第22話 セティア死す
本日は城下をまわって水道をつけていく。
同行するのはカランさん、護衛兼手伝いとしてグスタフとバンプスに来てもらうことにした。
それからセティアも一緒だ。
ガウレアの人々に恐れられているウーラン族だけど、城主の知り合いということを印象付けておけば危険は減るかもしれないと考えたのだ。
町へいく馬車に乗り込む前にセティアの気持ちを確かめておいた。
「心の準備はいい?」
「はひぃいいいっ! い、い、いつでもいけます。カマス、ヒメマス」
だめだ、気絶一歩手前じゃないか。
「心配はいらないよ。グスタフとバンプスもいるし、僕もそばにいるから」
「じ、じ、実は、出かけるにあたって未来をよ、予言したのです……」
「そうなの?」
「こ、こんな結果が出ました……」
セティアは文字の書かれた紙片を僕に渡してきた。
「え~と、なになに……」
たそがれの光の中で少女セティアは死せり されど恐れるなかれ 死は繁栄の
「なにこれ?」
「わ、私が聞きたいです。私、死んじゃうのでしょうか?」
「落ち着いて。セティアの予言って必ず当たるの?」
「必ずではありません。的中率は87%です」
けっこうな確率だな。
「う~ん、確かに死ぬって書いてあるよなあ……。でも、よみがえるとも書いてあるよね」
「自分のことに関して未来をのぞくと、いつもこんな漠然とした文章になるんです。はぁ……」
「どうしても怖いなら、今日はお留守番しておく?」
「い、いえ。い、いきます。一人でいるより、ご、ご城主様と一緒の方が安心ですので……」
「わかった。それじゃあ出かけよう」
青い顔をしたセティアを乗せて馬車は出発した。
エリエッタ将軍が指示してきた蛇口設置ポイントは七十二カ所にものぼっていた。
街中だけでなく、周辺の村々も指定されている。
これは効率よくやっていかないといつまで経っても終わらないぞ。
まだ自分のお風呂も作れていないのだ。
とっとと作業を開始しよう。
地図で確認しながら最初の場所へやってきた。
ここは城下町の中心街だ。
メインストリートと言っても大きな都市を想像しないでよ。
雑貨屋が一軒、パン屋、銀行、事務所、服屋、金物屋なんかが並んでいるこじんまりとした通りである。
シャッター商店街じゃないだけ僕の地元よりマシかもしれない。
朝になるとここには市も立つという話だった。
取り付け前にカランさんに場所の確認をしておいた。
間違っても取り外しはできるけど、二度手間は避けたい。
「銀行の壁に付けちゃっていいんだよね?」
「そうです。エリエッタ将軍から事前に話はいっていますのでご安心ください」
「了解」
町の人たちが遠巻きに僕らの様子を見ている。
相変わらず僕とセティアは怖がられているようだ。
先に排水溝を取り付け、それから蛇口を取り付けた。
時間と魔力の節約のためにいちばん簡素なものだけどいいよね?
凝ったデザインのものを取り付けようとすると、それなりに時間がかかってしまうのだ。
「お兄ちゃん、なにしてんの?」
作業中の僕に小さな男の子が話しかけてきた。
日本ならまだ保育園児くらいかな?
僕のことを怖がらずに話しかけてくれたのが嬉しかった。
「蛇口ってものを作っているんだ。ここからお水がバシャバシャ出てくるんだぞ」
「バシャバシャ? すごーい!」
「待っててな、もう少しで完成だから」
僕は男の子と話しながら魔力を注ぎ込んでいく。
ところが一人の女性が僕たちのところへ走りこんで来て、男の子を守るように抱きかかえると土下座をしだした。
「お許しくださいご城主様! まだ五歳の子どもです。どうか食べないでください!」
「食べないよっ!」
「ヒィ」
泣きたいのはこっちだって。
「あのですね、異世界人は人肉なんて食べないんです!」
「…………」
お母さんは何にも言わずにガクガク震えている。
こんな悲しいやり取りの間も僕は魔力を送り続けた。
だって、木下工務店の工期は絶対だから。
今日中にあと四カ所はまわりたい。
「よーし、できたぞ。坊や見ていてごらん。言ったとおりお水がバシャバシャでるからね」
栓をひねると問題なく水が出てきた。
「よし、水量もいい感じだな」
「すごーい、本当にお水バシャバシャだ!」
お母さんに抱かれながらも男の子は大はしゃぎだ。
「この水は町の誰でも使えるんだよ。とっても綺麗だからそのまま飲んでも大丈夫さ」
水が出るようになると、それまで遠巻きに見ていた住民たちが何歩か近づいてきた。
カランさんがここぞとばかりに宣言する。
「本日よりこの水場を町民に解放する。使用量に制限はない。ご城主様に感謝して使うように!」
人々の間に小さな歓声があがった。
ここのところ雨が少なく、井戸で汲む水は一人につき一日に桶三杯までというお達しが出ていたらしい。
まだまだ怖がられているみたいだけど、これで少しは人気者になれたかな?
