第18話 防犯カメラ、そして

 満月まであと九日となった。


「おはようございます、ご城主様。お加減はいかがですか?」


 寝室に入ってくるとカランさんはベッドのわきに腰かけた。

そして僕の額に手を当てる。

どうしてだろう? 

今日はいつもより距離が近い感じがするんだけど……。


「お熱はないようですね」


「すっかり元気だよ。それよりも……」


「なんでしょうか?」


「カランさんこそ大丈夫なの?」


「私はいたって普段通りですが」


 いや、ぜんぜんそんなことないでしょう! 

今朝はどういうわけか、ずっと引きつったような笑顔を浮かべているもん。

無表情がカランさんのトレードマークだよ。

絶対に何かあったとしか思えない。


「それならいいんだけど、今朝はずっと笑顔だから……」


「ああ、この慈愛に満ちた笑顔のことですか」


「そ、そう、その笑顔……はは……」


 どう見ても無理やり作っている笑顔にしか見えないんだけど……。


「これはご城主様の心を癒すためにやっております」


「はい?」


「男の子は優しい姉的な笑顔に弱いとの研究結果を見ましたので」


 シスコンは人によるんじゃないかなあ? 

僕は嫌いじゃないけど……。

でも、これは違うと思う。

こめかみがピクピクしてるもん。


 でも、カランさんは僕のために慣れない笑顔を作っているわけだ。

そう考えると、なんだかありがたいような気持になった。


「うん、カランさんのおかげで元気が出たよ。調子がいいから防衛戦に向けて頑張るね」

「ありがとうございます。そう言っていただけると、私も頑張った甲斐があるというものです。普段使うことがないせいか、顔面筋肉痛になったくらいですので」


「プッ、そんなに頑張らなくてもいいんだよ」


 カランさんなりに僕を気遣ってくれるのが嬉しかった。



 朝食をすませるとモニターを設置するために城壁上の指令所へ向かった。

ちょうどパイモン将軍がいて士官たちと打ち合わせをしているところだった。


「昨日も頑張りすぎて、ぶっ倒れたのだろう。もういいのかい?」


「まったく問題ありません。成長期ですから」


 明日の僕は今日よりもビッグになる予定だ。


「それは大いに結構だが、本日はどういう用件かな?」


「ここに監視カメラのモニターを設置したいのですがよろしいですか?」


「モニター? なんだ、それは?」


「ここに居ながらにして外の様子がわかる道具です」


「バカなっ! そんなことが……。いや、城主殿ならあるいは可能なのかもしれないな。好きにやってみてくれ」


 内線の実績で信頼を得ているのかもしれない。

パイモン将軍は快く僕の申し出を受けてくれた。


 あんまり場所を取らないようにモニターはすべて薄型タイプにしよっと。

それぞれの映像は21型に映し出せばいいか。

カメラは全部で二十台設置したから21型のモニターを二十台と大きく映し出せる100型を一つを作製するとしよう。


       ☆☆☆


 毎日、三回ほど魔力切れの発作を起こしたけど、その都度つどアイネとセティアが呼ばれて介抱された。

魔力枯渇でのたうち回ったり、気絶したりする僕を、兵士たちは奇怪な生物でも見るような目で見ていた。

でも僕は気にしない。

満月まではあと七日。

そう、何度でも言ってやる。木下工務店の工期は絶対なのだ!


