第30話 魔法触媒コーティング


 城塞のリフォームはもう少しで完成だった。

すべての窓にガラスが入り、壁の内側には断熱材が入っている。

照明は各部屋や通路を明るく照らし、これまでよりずっと住みやすくなっているぞ。


「あとは空調だけだね。僕はこの階のファンコイルユニットの続きを作るよ。グスタフとバンプスは引き続きダクトの作製をお願いね」


 二人とも作業に慣れて仕事が早くなっている。

これなら今日中に空調が完成するだろう。


「雪が舞ってきましたな……」


 外を見ていたバンプスがつぶやいた。


「どおりで冷え込むと思ったよ」


 吹き込む北風に白いものが舞っている。

いよいよ厳しい冬の始まりだ。



 作業に集中しているとアイネが僕を呼びに来た。


「ご城主様、エリエッタ将軍が呼んでいらっしゃいますよ。何かなさったんですか?」


「へっ、なんで?」


「たいそう難しいお顔をしていらっしゃいました。ひょっとしたら怒らせてしまったかもしれませんよぉ」


「いや、心当たりはないなあ……」


 でも、おやつやお風呂で将軍とはしょっちゅう顔を合わせるのだ。

わざわざ呼び出してくるとは何かあったのかもしれない。


「もし、叱られたときは慰めてあげますよ。ご城主様の大好きな、水色と白のストライプの水着を着てお体を洗ってさしあげますね♡」


「ばっ! そういうのを大声で言わないの!」


 幸いなことにファンコイルユニットを設置する部屋は他に誰もいなかった。

まったく、誰かに聞かれたらどうするんだよ! 

ちょっと「かわいいね」って褒めただけなのに大好きだなんて勘違いしちゃってさ……。

まあ、大好きだけど……。



 執務室を訪ねるとエリエッタ将軍は珍しく物思いに沈んだ顔をしていた。

ここの窓も僕の執務室と同じように大きなものをつけている。

窓からは戦場となる北の荒野がよく見えていた。


「どうしたのですか、浮かない顔をして?」


「うむ、王都からの知らせだ。王立天文学院によると二週間後に月蝕が起こるそうだ」


「月蝕ですか。珍しい天文現象だけど、それがどうしたっていうのです?」


「月蝕は満月のとき以上に魔人の力が増すのだ。今回の侵攻はこれまでにないものになるかもしれない。嫌な予感がするよ」


 何事にも前向きなエリエッタ将軍らしくないな。

月蝕というのはそれほど恐ろしいものなのか……。


「城塞のリフォームは今日中に終わります。僕ももう一つだけ打てる手を打ってみますよ」


「それはなんだい?」


「魔法触媒コーティングです。二酸化ミスリルを主成分としたコーティング剤がありまして、本来は壁などに塗る塗料なんですけど、これを兵たちの防具に塗ろうと思います」


「するとどうなる?」


「魔力が当たると嫌な匂いを防いだり除菌をしたりします。防汚効果も高いです。そのうえ敵の魔法攻撃を三八パーセントも無効化するんですよ。ちなみに、人体にも環境にも優しい安心素材です」


「すぐにやって!」


 そうなるよね。

レベルが上がってコーティング剤が作れるようになってよかったよ。

塗るのも三人がかりでやれば一週間ほどで何とかなるはずだ。


 作業に取り掛かるのは明日からだな。

日が暮れるとグスタフとバンプスを社員にしておけないのが難点だね。

まあ、木下工務店は残業なしの超ホワイト企業ということだ。



 魔法触媒を塗った大盾に火球ファイヤーボールが直撃した。

轟音と共に爆炎が上がる。

だが、火炎の熱が収まると、大盾を構えていた兵士は笑顔を見せた。

僕らは魔法触媒を塗った盾や防具を使って、効果を実証中だ。


 兵士は盾を高く上げて喜んでいる。


「ヒュ~、すげえ!」


「どう、効いている?」


「いいですね。まともに喰らうよりも熱くないです。衝撃も軽減されていますよ」


「効果はあるってことか」


「まあ、反射魔法リフレクションほどではないですが、あらかじめ、大量に用意しておけるっていうのがいいですよ!」


 反射魔法だと持続時間が短いし、術者の数は限られる。

その点、魔法触媒コーティングなら一年以上長持ちする。

僕の魔力はごっそり削られるけど、コストパフォーマンスは比べるべくもない。


「よし、グスタフとバンプスは盾にコーティングをお願い。僕はヘルメットにやっていくから」


 ヘルメットの後はすべての防具にコーティングを施す予定だ。

猫の手も借りたいぐらい忙しい。

社員をあと三人は雇いたいよ。

月蝕の日に向けて僕らは張り切って作業を開始した。



 夕方、へとへとになって執務室のソファーで休んでいると、隣室からアイネの悲鳴が聞こえてきた。


「ぎゃあああああああああああっ!」


 この部屋の防音を突き破るとはかなりの大声を出しているようだ。

いったいなにごとだろう? 

疲れた体を引きずるようにしてアイネの控室へ続く扉を開いた。


「どうしたの、そんな大声を上げて……?」


 僕の目に飛び込んできたのは引きつったまま硬直しているアイネの顔、続いて困惑しているセティアの顔だった。


「やあ、セティア。何があったんだい?」


「こ、これを見せたら、アイネさんがびっくりしてしまいまして……」


 セティアは両手に持ったブツを僕にも見えるように高く差し出してきた。


「ぅえっ?」


 蛇と巨大な蜘蛛……。

蛇の方はマムシに似ているな。

蜘蛛は手のひらほどの大きさがあり、背中に赤い毛がモジャモジャと生えている。


「そ、それは……」


「マムリンと背赤グランチュララです! 珍しいのが立て続けに見つかってしまいました!」


 セティアにいつものおどおどした様子はなく、むしろ「褒めて!」という表情をする犬みたいだ。


「すごいね……。ど、毒はないのかな?」


「あるに決まっているじゃないですか! この毒を利用して薬を作るのですから! えへへ、それだけじゃないですけどね」


「えーと……、セティアは怖くないの?」


「何がですか?」


「毒蛇と毒蜘蛛だよ」


「平気ですよ。慣れていますから」


 セティアは何が怖いのかわからない、といった表情をしている。


「それではさっそく、これを使ってご城主様のお薬を作ってきますね」


「僕の⁉」


「はい、滋養強壮、魔力アップの秘薬です。作る前にどうしても現物をお見せしたくて持って来てしまいました! これだけ元気な背赤グランチュラですから、きっといい薬ができますよ!」


 大蜘蛛はウネウネと八本の足を動かしてもがいている……。


「すぐに薬を作ってまいりますね!」


 セティアはいつになく元気に走り去っていった。

 アイネは気丈に立ち上がり、かすれる声で僕ににじり寄る。


「これまでにないくらい難しい顔をしていますよ。抱きしめてさしあげましょうか?」


「そ、そうだね……」


 あれで作る薬を飲むのか……。

セティアの作る薬だから、きっと効果は凄いのだろう。

苦悩する僕の頭をアイネはその胸で受け止めてくれた。

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