第23話 接待


 午前中は町に蛇口を取り付ける作業にいそしんで、お昼はボーン商会の支店に行った。

フィービーさんから招待状を受け取ったのだ。

例の接待である。


 ボーン商会へはカランさんとセティアを連れて行くことにした。

かわいそうだけどアイネは城塞でお留守番だ。

専属とはいえ、メイドが城主と同じテーブルを囲むことはできないんだって。


「カランさんはともかく、ど、どうして私まで?」


「名目上、セティアは僕の助手じゃない。忘れちゃったの?」


「そ、そうでした! でも、私までご馳走になっていいのでしょうか?」


 カランさんは冷めた目つきで肩をすくめる。


「フィービー・ボーンがハニートラップを仕掛ける恐れもあります。私たちでご城主様の両脇を固めるのです」


「そんなに心配することある? まだ昼間だし、僕なら……」


「ご城主さま、ご自分がチョロいことをご自覚ください。相手は百戦錬磨の手練れでございますよ。十八歳の少年を手玉に取るなど、息をするくらい自然にやってのけるのです」


 そうかな? 

そうかもしれない……。

女の子に頼られると断れないもんなあ。



 ボーン商会のガウレア支店はレンガ造りの立派な建物だった。

庭や植え込みもよく手入れされていて、周囲の石造りの家とは一線を画している。

でも、やっぱり家の中は寒くて暗かった。


「ようこそおいでくださいました、どうぞこちらへ」


 案内された部屋は何本もの燭台が並んでいて、ガウレア城塞より明るかった(僕の居室を除く)。

テーブルの上のカトラリーはキラキラと輝いていて、豪華な雰囲気を醸しだしている。

どうやら本物の銀でできているらしい。


 こう言っては何だけど、ガウレア城塞のご飯って不味いんだよね。

人数が多いからか、いつも冷たいし、変な匂いが混じっていることもあるし……。


 でもボーン商会の食事は最高だった! 

冷製やカナッペ、パテなどの前菜、肉料理もいろいろ。

飲み物もいっぱいあった。


「お酒もございますよ」


「お酒はちょっと……」


「ではレモンクロートを蜂蜜とお水で割ってみたらいかがでしょうか」


 勧めてもらった飲み物はほんのり甘くて美味しかった。

フィービーさんは話し上手で宴席は和やかに進んだ。

心配していたハニートラップもなく、肩透かしを食らった感じだ。

実はちょっとだけ期待していたんだよね。

こんなことを言ったらカランさんに叱られてしまうかもしれないけど。


 あ、アイネは喜ぶのかな? 

アイネくらい徹底していると、女にだらしない男でも好きそうな気がする……。


「今日はたくさんご馳走になってありがとうございました」


「この程度のもてなしで恐縮ですわ。これをご縁に、これからも末永いお付き合いをよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


「ご城主様に私からご提案があるのですが、聞いていただけますか?」


 ついに本題がきたか、そう感じた。


「先日、ご城主様のお部屋へうかがったときに見せていただいた品々に、私はたいへん感銘を受けました」


「それは、ガラス窓と照明のこと?」


「そうでございます。単刀直入に言いましょう。いかがですか、私と一緒に商売をしてみませんか?」


 フィービーさんの視線が熱い。

おそらくフィービーさんと組めば、僕は大金持ちになれるのだろう。

だけどなあ……。


「それは無理です」


「どうしてでございますか? ご城主様のお力は唯一無二のもの。憚りながらボーン商会はこの国でも屈指の豪商でございます。私共と組んでいただければ、ご城主様に決して後悔はさせません」


「きっとそうなのだと思います。フィービーさんはいい人そうだし、ビジネスパートナーとしては申し分ない人なのでしょう。だけど……。なんというか、僕はまだやりたいことがいっぱいあるんです」


「やりたいことですか?」


「まずは自分の住環境の整備です! これだけは譲れません。それと、いま僕は町のあちこちに水道をつけています」


「存じておりますよ。ルガンダの民で、ご城主様に感謝しない者はおりません」


「それなんですよ。僕、人から感謝されるなんてこと、これまでの人生で一度もなかったんです。だけどなんかそれが楽しいんですよ。だから、今は商売どころじゃないんです」


 今ならパラディンとして真面目に頑張っている竹ノ塚の気持ちが少しわかる気がした。


 じっと僕を見つめていたフィービーさんだったけど、不意に肩の力を抜いたようにふっくらとした笑顔を見せた。


「さようでございますか。それではこれ以上お誘いしてはいけませんね」


「ごめんね、フィービーさん。でも、今日のお礼として、この家に窓ガラスか照明をつけてあげます。なんなら蛇口でもいいですけど」


「本当ですか!」


 今日のご馳走にはかなりの金がかかっていると思う。

それを三人前だ。

このまま食い逃げじゃ後味が悪いもんね。


「なにがいいですか?」


「え? え?」


 それまで冷静だったフィービーさんがおたおたしだしたぞ。


「ど、どうしましょう。突然のことで心の準備が……。やっぱりガラス窓……。いえ、水道も便利だけど……、照明がいいです!」


「照明でいいんですね?」


「あ、やっぱり! ……いえ、照明でいいです」


「それでは」


 僕は集中して空間に照明カタログを開いた。

あらかじめソート機能を使って二〇万円以下の商品だけを表示している。

あんまり高いやつだと魔力と時間を大量に消費してしまうからね。


「この中からどれがいいか選んでね」


「ご城主様はこれすべてを作ることができるのですか?」


「まあ……、これはほんの一部なんですよ」


 すべてのカタログを出しちゃったら一晩かけても見られないぞ。


「しょ、少々時間をいただけないでしょうか。すぐに茶菓を用意させますので」


 フィービーさん支店長などと話し合いながら念入りにカタログを眺めている。

僕としては早く帰ってお風呂作りを再開したいんだけどなあ……。

ちょっと手助けをしてみるか。


「応接間や食堂につけるならシャンデリアなんていかがですか? こんな感じのがありますよ」


 検索ワードを『シャンデリア』にしてカタログを開き直した。


「おお! これはなかなか……」


 けっきょく、フィービーさんは居間にシャンデリアをつけることにした。

作業には一時間くらいかかったけど、今日もいい仕事をしたと思う。

お土産をたくさんもらって僕らは城塞へ引き返した。


   $$$


 客が去った応接間でフィービー・ボーンは天上のシャンデリアを睨んでいた。


 ピッ!


 リモコンが音を鳴らすたびに照度が切り替わる。

武尊たちが帰ってまだ十分も経っていないというのに、フィービーはもう百回以上もスイッチを押していた。


「欲しい……。木下武尊さんのすべてが欲しい……」


 呟いたフィービーがもう一度ボタンを押すとシャンデリアはすべての光を失い、部屋は暗闇に包まれた。

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