第15話 内線


 ガウレア城塞にやってきてしばらく経ち、僕の暮らしも落ち着いてきた。

トイレを作り、窓を広げ、照明をつけ、昨日は床暖房まで組み込んだ。


 このように生活環境は大いに改善されたけど、本音を言えばまだまだ全然足りていない。

理想の住まいに欠けたピース、それはお風呂だ。

どうせ作るなら、広くて大きな浴槽がいいよね。

ジャグジーも欲しいし、サウナや打たせ湯なんていうのもあるといいな。

そうそう、岩盤浴もあったらいいんじゃないか?


 夢はどこまでも広がっていくけど、そうなると決定的に場所が足りない。

執務室に作るのは問題外だし、寝室に作ると寝るところがなくなってしまう。

隣の部屋を貰ってしまおうか? 

たしかゲストルームだったはずだよな。

確認すると寝室の隣は五〇平米ほどの広い客室だった。


「ふむ、客室が二つ続いているのか」


 この部屋を両方とももらえれば一〇〇平米のお風呂を作ることができるぞ。

贅沢すぎるかな? 

まあいいよね、いちおう僕は城主だし……。

木下工務店は可能性に挑戦しつづけます!


 ゲストルームを確認していたらカランさんがやってきた。


「おはようございます、ご城主様。何をされているのです?」


 今朝もタイトなスーツをキリリと着こなし、クールな印象をバシバシ伝えてくる。酔っぱらったときの甘えっ子モードが夢のようだよ。


「ちょっと相談なんだけど、この二つの部屋を使わせてもらえないかな?」


「それはかまわないと思いますが、また何かお作りになるのですか?」


「今度はお風呂をね」


「浴室ですか? 浴室を作るのに二部屋も潰すのですか?」


 カランさんは怪訝けげんそうに眉を動かした。


「この世界のお風呂とはちょっと違うんだ」


「承知しました。ご城主様の能力を伸ばすというのは私の使命の第一義です。どうぞご存分になさってください。パイモン将軍には私から話を通しておきます」


 カランさんはなんだか印象が変わったな。

パッと見た感じは以前と同じなんだけど、前よりとっつきやすくなった気がする。


「ありがとう。それからグスタフ二等兵とバンプス二等兵を呼んでもらえる? 荷物の運び出しをお願いしたいんだ」


「すぐに手配いたしましょう」


 キビキビとした動きでカランさんは行ってしまった。


 さて、大仕事の前にしっかり朝ご飯を食べておくか。

僕は執務室に戻って机の上のベルを振った。


 あれ、おかしいな? 

いつもならすぐにアイネが来てくれるのだが、どうしたわけか今朝は来ない。

きっと忙しいのだろう。

だったらこちらから行けばいいか。

アイネの控室は執務室のすぐ横だ。


「アイネ、いる?」


 扉を開けると、アイネがびっくりしたように顔を上げた。


「ご城主様、おはようございます。どうされましたか?」


「朝ご飯にしてもらおうと思って呼んだのだけど……」


「大変失礼いたしました。どういうわけかベルの音がまったく聞こえませんでしたので……」


「しまった! ごめん、僕のせいだ」


 隙間風がひどかったから気密性の高いドアに交換したのをすっかり忘れていたのだ。

防音性能も高いのでベルの音も聞こえなくなってしまったのだな。


「でも、困りましたね。これではご城主様の呼び出しに応じられませんわ」


「大丈夫、何とかするよ」


 荷物の運び出しには時間がかかる。

だったらその間に内線をつけてしまえばいいのだ。

内線があればベルの音が聞こえなくても問題ないもんね。

執務室と寝室、それからアイネの控室につければ事足りるだろう。

やってきたグスタフとバンプスに指示を出してから、僕は内線の設置に取り組んだ。


「ご城主様、なにをしているのですか?」


 執務室の壁に魔力を注ぎ込む僕をセティアが不思議そうに見ている。

指先から紫電が走り、バチバチとうるさい音を立てているので不安なのだろう。


「新しい工事だよ。今度は内線というものを作っているんだ」


「内線? 壁の中に紐を通すのですか?」


「まるっきり間違いってわけじゃないね」


 内線の概要をセティアに説明してあげた。


「離れたところにいるのにお話できるなんて不思議です。内線があれば谷の大ババ様ともお話ができますか?」


「さすがにそれは無理だなあ。僕の力はそこまでじゃないんだ」


 僕のジョブは『工務店』であって『電話会社』ではない。

その仕事は後続の召喚者に任せるとしよう。


 ん? 

でも、電波塔と無線室は建てられそうな気がするぞ。

だったら無線機を使って……。

まあいいや、今は内線に集中しよっと。

木下工務店のモットーは小さなことからコツコツと、なのだ。

 

 すべての配線を繋いで内線が完成した。


「さっそく試してみよう。セティア、呼び出し音が鳴ったらこの受話器を取り上げてね」


「しょ、承知しました。う、上手くできるでしょうか?」


「そんな技術の要るものじゃないから安心して。こっち側を耳に充てて話すだけでいいんだから」


「は、話す⁉ 一番苦手な行為……」


 もう苦笑するしかない。


「僕には慣れてきただろう? 少しだけ付き合ってよ」


「も、もちろんです。喜んでお手伝いします!」


 寝室に入ると、内線〇番のボタンを押して執務室を呼び出した。


 プルルルル、プルルルル、プルルルル。


 あれ、セティアが出ないな。

初めてだから戸惑っているのだろうか?


 プルルルル、プルルルル、プルルルル。


 おかしいなあ、まだ出ないや。

一回切って、もう一度説明した方がいいかな?


 プルルルル、プルルルル、プルルルル、カチャッ。


 お、出た、出た。


「セティア、聞こえる?」


(ハア、ハア、ハア……)


「いや、返事をしてくれないと通じているかどうかわからないんだけど……」


(ハア、ハア、ハア……、ご、ご城主様の声が聞える。す、好きすぎて幻聴?)


 そういう道具だって説明したんだけどなあ……。


「セティア、一回落ち着こう。大きく息を吸って」


(息を……吸う)


「そうそう、そうしたら吐いて~」


(はぁ~~~~~~~)


「どう、落ち着いた」


(は、は、は、はい。だいぶよくなりました)


 まだ緊張しているみたいだけどさっきよりはマシか。


「音量はじゅうぶんだな。ノイズもないしいいできだ」


「は、はい。すぐ近くにご城主様がいるみたいにはっきりとお声が聞えます」


「便利でしょう?」


「は、はい。こ、これならお顔が見えないので、む、むしろお話するのが楽かもしれません」


 コミュ障発言だけど、セティアらしくてなんだかかわいいや。


「オッケー、これで実験は終了だ」


「えっ……」


 セティアが寂しそうな声をあげた。

僕の作った内線は高性能だから音の微妙なニュアンスも拾ってしまうのだ。


「えーと……、もう少しお話ししようか」


「あ、は、はいっ!」


 お互いの故郷のこと、薬のこと、これからのこと。

いつもよりずっとたくさんセティアと話すことができて、二人の距離はまた縮まった気がする。

内線を取り付けて本当に良かったと思うよ。


 でも、この内線が引き金になって僕の城塞での運命が大きく変化することを、このときの僕は知らなかった。

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