第20話 いりびたり


 夜が明けた。

なんだろう、体が熱くてたまらない……。

ベッドの上で顔を赤くしていたら、起こしにきたセティアに心配されてしまった。


「ご、ご城主様、お熱があるのですか? ど、ど、どうしましょう!?」


「安心して、風邪なんかとは違うみたいだから。どこも痛くはないんだよ。ただ体が熱くて仕方がないんだ、ほら」


 自分がどれだけ熱いかを教えようとセティアの手を握ったら、セティアの方が真っ赤になって倒れてしまった。


「ご、ごめん! セティア、しっかりして!」


「私の方こそごめんなさい、触れられただけで昇天してごめんなさい、幸せ過ぎてごめんなさい……」


「あなたたちはバカですか?」


 二人で顔を赤くしていたら後から入ってきたカランさんに呆れられてしまった。


「ご城主様のそれは魔力の成長期かもしれませんね。保有魔力量が大幅に上がると、そのような症状が出るのです」


 だとすればこの熱さも歓迎すべきことなのかもしれない。


「それを聞いて安心したよ。ひょっとしたらこの世界特有の病気にかかったかもって、心配でもあったんだ」


 安心した僕はもりもりと朝食を食べて、早い時間から活動を開始した。



 魔物の襲撃から一夜明けてみんなは大忙しだった。

僕もグスタフとバンプスと共に照明の点検をしている最中だ。

幸いなことに、昨日の戦闘で壊れた照明はなかった。


「あ、魔法で穴を掘っている!」


 数人の魔法使いが協力して荒れ地に大きな穴を開けていた。

きっと土魔法を使っているのだろう。


「あそこで魔物のむくろを焼くんですよ。放っておくと腐って、疫病が蔓延しますからね」


 グスタフがうんざりした顔で教えてくれた。


「あんなにたくさん焼くのは大変そうだね」


「薪と魔法の両方をつかうんでさあ」


「あれ、あっちの荷車はなに? 魔物を運んでいるよ」


「ああ、あれはホーンラビットとかウィットルですな。どれも食べられる魔物です」


「魔物を食べるの⁉」


 それは初めて知った。


「ご領主様も食べているはずですよ。ソーセージなんかに入れますから」


 すでに食べた後だった! 

加工肉って原料がなんなのかわかりづらいから、魔物を食べていたなんて知らなかったよ。


 でもまあ、今さらだな。

体調に問題はないし、この世界ではそれが当たり前なんだから特に文句もない。

郷に入っては郷に従え、ということわざどおりだ。


「それにしても随分とたくさんあるよねえ。あんなにたくさん食べきれるのかな?」


「もちろん城でも食べますが、塩漬け肉にして全国に売り出されるんです。言ってみればガウレア城塞の特産品ですな」


「あ、やたらとしょっぱい肉があったけど、もしかしてあれ?」


「たぶんそれですよ」


 草地の少ないガウレアの人々には貴重なタンパク源になっているに違いない。


「大量の肉を解体するのは大変なんだろうなあ……」


「早くしないと肉が傷んでしまうのですが、ここは水も少ないからいつも困るんですよ」


 ガウレアの水は豊かじゃない。

城塞では地下から風車で汲み上げている。

塩漬け肉を作るには大量の水を使うので、人々の汚れは後回しになっているそうだ。

本当は今日からでもお風呂を作りたかったのだけど、先に兵たちの水場を作る方がよさそうだ。


 外で作業できるように城塞の北側の壁に蛇口を三つ付け足した。

驚いたよ、僕のレベルはまた上がり、ぜんぶ取り付けるのに三十分もかからなくなっていたのだ。

まあ、蛇口も簡素なものを選んだから楽だったのだろうね。


 作業をする兵士たちはいっぱい出てくる水に驚いている。


「あれは水魔法なのか?」


「わ、わからん。だが、いつまで経っても尽きることがないぞ」


「ああ、いくらでも出てくる……」


「さ、さすがは異世界人だな」


 また怖がらせちゃった?


「これで作業をがんばってください」


「は、はい。恐れ入ります、ご城主様……」


 少なくとも感謝されたから、まあいいか。



 部屋に戻っておやつを食べていたらエリエッタ将軍が訊ねてきた。


「タケル殿が水道を作ってくれたんだって? 私も見てきたけどあれはすごいな! 軽く栓をひねるだけであとからあとから水が出てきて」


「喜んでもらえたようでよかったです」


「ありがとう、心から礼を言うよ。ところであの蛇口を町につけることはできるだろうか? ガウレアは水が少ないから民も喜ぶと思うのだ」


「問題ないですよ。地区や集落をまわって一つずつつけていきましょうか?」


「それは助かる!」


「まあ、座ってくださいよ、将軍。アイネ、エリエッタ将軍にお茶をお出しして。それからキャビネットの中にレアチーズケーキがあったから、それも切って差し上げて」


「ケーキ? 本当に? 私は甘いものに目がないのだ……」


 意外だな。

武闘派のエリエッタ将軍だからてっきり甘いものよりお酒かと思っていた。

人は見かけに寄らないの典型例だね。


 レアチーズケーキを食べたエリエッタ将軍は体を震わせて天を仰いでいた。


「天国の味がする……」


 感動してもらえたみたいだ。


「こんなに美味しいケーキは初めてだぞ! これはそこのメイドが作ったのかい? それともタケル殿が?」


「作ったというよりも入っていた、というのが正解ですね」


「……理解できないのだが」


 キャビネットを見せてしまった方が早いな。


「寝室にいきませんか? チーズケーキの秘密を教えますので」


「ほう、それは楽しみだ」


 僕らはぞろぞろと寝室へ向かった。


  キャビネットと冷蔵庫を開けたエリエッタ将軍はすっかり上機嫌だった。


「スイーツや飲み物が現れる箱だと? こんな宝はどこにもないぞ! 伝説の古代魔導具より貴重な品なのではないか、これは?」


 言われてみると、そうかもしれない。

何がすごいって、作成時に魔力を消費するだけで、その後のランニングコストがぜんぜんかからないことだよね。


 もっとも耐用年数は平均で七年くらいだ。

一般的な家電と同じで、いつかは壊れてしまうんだよね。

防犯カメラや照明も同じなので定期的なメンテナンスが必要なのだ。


「ところでタケル殿、あの扉はなんだい? 前に来た時はなかったはずだが……」


「トイレを作ったのです。見てみます?」


「う、うむ」


 トイレを見たエリエッタ将軍はアイネやカランさんと同じような反応をしていていた。


「あー、タケル殿……」


「なんでしょう?」


「明日も遊びにきていいだろうか? できれば早朝と十時と正午と三時のおやつと寝る前に……」


 いりびたりですね。


「か、かまいませんよ」


「それではまた夜にくる。そのときはそこにあるチョコレートを食べさせてくれ」


 この日から、エリエッタ将軍は暇さえあれば僕の部屋にくるようになった。

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