第33話 スノードラゴン襲来(後編)


 兵士たちは攻撃態勢のままエリエッタ将軍の命令を待っていた。

将軍のそばにいた上級士官がごくりと唾を飲み込んで進言する。


「将軍、引きつけすぎるとスノードラゴンのブレスがきます」


「わかっている、タイミングの読みあいさ。腹を括れ。弱気になったら負けだぞ」


 スノードラゴンは口から魔法の吹雪を吹き出すのだ。

たとえこちらの攻撃が命中しても遠すぎればダメージを与えられない。

かといって引き付けすぎれば先にブレス攻撃を受けてしまうだろう。

エリエッタ将軍は最良の間合いを見計らっているのだ。


「ここだ、総員攻撃開始!」


 十五台のスピーカーが一斉に将軍の命令を伝え、無数の矢と魔法がスノードラゴンに向かって放たれた。


「手を休めるな。連続して撃てっ!」


 こちら側の攻撃はどんどんスノードラゴンに吸い込まれていく。

だけど致命的なダメージを与えている様子はなく、ドラゴンの足は止まらない。

きっとドラゴンの皮革はとんでもなく分厚いのだろう。


 スノードラゴンがその場に立ち止まり長い首を大きく後ろにのけぞらせた。


「やったのか⁉」


 兵士の一人が嬉しそうに叫ぶが、エリエッタ将軍はすぐに否定した。


「違う! ブレスが来るぞ! 城壁に隠れろ!」


 僕もその場で身を伏せた。

数拍遅れて氷片を含んだ突風がガウレア城塞を襲った。

身を切る冷気と猛スピードでぶつかってくる氷が人々にダメージを与えている。

これはかなりまずいかもしれない……。


 ブレスが止むとエリエッタ将軍はすぐに命令を出した。


「被害状況を報せろ。各部隊はどうなっている?」


 モニターに各部署の様子が映っている。

みんな城壁にうつぶせになっているけど……、あ、起き上がった!


 内線を受けていた兵士が嬉しそうに報告した。


「被害は軽微! 被害は軽微! 重傷者はいない模様です!」


 あれだけの猛攻だったのに重傷者がいないのは幸いだ。


「タケルが装備に魔法触媒をコーティングしてくれたおかげさ。そうでなかったら凍傷患者で溢れかえっているところだよ」


「そうか、ブレスは魔法の吹雪ですもんね」


 それで威力が三十八パーセント軽減されているんだな。

コーティングは鎧だけじゃなくて盾や防護壁にもやっといたから、重症患者が少ないのだ。


「攻撃を再開せよ!」


 再び攻撃が開始された。

しかしこれ、効いているのか? 

弾幕と照明のおかげでスノードラゴンの進撃スピードは遅い。

だけど、一歩ずつ確実に城塞へ迫っているぞ。

このままじゃ城壁に取りつかれるのは時間の問題な気がする……。


 エリエッタ将軍がちらりと僕を見てから視線を外した。

そしてことさら冷酷な声を作る。


「ご城主殿、撤退してください」


「な、なにを言って……」


 ご城主殿って、久しぶりに呼ばれた気がする。


「召喚者を死なせるわけにはいかないのです。あなたの力を必要とするものはまだまだたくさんいる。私たちに構わずに行ってください」


 それはつまり……。


「嫌だ! 将軍やみんなを置いて行けるわけがない!」


 エリエッタ将軍は僕を見ないで、後ろにいるカランさんに叫んだ。


「カラン、タケルを連れていけ!」


 カランさんが僕の肩の上に手を置いた。


「ご城主様、ここは将軍の言うとおりに」


「カランさん!」


 本当にこれでいいのか? 

本当に僕にできることはもうないのか? 

ようやく僕は異世界に居場所を作れたんだぞ。

それなのにこんな終わり方をしていいわけがない!

