第29話 セキュリティー
森の廃墟がフィービーさんから正式に譲渡された。
さっそくリフォームを施して、使い勝手のよい作業場にしていくつもりだ。
僕とセティアは早朝から森へと向かった。
廃墟の中は先日訪れたときと同じままだった。
セティアが体を固くして俯いている。
「セティア、どうしたの?」
「わ、私が死んだ場所……」
先日のあれか……。
「あのこと……怒ってる?」
セティアは弾かれたように顔を上げ、ブンブンと大きく首を横に振った。
「お、お、怒ってなんていません! ただ、ご城主様には失礼なことをしてしまって! それなのに私は気持ちよくなっちゃうし! 恥ずかしいやら忘れられないやら! それなのに、気が付くとしょっちゅうあの時のことを考えてしまって! そのたびに体が熱くなって! うわあっ、私は何を言って‼」
「僕もよく思い出すよ。文字通り尻に敷かれていたもんなあ」
冗談のつもりで言ったのだけど、セティアは卒倒してしまった。
頭から蒸気が立ち昇っている。
「ごめん、セティア。気絶しないで! 今日はやることがいっぱいあるんだよ!」
「そ、そうでした……」
セティアは気力を振り絞って立ち上がってきた。
「落ち着いて作業に取り掛かろう。僕はリフォームをするから、セティアは薬草をとってきて」
一緒にいると僕も意識してしまって仕事になりそうもない。
「そ、そうですよね。私がいてもお役には立てませんし、お邪魔ばかり……」
セティアの瞳に涙が滲んでいる。
だから思わず僕も動いていた。
「そんなことない」
いいながらセティアを抱きしめる。
「そんなことないよ。セティアにはいつだって感謝しているんだ」
「ご城主様……」
セティアは僕の胸に少しだけ顔をうずめてから言った。
「もう、放してください……」
「ご、ごめん、勝手に抱きしめたりして!」
「そうじゃないんです……。か、感動と快感でおしっこが漏れそうになっていて……」
君は正直すぎるぞ……。
「や、薬草取りに行ってきます!」
セティアはそそくさと森の中へ消えていった。
なんというか、あれがセティアという女の子だもんな。
あるがままに受け入れるしかないか。
僕は気を取り直して廃墟のリフォームに取り掛かった。
壁と床の補修から始まり、焼け落ちた屋根をつけ直すのに一時間くらいかかった。
我ながら作業スピードが上がっているなあ。
これ、ひょっとしたら一日で終わってしまうかも……。
それもこれも、連日ぶっ倒れるまで城塞のリフォームをしているおかげだな。
休憩を挟んで今度は内装に取り掛かった。
建具(ドアや窓の枠)をとりつけ、窓にはガラスも入れていく。
内壁は壁紙を張らずに板がむき出しのログハウス風にした。
ガウレア地方は石造りの家ばかりだけど、セティアの故郷は木造が一般的らしい。
住み慣れた故郷の家に近い風合いなら少しは落ち着いてくれるかな?
家としての体裁が整ったので、次は家の各所を仕上げていこう。
まずは照明だな。
☆☆☆
「た、ただいま戻りました。うわあ……」
薬草取りから帰ってきたセティアが家の中を見て驚いている。
「どう、いい感じになってきたでしょう?」
「す、すごいです。私の実家よりずっと立派ですよ。こんな作業場を使わせてもらって本当にいいのですか?」
「これくらいどうってことないよ。そうだ、ミニキッチンを作ったんだ。さっそくブレガンド茶を淹れて使い心地を試してみようよ」
僕らはお茶を沸かし、作り立てのソファーに座って休憩した。
今日も特濃ブレガンド茶が体に染みるぜ。
あ~、不味い!
