第16話 魔力の枯渇
昨日は内線を作るのに終始してしまったから今日こそお風呂に着手しようと考えていた。
グスタフとバンプスによってすでに荷物は運びだされている。
書類仕事も終わったので、さっそく取り掛かろうとしたら机の上の内線が鳴った。
「アイネ? どうしたの?」
「うお、本当だ! 本当にご城主殿の声が聞こえる!」
てっきりアイネからの連絡だと思ったのに、聞こえてきたのは耳慣れない女の人の声だった。
「どなた?」
「我こそはローザリア王国、西方派遣軍所属、エリエッタ・パイモン将軍であ~る!」
内線で名乗りを上げられてもなあ……。
「パイモン将軍でしたか。どうしたんです?」
「すぐにそちらへ行くから待っていてくれ!」
待っているも何も控え室は隣の部屋だ。
すぐに扉が勢いよく開かれた。
「な、なに……これ?」
入口でパイモン将軍が固まっている。
そういえばパイモン将軍がこの部屋へやって来るのは初めてだったな。
どうやら大きな窓に驚いているようだ。
「こんなことって……」
「住みやすいように少し改造したんです」
「これが少し? 部屋の中がやたらと明るいぞ」
「照明もついていますから」
将軍の目が部屋のライトに釘付けになっている。
照明をパリピモードにしてびっくりさせたかったけど、それは自重しておいた。
「パイモン将軍がいらっしゃるなんて珍しいですね。今日はどういった御用で?」
問いかけると、将軍はハタと正気に戻った。
「そうだった! 内線とやらだ!」
「これがどうかしましたか?」
「カランに聞いて、実物を確かめにやってきたのだよ。これはいったいなんなのだ?」
「離れた場所でも話をするための道具です」
「どこにでも設置できるのだろうか?」
「城塞の中なら」
火や水の近くでなければ、基本的にどこでも設置できる。
「離れた場所、例えば城下町とかは?」
「それは無理ですね」
家の中にしか設置できないのが工務店というジョブである。
「では物見の塔から私の執務室にはどうだろう?」
「それなら大丈夫ですよ。物見の塔は外だけど、防水ボックスをつければ対応できます」
「そうか、それはありがたい!」
将軍は満足そうにうなずいている。
僕にもなんとなく察しがついた。
「兵からの報告を迅速に受けるために内線を引くのですね」
「その通りだ。これで素早く命令を出すことができるよ。すまないがさっそく取り掛かってもらえないだろうか?」
本当はお風呂を作りたかったのだけど、これも城主の務めだな。
「今日中に取り掛かりましょう。助手としてグスタフ二等兵とバンプス二等兵をお借りしますよ。あの二人は真面目によく働いてくれるので、できたら僕の直属になってもらいたいんですが」
「好きなだけ使ってくれ。なんなら三十人くらい回してもいいぞ」
「とりあえずは二人でじゅうぶんです」
大盤振る舞いだなあ。
それくらい内線を重要視しているということか。
「ところで、内線というのはいくつまでつけられるのだろうか?」
「千個くらいならいけますけど、いっぺんには無理ですよ。僕の魔力が持ちません」
「そうか……。実はなるべくたくさんお願いしたいのだ。満月の日が近い。とりあえずつけられるだけつけてくれ」
「満月の日?」
「聞いていないのかい? 毎月、満月の晩になると北から魔物の大群が攻めてくるのだよ。満月の晩は魔物の力が増すから、それを利用するつもりなのだろう」
北というと城下町の反対側だな。
どおりであちら側には人家がないわけだ。
「ちっとも知りませんでした。そういう事情なら最優先で頑張ります。将軍、城の見取り図はありますか?」
「いや、そういったものはないが」
「手描きの簡単なものでかまいません。大至急作って、子機を設置する場所に印を入れてください」
「助かるぞ、城主殿。見取り図についてはすぐに用意させるよ」
大量に繋ぐとなると交換機がいる。
どこかの倉庫にでも設置してしまおう。
「将軍、次の満月はいつですか?」
「十一日後だ」
時間はあまりないな。
すぐ作業に取り掛かろう。
倉庫前で待っているとすぐにグスタフとバンプスがやってきた。
「グスタフ一等兵ならびにバンプス一等兵、お呼びにより参上いたしました!」
