第28話 忍び寄る魔手


 木下工務店はガウレア城塞の本格的なリフォームに着手した。


「グスタフとバンプスには窓を作ってもらうからね。それじゃあスキルを伝授します」


 グスタフには石壁を変形させるスキル、バンプスには窓枠を作製するスキルを与えた。


「とりあえずはそれぞれに作業を進めておいて。ガラスは明日以降にはめ込んでいこう」


「ご城主様はどうなされるんで?」


「僕は空調システムを作っていくよ」


「空調?」


「空調っていうのは空気調和の略語ね。温度、湿度、気流、それに空気の汚れなんかに配慮するシステムなんだ」


「ほぇえ……」


「僕は空調の核となるファンコイルユニットというものを作るから、窓は二人に任せるよ」


「へい、社長! じゃなかった、ご城主様」


 メインユニットを最上階の部屋に取り付けた。

ここから温水と冷水の通る配管を枝分かれさせていく。

いやあ、度重なる作製で僕のレベルはまた一段と上がっているね。

魔力枯渇になることもなく、サクサクと配管が並んでいく。


「ご城主様ぁ、お昼御飯ですよぉ!」


 お、アイネが呼びにきた。

もうお昼? 

時間が経つのがあっという間だ。


 休憩時の飲み物はもちろん特濃ブレガンド茶。


「ゴク、ゴク、ゴク、ぷはぁっ! 不味い! もう一杯‼」


 一生懸命ブレガント草を集めてくれるセティアには感謝しかないよ。

今度、冬物のコートをプレゼントしようかな? 

必要なものがあれば何でも言ってほしいのに、セティアはすぐに遠慮するから困ってしまう。



 そうこうしているうちにまた満月がやってきたけど、ガウレア城塞軍の圧倒的勝利で戦闘は終わった。


「敵を城塞に寄りつかせないんだから当然だ」


 エリエッタ将軍は笑いが止まらないようだ。

これまでは少なからず白兵戦になっていたのに、照明のおかげで敵の侵入をほとんど許さずに勝敗が決してしまうのだ。


「矢の無駄撃ちはなくなったし、補充の兵はたっぷりいるしでわが軍は圧勝続きだよ」


 今回も城塞側に戦死者は出ていない。

これなら次回も勝てるかな? 

それとも魔物も学習して、なんらかの対策を講じてくるのだろうか? 


 戦闘に関して僕ができることはなさそうなので、グスタフとバンプスとリフォーム作業を続けることにした。


「ご城主様、お疲れ様です」


「窓ガラスのおかげで部屋が明るくなりました。ありがとうございました」


 僕が作業をしていると声をかけてくれる兵士が増えた。

僕のジョブが戦闘系じゃないとわかって安心しているのかもしれない。


「ご城主様、御用商人のフィービー・ボーンさんがいらっしゃいました」


 作業をしているとアイネが僕を呼びに来た。


「フィービーさんが? 今度は何の用かな?」


「お会いになりたくなければ面会をお断りすることもできますよ」


「いや、会うよ。実は僕もお願いしたいことがあったんだ」


 作業をグスタフとバンプスに任せて僕は執務室に戻った。



 執務室ではフィービーさんが満面の笑顔で待っていた。


「こんにちはご城主様。びっくりしましたわ、城塞の雰囲気が一気に変わってしまいましたね」


「いろいろと頑張っていますよ。どうぞ、おかけください」


 お茶と一緒に冷蔵庫のガトーオペラをお出しした。

フランス発祥のお菓子で、チョコレートケーキの王様なんて呼ばれている……と、箱に書いてあったよ! 

バタークリームやガナッシュが何層にも重ねられた上からチョコレートでコーティングしてあるそうだ。


 僕もお相伴に預かって食べたけど、これは美味しい! 

後で暴れられても困るからエリエッタ将軍の分も残しておこう。


「たいへん美味しゅうございます。まさかこの地でチョコレートを食べられるとは思ってもみませんでした」


 フィービーさんもうっとりとガトーオペラを頬張っているぞ。

場はいい感じでなごんでいるからそろそろ用件を聞きだしてみるか。


「そうそう、シャンデリアの調子はいかがですか? 故障などがあれば修理に伺いますが」


「おかげさまで家の中が光り輝いております。一目でいいから見たいと、当家には連日のように客人が詰めかけているほどでございます」


 なるほどねえ……。

僕もそのうちガウレア城塞の大広間にシャンデリアとかをつけた方がいいのかな? 