僕がどんなに優秀な『工務店』であっても、同じ環境は二度と作れないんだ。


「セティア!」


 敗色が濃厚になってきた城壁の上で、僕はセティアを探した。


「な、な、な、なんでございましょう、ご城主様?」


 セティアは僕のすぐ後ろにいた。


「ああ、そこにいてくれたんだね」


「わ、わ、私はご城主様のために死ぬと覚悟ができておりますので」


 本気だったんだ……。


「セティア、例の薬はできている?」


「ふえっ?」


「ほら、毒蜘蛛と毒蛇を使ったあれ」


「ああ! マムリンと背赤グランチュララを使った赤マムリンドリンクですね!」


「うん……」


 できることなら飲みたくなかったけど、悠長なことは言っていられない。


「赤マムリンを飲めば、僕の魔法能力は一時的に増大するんだよね?」


「はい。しかも滋養強壮にすぐれ、元気になられること請け合いです。どうぞ!」


 セティアから茶色い小瓶を受け取った。

コルク栓を抜くと甘い薬草のような香りが立ち昇る。

蜘蛛のウネウネと蛇のニョロニョロを思い出してしまったけど、僕はかまわずに薬を煽った。


 エナジードリンクを濃縮して、生臭さを加えた感じの味がする。


「うげっ……」


 吐かないように手で口を押えていると、変化はすぐに訪れた。


「お腹が熱い……」


「全身から魔力を集めて、魔力だまりで練り上げているのです。今なら大きな魔法も使えますよ」


「ありがとう、セティア」


 僕はエリエッタ将軍やカランさんの方を向き直った。


「スノードラゴンは僕が何とかします。将軍は攻撃を続けてください」


「何とかするって、タケル……」


「大丈夫、きっとうまくいきますよ!」


 みんなを励まして城門につながる階段を駆け下りた。



 外へ出るとスノードラゴンはかなり間近に迫っていた。

ここからの距離は五〇メートルもないだろう。

これだけ近づいていると迫力が違うな。

果たして僕にアイツを倒すことができるのだろうか?


 スノードラゴンの咆哮に足がすくみ、体の震えが止まらない。

ダメだ、早く用意をしないと後がないんだぞ。

動け、僕の体!


「っ!」


 突然、後ろから柔らかなものに包まれた。


「ア、アイネ⁉」


「すごい震え……。大丈夫ですよ、ご城主様。アイネがこうして抱きしめていますから」


「ダメだ、君は早く逃げるんだ!」


「そうおっしゃられても、ほら。カランさんとセティアも来てしまいました」


 みんな……。


「三人は早く避難を!」


「私は異世界人が何をするのかを観察し、報告する義務がございます」


「し、し、死ぬときはご一緒がいいです! わ、私を置いていかないでください!」


「過去最高にビビっているご城主様が愛おしくて♡」


 この人たちは……。

こうなったら頑張るしかないじゃないか。 

僕がやらなきゃ、三人が危ないんだ。


 体の震えは止まっていた。

僕は冷たい雪に手を突っ込み、大地に大量の魔力を流し込んでいく。


「ご城主様、これは何を?」


 カランさんが聞いてくる。


「基礎工事の応用さ。雪の下の地面を掘削しているんだ。それと配筋もね。でも、僕がやっているのは欠陥工事もいいところ。穴は深すぎだし、配筋は天を向いて剥き出しになっている」


「つまりそれは……」


「しごく単純なトラップ。落とし穴さ」


 さあ来い! 

あと三歩だ。

あと三歩踏み出せばお前は奈落の底にまっしぐらだぞ。


 スジーン! ズシーン!


 スノードラゴンは二歩踏み出したところで立ち止まった。

そして長い首を大きく後ろにのけぞらした。


「まずい、ブレスの態勢だ!」


 この距離であのブレスを喰らえば万事休すだ。

いくら魔法触媒コーティングをした鎧だって防げないだろう。


「ドラゴンの喉を狙え!」


 スピーカーからエリエッタ将軍の声が響き渡る。

それに呼応して城塞の上の兵たちが一斉にスノードラゴンの喉をめがけて攻撃を仕掛けた。


 爆散する無数の魔法攻撃と矢がブレスを放つ直前のスノードラゴンに一点集中攻撃を加えている。

スノードラゴンはたまらずにたたらを踏んだ。

そして、不用意に踏み出した一歩が僕の作った穴にはまる。


 ギシャアアアーーーーーーン!


 スノードラゴンはバランスを崩して横滑りしながら穴の中に落ちていった。

しばらくは大きな唸り声が響いていたけど、やがてそれも止んで、夜は静寂に包まれた。


 僕たち四人は恐々と穴のふちに近寄る。


「うっわ、グロいなあ……」


 細い鉄骨が何本もドラゴンの体を貫いている。

きっと自重で避けられなかったのだろうな……。


「し、死んだのでしょうか?」


 珍しくカランさんの声が震えている。


「たぶんね……」


 僕は城塞の方を振り向いた。照明が眩しくてまともに目を開けていられない。

でも、戦いが終わったことを伝えたくてエリエッタ将軍に向かって手を振った。


「終わりましたよぉおおお!」


 照明のせいでエリエッタ将軍たちの姿は確認できなかった。

だけど、すぐにスピーカーから将軍の声が聞えてきた。


「タ、タケルがドラゴンを討ち取ったぞぉおおおおおおお!」


 あー、ハウリングがひどいな。

後で調整しておかないと。


 城塞の右で誰かが叫んだ。


「タケル!」


 城塞の左でも誰かが叫んだ。


「タケル!」


 やがてそれは大合唱となり冷たい夜に響き渡る。


「タケル!」「タケル!」「タケル!」「タケル!」「タケル!」「タケル!」

「タケル!」「タケル!」「タケル!」「タケル!」「タケル!」「タケル!」


 空を見上げると、いつの間にか月蝕は終わっていた。

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