第19話 ナイトゲーム


 満月の日。

 山から顔を出した満月は大きく、赤く不気味に輝いていた。

夜空に雲はなく視界は悪くない。

兵士たちは城壁の上に陣取り、魔物の襲来を待ち構えていた。


 戦闘の役には立たないけど、僕も指令所に待機した。

これも城主としての務めだ。

それと照明をつけるタイミングは僕に任されている。


 ほんの十五分前まで作業をしていたので、きちんと点灯するかの検証作業はまだ行っていない。

ぶっつけ本番になってしまったけど、これがうまく作動すればかなりの戦力になるはずだ。


プルルルル!


物見の塔からの内線を受けた兵士が大声で叫んだ。


「敵襲ううううううううううっ!」


 いよいよ来たか。

兵士たちの緊張が一気に高まり、僕も息苦しくなってきた。


「城主殿は中に避難を」


 パイモン将軍はそう言ってくれたけど、僕はそれを断った。

お飾りとはいえ僕は城主なのだ。

ここで逃げたら異世界の人々はいつまでたっても僕に心を開いてくれないだろう。


「でも足の震えが止まらないですね。私が手を握っていましょうか?」


 戦闘が間近だというのにアイネは笑っている。


「みんなの前で恥ずかしい真似はやめてよね。それよりアイネとセティアは中へ避難した方がいいよ」


「いいえ、私はここでご城主様の震えている姿を見ております。こんな機会は滅多にありませんので」


 さすがは筋金入りだ。


「セティアは?」


「わ、私もここにいます。ご城主様は死にませんよ。わ、わ、私がお守りしますから……」


「無駄なおしゃべりはもうやめなさい。ほら、来ましたよ」


 カランさんの指摘で荒野へと目を移すと、地平線の端に黒くうごめく影を見つけた。

それだけじゃない。

夜空にもチラホラ魔物の姿が見えている。


「あれ、ぜんぶ魔物なのか……」


 地上を這うアリの群れが大挙してこちらに向かってくるように見える。

再び伝令兵の声が響いた。


「敵の数、およそ3000!」


 うちの高校の全校生徒の七倍以上もいるの? 

対して城塞を守る兵隊は三百人強らしい。

「弓兵、撃ち方用意。空を飛ぶ魔物から狙え! まだだぞ、もっと引き付けるんだ!」


 パイモン将軍が腹に響く大声を張り上げている。

すごい、これが将軍の声か……。


「将軍、矢を放つ直前に教えてください。戦場を明るく照らし出しますので!」


「……わかった」


 緊張の時間が過ぎていく。

一秒が何十秒にも感じるくらいだ。

まだか? 

まだ攻撃しないでいいのか? 

素人の僕はジリジリしながらパイモン将軍の命令を待っている。


「城主殿、そろそろ灯りを!」


 僕は弾かれたようにスイッチを押し込んだ。


 城塞の兵士は後からこう述懐している。


「その瞬間、夜が昼に変わっちまったんだ。あれは驚いたぜ!」


 またある士官はこうも述べた。


「伝説の魔法ラナルートかと思いましたよ。あんなもの、お伽噺の中だけの魔法と思っていたのですが……。異世界人の力を思い知らされましたね。しかも予想もしていない形で……」


 それくらい僕の照明は強力だったのだ。

普通の防犯灯なら34ルクスくらいの明るさだけど、僕が取り付けたのはスタジアムに使われる特別なライトだ。

野球やサッカーのナイトゲームに使われるような代物である。


 その明るさ、2万6000ルクス! 

防犯灯の七六四倍もあるのだ。

これを城壁の側面に六百個もつけた。

そりゃあ明るいよね。

じっさい野球の試合ができそうなくらいだよ。

点灯した瞬間は人間も魔物も驚きで動きが止まっていたもん。


 最初に正気に戻ったのはパイモン将軍だった。


「これが城主殿の言っておられた照明か……」


「将軍、今なら敵の動きが止まっています!」


「おう! 総員、打ち方用意!」


 将軍の声に兵士たちの頭も再起動を果たした。


「これだけ明るいのだ。よく狙えよ……。撃てっ!」


 無数の矢が放たれ空の魔物を撃ち落としていく。


「城主殿のおかげで命中精度が格段に上がっている。感謝するぞ!」


 城塞の兵たちは矢を無駄にすることなく、次々と敵を仕留めている。

そうか、僕は明るくすることしか考えていなかったけど、照明をつけた場所がよかったのかも。

ほら、魔物にとっては真正面から強い光が射すわけじゃない。

まぶしくて攻めにくいはずだよ。

それで動きが鈍って矢をまともに喰らうんだと思う。

ガウレア城塞は切り立った崖のにあるから、地上からだと迂回することもできないからね。


 そこからはもう城塞側の一方的な攻撃が続いた。

 

モニターを睨んでいた兵士が叫ぶ。


「エリア16に魔物が侵入。第四部隊に内線で連絡、対応させろ!」


「こちら指令本部、第四部隊はエリア16に侵入した魔物を排除してください」


「第七部隊から内線、矢が底を尽きそうです!」


「第二補給部隊に連絡して向かわせるんだ」


「エリア32に魔物が密集しています。魔法兵に集中砲火を指示してください!」


 よしよし、僕が設置した装置はどれも上手く機能しているようだな。


 長いときは数時間にも及ぶと聞いていた戦闘は一時間もしないうちに終結してしまった。


勝鬨かちどきをあげろぉおおおっ!」


 パイモン将軍の掛け声に城壁の兵士たちは武器を打ち鳴らして応えていた。


「ありがとう、ご城主殿。こんな勝ち戦は私の経歴でも初めてだよ。まさか戦死者が一人も出ないとはな!」


「役に立てて僕も嬉しいですよ!」


 ヒヤリとする場面はあったものの、負傷者を出しただけで済んでいる。

人が死ななかったことは本当によかった。


「初めての戦闘で緊張しただろう。後始末は我々に任せて、ご城主殿は自室に帰って休まれよ」


「ありがたくそうします。本音を言うと緊張と恐怖でもう限界だったんですよ」


「ははは、初陣なんてそんなものだ。タケル殿はよくやってくれた」


「え、いま僕の名前を……」


「そう呼んではダメかな? 私たちは同じ戦場を乗り越えた友だと思うのだが」


「もちろんいいですよ!」


「では私のこともエリエッタと呼んでくれ」


「わかりました、エリエッタ将軍」


 将軍に認められて僕は嬉しかった。

これでガウレアの人々とも仲良くなれるかもしれない。


 僕が横を通り過ぎると兵士たちはやっぱり怯えていた。

でも、そこには以前にはなかった感謝の気持ちみたいなものも含まれているような気がする。

その夜は、緊張しながらも僕に笑顔を見せてくれる人が何人もいた。




   カラン・マクウェルの報告書


 別紙にまとめたとおり、このたびの防衛戦は大戦果となりました。戦闘とは直接関係ないながら『工務店』は有益なジョブと認めないわけにはいきません。

 各方面から帰還要請が出ておりますが、ご城主様はまだそれを望んではおられません。以前にも触れましたがご城主様はまだ成長段階にあります。今後のためにも、もう少しガウレア城塞で遊学してから、王都へ帰還するという形が最良かと存じます。どうぞご一考くださいませ。

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