 そんなこんなで本日の夜までにすべてのモニターを完成させた。


「今日は……ここまでにしよ……う……」


 倒れそうになった僕をアイネが支えてくれた。


「ご城主様、最高にステキです!」


「そんなに情けないかい?」


「それもあるけど、みんなのために頑張っているお姿がいとおしくて」


「そう……」


 素直に喜んでおこうかな。


「わ、私もそう思います。こんなになるまで頑張って……。お部屋で薬草茶を飲みましょうね」


 二人に支えられて寝室まで戻った。



 連日頑張ったので、ついにカメラからの配線をハブやモニターにつなぐことができた。

長かったけどこれで防犯カメラの設置は終了だ。

数は足りないかもしれないけど広角レンズや首振り機能で死角は作らないようにしてある。

今はこれでいいだろう。

必要があれば追加はできるのだ。


 パイモン将軍や上級士官たちを集めて、防犯カメラのお披露目会を始めた。


「みなさん、お忙しい中をお集まりいただいて恐縮です」


 将軍は怪訝けげんな顔をしながら壁のモニターを指でつついている。


「この黒い板が戦闘の役に立つと聞いたが、本当だろうか? 私にはいまひとつよく呑み込めないのだが」


「これからが説明しますよ」


 手元のパネルを操作して、すべてのカメラとモニターを起動した。


「うおっ、板が光り出したぞ。これは……風景画?」


「いや、動いているぞ。見てみろ、ここの枝が揺れている!」


「ま、まさか……」


 士官たちがざわめく中で、一〇〇型モニターにへばりついていたパイモン将軍が振り向いた。

顔は青ざめ、声がかすれている。


「ご城主殿、これは……」


「はい、リアルタイムの映像です。城壁に取り付けた十二台のカメラが今起こっていることをこのモニターに映し出しています」


「…………」


「みなさんあちらをご覧ください」


 僕は城壁の上から北の平原を指し示した。

そこにはグスタフとバンプスがいて、大きく旗を振っている。


「次に1番のモニターをご覧ください」


 モニターにも同じように旗を振る二人が映っていた。


「いかがでしょう? これは防衛戦で役に立つでしょうか?」


 パイモン将軍は何も言わず僕に歩み寄った。

そして痛いくらいの強さで僕の手を握りしめる。


「役に立つなんてもんじゃない! これは革命と言っていい代物だよ! 内線といい、カメラといい、これさえあれば戦闘は大いに楽になるだろう!」


 上級士官たちもウンウンとうなずいている。

よかった、これで防衛戦が有利になるのなら頑張った甲斐があったというものだ。


「ちなみにこんな機能もあるんですよ」


 コントロールパネルをいじって1番のカメラをズームさせると、モニターにはグスタフとバンプスの生真面目な顔がはっきりと映しだされた。

ヒゲの一本一本が見分けられるくらい画像は鮮明だ。


「これはすごい!」


「操作の仕方を教えますので時間を設けてください。おそらく数名の選任がいるといいんじゃないかな」


「承知した。さっそく教えてもらおう」


「問題は夜なんですよね。高感度だから暗いところでも撮影はできるのですが、どの程度はっきり映るかはまだ未知数です」


「うむ、連中が攻めてくるのはいつも夜だ。満月だから明るいことが多いのだが、天気の悪い日は視界が最悪になるな。我々もかがり火を焚いて対応しているが暗いことは否めない」


 人間と違って魔物は夜目が利くそうだ。

やっぱり照明は必須だろう。


「満月まではあと六日あります。それまでにできるだけ照明を取り付けますよ」


「照明というとご城主の部屋にあるあれか?」


「あれよりもっと明るいやつです」


「ふ~む……」


 将軍は実感がわかないみたいだけど、それは仕方がないか。

でも、どんな照明を取り付けよう。

僕はカタログを出してフリックしていく。


 普通の防犯灯の明るさは34ルクスくらいか……。

これでもいいんだけど、広い戦場を照らすにはだいぶ物足りない。


 ん? 

おおっ! 

これならいけるんじゃないか!


 カタログで見つけたライトを見て、僕は小躍りせんばかりに喜んだ。

問題は取り付け時間だけど、泣き言を言っている暇はない。

魔物の襲来まではあと六日。そ

れだけあれば、なんとかなるはず。

そう、木下工務店は未来に挑戦し続けるのだ!


 最初は無自覚に城主をやっていたけど僕の力が役に立つのなら試してみたい。

決意を胸に僕は午後の作業に取り掛かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る