水がこぼれた。


(どういうこと……なの?)


 エルニアには理解が追い付かない。

 目の前にこれほどヒラヒラのいい女がいたのに、どうしてキノシタは喰いつかなかったの?


「お、落ち着きましょう……」


 エルニアは力なくマントを羽織り、そのまま沈思黙考に耽った。

 私の魅力が足りなかったのかしら? 

 それとも胸の形が好みじゃなかった? 

 お尻が大きすぎたのかも……。

 わからない、わからない、わからない……。


 やがて、冷静な思考は一つの解を導き出した。

 これはプレイの一環なのだと。


(いわゆる露出プレイからの放置プレイですわ!)


 つまりキノシタは初対面の私をチョロい女だと思って、やり捨てにしたのですわ! 

 キーッ、悔しい! 

 きっとあいつはこういうことに慣れているのよ。

 そうに違いない! 

 おそらくあの侍女たちも夜な夜なはしたない格好で公園などに連れ出されているのでしょう。

 冷たい目をしたカランとやらも実は調教済み?

 一糸纏わぬ裸の上にコートを着せられて喜ぶ変態なんだわ!

 凍えた体を無限大の妄想で温めるエルニアであった。


       ◇◇◇


 雪原の中にかなりヤバい人がいた! 

 顔はよく見えなかったけど、服装はインパクト・メテオ級だったぞ。


「今の人、こんなに寒いのにとんでもない恰好をしていなかった?」

「路上で身を売る娼婦かもしれませんね」


 僕はチート能力を授かったからいいけど、暮らしていくって大変なんだなあ……。


「もどって服を分けてあげた方がいいかな?」

「それには及びません。大変肉付きのよい女でした。生活に困窮しているわけではないでしょう。おそらく、あれは趣味です」

「趣味であんな恰好を⁉」

「見られるのが快感なのでしょう。もしくはあのような服装が大好きということも考えられます」

「な、なるほど……」


 カランさんはバッサリと断定したけど、本当にそうなのかな? 

 確かに胸やお尻は大きかった気がする。

 ぶっちゃけ、ここにいる誰よりもゴージャスな体つきだろう。

 だとしたら異世界のコスプレイヤーさん?

 それとも単なる露出好き?

 困っているようなら、小さな家を建ててあげてもいいくらいなのだけど、趣味というなら放っておいた方がよさそうだ。

 今見た人は忘れることにして、僕らは旅路を急いだ。


       ◎◎◎


 エルニアは悲嘆に暮れていた。

 街道で駅馬を借り、タケルたちを追跡、夜には宿場町で追いついたまではよかったが、その後が最悪だったのだ。

 一日を移動に費やしたせいでお腹が空いていたのだが、食堂はもう閉まっていた。

 食料品を扱う店も日暮れ前に閉店している。

 しかも町で一軒だけのホテルはすでに満室で、今夜は野宿を余儀なくされてしまったのだ。


「私にどうしろというのですか!」


 朝方の露出ですっかり風邪をひいてしまったエルニアは涙をこぼした。

 一夜の宿を求めて各家の扉を叩いたが、病人のエルニアを中へ入れてくれる家はなかった。

 こんな状態で野宿をすれば鈍感な……もとい、丈夫なエルニアでも無事では済まないだろう。


「おじい様、ごめんなさい。私はもう……」


 だが、捨てる神あれば拾う神あり、というのは異世界でも共通概念のようで、ボロボロのエルニアに声をかける優しい者がいた。


「あの、何かお困りですか? 泣いているみたいだけど……」


 エルニアは顔を上げて顔をひきつらせる。


「キノッ! ゲフンゲフン、グオアエッ!」


 キノシタという名前が口から出かかったが、何とかエルニアはその言葉を飲み込んだ。

 反動で吐きそうになるがそれもこらえる。

 エルニアに声をかけてきたのは仲間を引き連れたキノシタ・タケルだったのだ。


「ひょっとして病気ですか?」

「か、風邪をひいてしまって。それに宿屋が満室で……」


 ターゲットを目の前にしてうろたえまくるエルニアだったが、それがかえってタケルの同情心を誘った。


「大変そうだからウチに来ませんか? 一晩でよければ泊めてあげますよ」

「ああう……、でもそんな……」

「見てのとおり女の子ばかりなので怖くないですよ。お姉さん、体調が悪そうだからこのままだとかなり心配で……」


 こうしてエルニアは期せずしてタケルの懐に飛び込むことに成功したのであった。


(す、すべて計算通りですわ!)


 強がりと大胆な記憶の改ざんはエルニアのもっとも得意とするところだった。

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