「あれ、二人は二等兵じゃなかったっけ?」
グスタフは嬉しそうに片目をつぶってみせる。
「ご城主様の直属になりましたので昇進であります。ありがとうございます」
無口なバンプスも口ひげの奥で控えめな笑顔を見せていた。
「それじゃあ今日もよろしく頼むよ」
僕らは協力して内線づくりに取り組んだ。
高い場所への設置はグスタフに肩車をしてもらい、重い荷物もバンプスがすぐにどかしてくれた。
まず交換機を設置してから、最初の子機をパイモン将軍の部屋に、それから物見の塔にも取りつけた。
配線は見えないように石壁の中を通したかったけど、それをやると大量の魔力と時間が必要になってしまう。
今は時間を優先して仕事をするとしよう。
「次はどこかな?」
バンプスが見取り図を確認する。
「城壁の上の指令所です。防衛戦が始まれば将軍はそこから命令を出しますので」
門番の詰め所、秘書官の詰め所など、全二十カ所に子機を設置したところで日が暮れた。
配線が長くなった分だけ僕の疲労度も上がっている。
「もうダメ、一歩も動けない」
夕飯も食べずにベッドに倒れこんだ僕を見て、アイネがすぐに寄ってきた。
大好物が彼女の目の前に転がっている。
すなわち、ズタボロになった僕のことだ。
「可哀そうなご城主様。すぐ、楽な服装に着替えさせてあげますわね」
甲斐甲斐しくボタンを外していくアイネを今日は止めることができなかった。
魔力の枯渇による疲労で、もう口をきくのも億劫だったのだ。
「さあ、こっちも脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」
男ってこうやって甘やかされてダメになっていくのかも……。
ズボンを脱がされながらそんなことを思った。
前は恥ずかしくて無理だったけど、今はトランクスを見られても気にならない。
こんなふうに逆支配されていくのかな?
「ご城主様……」
遠慮がちに声をかけながら入ってきたのはセティアだった。
視線を合わせることはできたけど、疲れていて声もかけられない。
「あの、薬草で作った特別なお茶をお持ちしたのですが……」
お茶?
…………あれ?
なんだろう、この匂いを嗅いでいると少しだけ力が湧いてくるような……。
「き、気持ち程度ですが魔力を回復する効果があります。ぜひ飲んでみてください」
アイネが僕の顔を覗き込んで聞いてくる。
「飲んでみます?」
薬草茶の香りが僕に力を貸してくれる。
なんとか気力を振り絞って微かにうなずいて見せると、アイネはとろけそうな顔になった。
「すぐに飲ませて差し上げますからね♡」
僕の上半身を引き起こして、アイネはそのまま後ろに回ってくれた。
力の入らない僕はベッドの上でアイネに抱きかかえられる状態になっている。
「セティア、ティーカップを」
アイネが受け取ったティーカップを僕の口元に近づけてきた。
「フー、フー……。もういいかな? はい、召し上がれ」
抱きかかえられながら飲ませてもらうなんて、これじゃあ授乳される赤ちゃんみたいじゃないか……。
魔力への渇望が僕の体を突き動かす。
「…………ゴク」
飲み下した一口がお腹の中で温かく広がっていく。
乾いたスポンジに水が染み込んでいくような感覚がする。
でも、まだ体が動かない。
「アイネ……もう……一口……」
「はい、ご城主様♡」
今度はさっきよりもたくさんの薬草茶を飲むことができた。
ああ、体に魔力がよみがえってきた。
「セティア……、助かったよ。今日はちょっと張り切りすぎちゃって……」
「本当はもっと飲ませてあげたいのですが、ブレガントの葉は滅多に見つからなくて、これしかないのです。ごめんなさい」
「ううん、すごく楽になった。ありがとう……」
薬草茶を飲み干して僕は静かに目を閉じた。
明日も大量の作業が待っている。
木下工務店の工期は絶対だ。
満月までにあと二十カ所の子機を設置しなくてはならない。
それに、僕は他にも考えていることがある。
それさえあればきっと……。
意識を手放すと眠りはすぐに訪れた。
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