「さて、次に行くよ!」
弾む足取りで馬車に乗り込んだ。
その日のノルマを終えた僕たちは城へ戻る途中だった。
僕は心地よい疲労に満たされている。
あちらこちらに水道を取り付けたという噂はすぐに広がって、最後の取り付けのときは近隣住民が僕らを歓迎してくれたくらいだったのだ。
「異世界人が人肉を食べるという噂は払拭されつつあるよ。本当によかった」
セティアも笑顔だ。
「お手伝いをしていたおかげで、私にも話しかけてくれる人がいました。今日は本当によい日です」
ウーラン族に対する誤解も解けかけていると信じたい。
「そうだ、途中の森で私をおろしていただけませんか?」
「何か用事があるの?」
「日暮れにはまだ時間がありますから、薬草を採っていこうかと思いまして」
「それなら僕も行きたいな。いつも飲ませてもらっているブレガント草を僕も摘んでみたいよ」
それにセティアの予言のことも気になる。
「それならあっしらもお手伝いしやすぜ」
バンプスたちも来てくれるというので、みんなで薬草摘みをすることになった。
「あった! ありましたよ、これがブレガンドです」
セティアが地面の草をかき分けて見せてくれた。
摘んできたものは見たことがあるけど、生えているのを見るのは初めてだ。
「根は傷つけないように、こうして茎を切って収穫するんです」
セティアは摘み取ったブレガンドを大切そうに袋へ閉まっていた。
「よーし、みんなで手分けして探そうよ。僕はあっちを探してみるね」
こうして森の奥に入ったんだけど、ブレガンド草は一つも見つけられなかった。
やっぱり慣れがいるのかな?
「あ、セティア。どう、見つかった?」
「に、二本だけですが」
「それでもすごいや。僕なんて一本も見つからなくて。おやっ?」
「どうされましたか、ご城主様?」
「あそこに廃墟が」
苔がぶら下がった木立の後ろに朽ちかけた石造りの小屋があった。
『工務店』というジョブの性なのだろうか、どうしても気になる。
「ちょっと行ってみようか」
「ええ……」
そこはやはり廃墟だった。
火事があったのだろう、木造の屋根は焼け落ち、石でできた壁だけが残されている。
室内に入っても、赤く色づく夕焼け空がぽっかりと開いた焼け跡からよく見えていた。
「残念です、せめて屋根があればいい作業小屋になったのに」
「作業小屋?」
「積んだ薬草を干したり、乾燥した薬を粉末にしたり、生薬を煮出したりと、いろいろに使えます」
「なるほど、今の部屋だと手狭だよね」
行き場のなかったセティアは執務室の屋根裏に住んでいるのだ。
適当な部屋をあげるといったのだが、セティアは頑なに屋根裏がいいと主張していた。
そんなに遠慮することはないんだけどなあ。
「だったら僕がここを修理するよ。ここを使っていいかエリエッタ将軍に確認してからだけどね」
「え、でも、そんな……。お手を煩わせては……」
「大丈夫、大丈夫、なんだか僕も楽しいんだ」
いつかは一軒家を建ててみたいけど、その前にリフォームで練習というのもいいだろう。
「うーん、けっこう痛んでるなあ……うわっ!」
「ご城主様!」
天上を見上げながら歩いていたら瓦礫に躓いてしまった。
とっさにセティアが支えてくれようとしたけど、僕らはもつれ合って床に転んでしまう。
そして僕の目の前は真っ暗になった。
これ、どういう状況?
柔らかく重いものがのしかかっていて息ができない。
「ご、ご城主様! わ、私、なんてことを……」
ひょっとして僕の顔面を塞いでいるのはセティアのお尻?
「し、死んでお詫びをぉおおおお!」
いいから早くどいてほしい。
「モガガ、モガガガウガーッ!(セティア、落ち着いて!)」
「ヒャンッ! な、なんですか? ア、アンッ! ご城主様、しゃべっちゃダメ!」
「モガガウガガガ(そんなこといわれても)」
「アッ、アッ、アッ! これ以上は本当にダメです! な、なんか変な感じがして……もう……」
「モガッガウガー!(どいてってばー!)」
「きゃああああああああああああっ!」
ぐったりとしたセティアが前に倒れこみ、僕はようやく解放された。
「ごめん、セティア。でも、なかなかどいてくれないから。って、どうしたの?」
セティアは床に四つん這いになった状態でプルプルと震えている。
「死にました……」
「え?」
「少女だったセティアはじんでじまいまじだぁ! わだじは汚いおどなでずぅううううう!」
たそがれの光の中で少女セティアは死せり、ってこういうことだったの⁉
「悪かったって。その代わりここをセティアの作業場として復活させるからもう泣かないで。お願いだよ」
泣きじゃくるセティアをなんとかなだめて城塞へと帰った。
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