第34話 さよならガウレア城塞(第一部 最終話)

 ガウレア地方は久しぶりの晴天に恵まれた。

太陽に照らされた雪景色はまぶしく、まともに目を開けていられないくらいだ。


 城塞の兵士たちは総出で穴の中のスノードラゴンの遺体を回収している。

ドラゴンから取れる素材は希少で、利用価値が高く、高値で取り引きされるそうだ。


「将軍、ご城主様、これを見てください!」


 穴の中を調べていた兵士が僕たちを呼びにきた。

いったい何だというのだろう?


「これをご覧ください」


「うげっ!」


 もう少しで吐いてしまうところだったよ。

僕が見せられたのはひしゃげた変死体だったのだ。

チラッとしか見なかったけど、頭らしきところに角が見えた気がする。

あれも魔物なのだろうか?


「魔人の死体のようだな」


 エリエッタ将軍は臆することなく死体を検分している。

僕はそちらの方を見ないで質問した。


「魔人? 魔物とは違うんですか?」


「魔人は人型の魔物のことだよ。知能が高く、魔物を使役する立場にあるんだ。昨夜のスノードラゴンもこいつが操っていたのかもしれないな」


 ひょっとしたらスノードラゴンに乗っていたのかな? 

それで、バランスを崩したときに一緒に落ちて、上からドラゴンがのしかかる形になってしまったのかもしれない。


 魔人がどれほどの力を持つかは知らないけど、これだけの質量のものに押しつぶされたらひとたまりもなかっただろう。


「銀の髪に山羊の角か……。ひょっとしたら、氷魔将軍ブリザラスかもしれないぞ」


「氷魔将軍? なんだか強そうですね」


「七大将軍の一人だからな。数々の召喚者を返り討ちにしているのが七大将軍だ。タケルの同級生とやらも七大将軍には苦戦しているんだぞ」


 そんな大物が? 

それにしてはあっけなかった気がするけど……。


「運がよかったんだなあ……」


「運で片付けるなよ。きちんと調査してみないとわからないが、おそらくこれはブリザラスで当りだろう」


 僕は半信半疑だったけど、その後の調査で例の圧死体はブリザラスということが正式に判明した。


       ◆◆◆


 部下から報告を受けた魔軍参謀フラウダートルは皺だらけの目を閉じた。


「ブリザラスが討ち死にか……」


 光り輝く城壁、音を伝える魔道具、そして急遽出現した巨大なトラップ。

報告を聞く限り、ガウレア城塞に召喚者がいたとしか考えられない。

だが、あのような辺境に召喚者を置いておくとは、知恵者として知られたフラウダートルにも予測できないことだった。


「いかがしましょうか、フラウダートル様? ブリザラス将軍の仇討ちということなら軍を編成して……」


 フラウダートルはシミだらけの手を上げて部下の発言を制した。


「ひとまずはこのまま。先に情報を集める……」


 その態度を見て部下はそれ以上なにも言わなかった。

フラウダートルに逆らってひどい目に遭うのは嫌だったのだ。

枯れた老人の姿をしていながら、この魔人の力は魔王に次ぐと噂されている。


「ガウレア城塞のことはしばらく捨て置く。どうせ戦略的価値のない場所だ」


「はっ」


「だが、かの城塞にいるという召喚者の存在は気になるな……」


「密偵を忍び込ませますか?」


「適任者がいるのか?」


「例の王女を使うというのはいかがでしょう?」

「ああ、ヤンデール族の王女か……。名はたしかエルニアとかいったな。ふむ、妙案かもしれん」


 フラウダートルに褒められて部下は有頂天になった。


「どうか私にお任せください。かの王女を密偵に仕立て上げ、召喚者の秘密を探りだしてみせましょう」


「では、お前に任せるとしよう」


 部下は深々とお辞儀をして退室していった。


       ◇◇◇


 ガウレア城塞ではエリエッタ将軍が大暴れしていた。


「いやだ、いやだ、いやだぁあああーっ! 全軍集結、タケルを保護するのだぁあああーっ!」


 涙ながらに訴える将軍にみんなはドン引きだ。


「落ち着いてください、将軍」


「これが落ち着いていられるか! タケルが……、タケルが、王都に帰還してしまうんだぞぉおおおーっ!」


 そうなのだ。

なんだか知らないけど、王都ローザリアに帰ってこいという手紙が届いてしまったのである。

今さらなんだろうねえ? 


 カランさんが小さく溜息をつく。


「もう少し引き延ばそうと思ったのですが、もう限界でした。王がご城主様のお力に大変な興味を示しておられます」


 そういえば、王様に直接会ったことはないな……。


「それって、トイレや窓ガラスのこと?」


「もちろんそれだけではございませんが……。国王陛下は痔の気がございまして、治癒士が毎朝治療してさしあげるのですが、何故か追い付かないのです」


 それでウォシュレットか……。

まあ、わからんでもない。

あと、スノードラゴンと氷魔将軍討伐のご褒美がもらえるんだって。


 ローザリアに戻るにあたりセティアとアイネは一緒にくることになったけど、家族の居るグスタフとバンプスはここでお別れとなってしまった。

そして、城塞の責任者でもあるエリエッタ将軍とも……。


 僕はエリエッタ将軍に向き直った。


「将軍、そう落ち込まないでくださいよ。僕だって悲しいんです」


「タケルのバカァ……。タケルには私のいちばん大切なものを捧げたのにぃ!」


「大切なもの⁉」


 周りの兵士たちがザワザワしだす。


「一番大切なものって……あの夜の……」


「うん、真心……」


「そうですよね。一緒に城塞を守り抜こうって約束しましたもんね」


 そして、協力して強大な敵を討ち果たしたのだ。

共に戦った戦友として僕らには特別な絆が芽生えている。


 僕の心の中には暖かいものがこみ上げていたけど、周囲の将兵たちはあきらかに脱力していた。

きっと将軍の処女を僕が散らしたと勘違いしていたな!


 僕と将軍がただならぬ関係にあるなんて噂もあるみたいだけど、それは間違いだ。

将軍は僕と一緒にお風呂に入って、甘いものを食べているだけである。

あ、お風呂に入っている時点でただならぬ関係なのか……?


「僕の執務室と寝室、それからお風呂はそのまま残していくのでエリエッタ将軍が使ってくださいね」


「うん……うん……」


「キャビネットの中のお菓子を食べすぎちゃダメですよ」


「うん……うん……」


「必ずまた会いましょう。そのときまでお元気で」


「タケルゥ! タケルゥウウウウウ!」


 泣きじゃくるエリエッタ将軍を置いて、ソリは無情にも出発した。



―――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでくださってありがとうございました!

明日より、第二部が始まります。

引き続きご愛読のほど、よろしくお願いします。

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