僕もエリエッタ将軍もそういうことにはうといんだよね。

まあ、ここは軍事施設だから、そういうのは後回しでいいや。


「それで、今日はどういった御用でいらしたのでしょう?」


「実はお願いがあってまいりました。対価は惜しみませんので、なにとぞ当家にガラス窓をつけてはいただけないでしょうか?」


「ガラス窓ですか……。いいでしょう」


「え、よろしいのですか?」


 あっさり肯定したら、フィービーさんは意外そうな顔になった。


「御用商人のフィービーさんにはお世話になっていますからね。今後ともいい関係を保っていきたいですし」


「ありがとうございます」


「ただ、二つほど条件をつけさせてください」


「なんなりと」


 交換条件が提示されることは織り込み済みか……。


「一つ目ですが、これと同じものはダメです」


 僕は執務室の窓を指さした。


「これを作るには時間と魔力がかかりすぎるのです。こちらがお見せするカタログの中から選ぶという形をとっていただきます」


「承知いたしました。私もそれで異存はございません。もう一つの条件というのは何でございましょう?」


 僕にとってはこちらの条件が本命だ。


「森の中で火事に遭った廃墟を見つけました。調べたところ、あれはボーン商会の持ち物だそうですね?」


 フィービーさんは少し考えて思い出したようだ。


「ああ、そんなものもありましたね。ずいぶん昔のものなのでぼんやりとしか記憶しておりませんが」


「あれを僕にもらえませんか?」


「廃墟をどうなさるのですか?」


「僕の助手のセティア・ミュシャはご存知ですよね?」


「先日、ご一緒に当家へいらした方ですね」


「セティアは薬師なのです。あの廃墟を作業小屋にできると助かるんですよ」


「なるほど、そういうことなら問題ありませんね。さっそく譲渡証明書を作成しましょう」


 取引はスムーズにいった。

嬉しいから三個くらい窓をつけてあげようかな。


「窓ガラスはさっそく明日にでも取り付けにうかがいますね」


「それは助かります。こちらも歓待の準備をしてお待ちしておりますわ」


 フィービーさんは弾むような足取りで帰って行った。


 ブレガント草は僕にとってなくてはならないものだ。

冬が訪れる前になるべくたくさん取ってもらって、できるだけ薬草茶を作ってもらわなくてはならない。

そのためにも森の作業小屋は絶対に必要である。


 さて、次はボロ屋のリフォームだな。

どんな感じに仕上げようか? 

考えるだけで楽しみだった。


   ◆◆◆


 大陸、北の某所。

人類にはまだその場所を特定されていない魔王の城が深い山脈の奥地にあった。

魔王はこの地で有力な魔人を束ね、人間の生活圏を我がものにし、人類を食料かつ奴隷にしようと目論んでいる。

だが、その計画は次々に召喚される異世界の人々によって阻まれていた。


 魔軍参謀フラウダートルは目を通した報告書に首をかしげていた。

枯れた老人のような姿をしているが、卓越した知能を持つ彼をバカにする者は魔軍にはいない。

こめかみから生えた細い角をかきながらフラウダートルはつぶやいた。


「おかしい……」


「なにがおかしいんだい、フラウダートル?」


「ふむ、ブリザラスか……」


 部屋に張り詰める冷気をものともせず、フランダートルは入ってきた魔人を見返した。

彼女の名前は氷魔将軍ブリザラス。

七大将軍の一角をなす魔人の一人だ。

本人は魔軍きっての美女のつもりでいるがそれを認めるものは少ない。


「西方のガウレアで異常が起きている」


「ガウレア? 重要拠点でもなんでもないじゃないか」


「そうなのだが、満月に攻め入った魔物どもが二回も壊滅しているのだ」


「ふーん、そりゃあ妙だね」


「特に産業もない西方の田舎町だ。召喚勇者が守っているわけでもないだろう。いったいどういうことやらな……」


 魔人たちが木下武尊のことを知る由もない。


「私が行ってこようか?」


「そうしてくれるか?」


「冬が近いうえに、月蝕の日はすぐそこだよ。アタシの力が最大限に高まればガウレアのやつらをすべて凍てつかせてやれるんだ。それに月蝕ならスノードラゴンを動かせる」


「ふむ……」


「ねえ、行かせておくれよ。最近は召喚勇者のせいでイライラがたまっているんだ。たまには奴らに邪魔されず人間を大量に殺したいじゃないか!」


 身をよじらせて悶えるブリザラスを、フラウダートルは嫌悪感を出さないように見つめた。


「よろしい、ブリザラスに行ってもらおう。魔王様には私から報告しておく」


「ありがとね、おじいちゃん」


 意気揚々と出て行くブリザラスを見送ってから、フラウダースは再び報告書に目を落とした。 

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