「トイレは午後に作るとして、他に必要なものってある?」
「お、大きな作業台をいただけると助かります」
作業台と椅子は部屋の真ん中に置くことが決まった。
「ご、ご城主様……、差し出がましい意見を言ってもよろしいでしょうか?」
「遠慮しないでよ。他になにか足りないものがあるの?」
「そうではございません。ただ、心配になってしまって」
「心配? なんのこと?」
「泥棒です」
「あ~、薬草を盗まれないか心配しているんだね。ドアのロックは鍵と暗証番号のダブルだけど……」
「そ、そうではありません。危険なのはこの家ですよ」
セティアは心配そうにオロオロしだした。
「家が危険ってどういうこと?」
「だって、この家には各所にガラス窓が付いているじゃないですか。ドアだって立派ですよ」
この世界ではガラスが貴重品なのをすっかり忘れていた。
豪商のフィービーさんが大金を積んでも欲しがるくらいだもんなあ。
「泥棒が窓ごと盗んでいくことを心配しているんだね?」
「や、薬草が盗まれるのはいいのです。また採ればいいですから。でも、ご城主様が作られた家を泥棒に踏みにじられるのは耐えられません」
その心配はたしかにあるな。
外せば光らないのに照明を盗もうとする輩だっているかもしれない。
「よし、セコソックをつけよう!」
「セ、セコソックとはいったい?」
「ホームセキュリティーだよ」
城塞には大勢の兵士がいるから関係なかったけど、ここを守るにはセキュリティーの力が必要だ。
僕は各所に器具を取り付けた。
「これらの器具を取り付けることによって『泥棒感知』『火災感知』『非常通知』の三つが可能になるんだ。これで安心だよ」
でも、本当にこれだけでいいのか?
僕にしてみれば家はいつでも建てられる。
なにより大切なのはセティア自身だ。
もし、泥棒がセティアを襲ったら?
ウーラン族をよく思わない人々が襲撃してきたら?
心配の種は尽きない。
「うん、やっぱりスーパービッププランにしてしまおう」
実を言うと、ホームセキュリティーは魔力とは別にお金がかかる。
とりあえず手持ちのお金で間に合いそうだから契約してしまおう。
まあまあの出費だけどセティアのためだから仕方がないね。
契約が済むと、僕の手の中に携帯エマージェンシーコールが現れた。
形状は腕時計のようで手首に装着することができる。
「セティア、いつでもこれを持っていて」
僕はセティアの手首にエマージェンシーコールを付けてあげた。
「これはどういうものなのですか?」
「腕輪に丸い金具がついているでしょう? 危険を感じたときは迷わずこれを引っ張ってほしいんだ」
「引っ張るとどうなります?」
「セキュリティーが駆けつけてくる。ちょっと試してみよう」
僕らは表に出た。
「さあ、思いっきり引っ張ってみて」
「こ、こうですか?」
セティアは恐々といった手つきでストラップを引っ張る。
そのとたん空間が開き、油膜のような入口から次々とゴーレムたちが現れるではないか。
「ア、アイアンゴーレム⁉」
腰を抜かしてへたり込みそうになるセティアを抱えた。
「安心して、セティアを守ってくれるゴーレムだよ」
ゴーレムは全部で七体。
騎馬型は半人半獣で馬の胴体に人間の上半身がくっついている。
兵士型は槍兵、剣と盾を持った兵、弓兵が二体ずつ。
こう言っちゃなんだけど城塞の兵士よりずっと強そうだ。
さすがは安心安全の大手メーカーだけはあるな。
二つの力を合わせたような力強いネーミングも魅力的だ。
そう思わない?
「セティア・ミュシャ様の安全を確認しました。引き続き家の警備に移行します」
ゴーレムたちは家の各所に移り、警備・巡回を始めた。
「家の大きさに比較して警備が大袈裟かな? まあ、これでセティアの安全は守られると思うよ」
僕の腕の中でセティアまだ震えている。そんなに怖かった?
「ご、ご城主様……」
「どうしたの?」
「は、放してください。恐怖と感動と快感でまたおしっこが……。あ、あ、あと十五秒で漏らします」
セティアは作ったばかりのトイレへ駈け込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます