第14話 床暖房
目が覚めるとまた魔力が増えていた。
これなら仕事も早くなりそうだ。
『工務店』のスキルにも慣れは大いに関係していて、作れば作るほど技は研ぎ澄まされていく。
技術を究めるため、今日も頑張って作業をしていこう。
本日は空に黒い雲がどんよりと垂れこめている。
これはそのうち雨になるかもしれない。
そういえば今日はちょっと肌寒いな。
いよいよ暖房の出番かもしれない。
寝室や執務室には暖炉があるけれど、これが活躍するのは冬になってからだ。
それまでは自前で何とかするしかない。
さて、一口に暖房と言ってもいろいろあるよね。
エアコンとかストーブとか。
でも、今日僕が作ろうとしているのはそのどちらでもない。
僕は床暖房を設置するつもりなのだ。
床暖房はいいよ。
足元から部屋全体が均一に温まるし、空気が汚れることもない。
乾燥だってしにくいからね。
さっそく作っていこうと思うんだけど、そうなると家具が邪魔だな。
どかさなくても作業はできるんだけど、その場合は余計な時間がかかってしまうのだ。
ここはいったん家具を外に運び出してから取り掛かるのがよさそうだ。
でも、ベッドとかは重いんだよね。
僕とアイネだけじゃ動かせないかもしれないな。
仕方がない。人手を貸してもらえるよう、パイモン将軍に掛け合ってみるとしよう。
将軍から休憩室の兵士を自由に使っていいとお許しが出たので、僕はさっそく休憩室に向かった。
兵士たちがいっぱいいるエリアに来るのは初めてのことだ。
この先の大部屋が休憩室だな。
ざわざわと人の声がしているぞ。
「おはようございま~す」
挨拶をしながら入っていくと兵士たちの声がピタリとしなくなった。
中には百人くらいの兵士がいたけど、全員が一斉に僕のことを見つめている。
二百の瞳に射すくめられて僕も声を出しづらかった。
「あの……」
「…………」
う~ん、やりづらい。
だけど僕は今日中に寝室の床暖房を作りたいのだ。
こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
木下工務店の工期は絶対なのである!
「これから作業を行うので二名ほどついてきてください。誰かお願いできませんか?」
そう声をかけたのだが、兵士たちはいっせいに僕から視線を逸らした。
「し、失礼します。腹の具合が悪くて……」
「お、俺は用があるので……」
そんなことを言いながら逃げ出す人もいる。
いい加減に慣れてもらわないと困るよなあ。
僕が直接頼むよりカランさんを通した方がよかったかな?
でも、こうやって少しずつでもコミュニケーションを取らないと、溝はますます深まるばかりだろう。
みんなが僕を避ける中で二人の兵士がおずおずと手を上げてくれた。
一人は背の高いヒョロッとした兵士。
もう一人は背が低いながらがっちりと筋肉質の兵士だった。
どちらも髭面で年齢は三十代くらいだろうか?
背の高い方の人が僕に声をかけてくれた。
「グスタフ二等兵とバンプス二等兵であります。俺たちでよければお手伝いしますが……」
地獄で仏って、まさにこのことだよ。
どこにでも優しい人はいるんだなあ。
「ありがとう、助かったよ。それじゃあさっそく僕の寝室まで来てくれるかな?」
グスタフとバンプスは気のいい兵士たちで、僕らはすぐに打ち解けた。
「いや~、異世界人は人間の肉を食うと聞いていましたが、そんなことないのですな!」
「当たり前だよ、グスタフ。人肉を食うような化け物をわざわざ召喚するわけないじゃない」
「そりゃそうだ!」
「じゃあ、ご城主様の毛を煎じて飲めば病気が治るって言うのも嘘ですか?」
「やめてよね、バンプス。もしそれが本当なら、僕らは王宮に召喚された段階で丸刈りにされているって」
「言われてみれば……」
「どうしても欲しいっていうのなら髪の毛一本くらいなら上げてもいいけど、たぶん効果はないよ」
「そうですね……」
バンプスは残念そうに肩を落とした。
てっきり三十歳くらいだと思っていたけど、年齢はふたりとも二十代後半だったようだ。
ヒゲが生えているとよくわからなくなっちゃうよね。
荷物の搬出は二人に任せて、僕は床の端の方から不凍液の通るパイプを埋め込んでいった。
不凍液は転送ポータルを通って砂漠のような暑い場所につながっているらしい。
そこで熱せられた液体がこのパイプを循環して部屋を暖めてくれるという仕掛けだ。
だからランニングコストはまったく考えなくていい。
本当にこの『工務店』というジョブはチートだね。
グスタフとバンプスが頑張ってくれたおかげで夕食前に床暖房の設置は終わった。
「二人ともお疲れ様。おかげで仕事は終了だよ」
「これくらいお安い御用です。俺たちは兵隊よりも力仕事の方が向いているんですよ」
グスタフは陽気に笑ってくれた。
「また仕事ができたら手伝ってもらってもいいかな?」
「もちろんです。いつでも声をかけてください。それじゃあ、失礼しますよ」
「ちょっと待って」
出て行こうとする二人を止めてキャビネットの扉を開けた。
「二人はこのあとも仕事?」
「ちがいます。今夜は歩哨の役もねえし、飯を食ったら寝るだけでさあ」
「だったら、お酒も大丈夫かな?」
「酒ですか?」
グスタフと比べて無口なバンプスが反応する。
「うん、缶ビールでよければここで飲んでいきなよ」
「ビールとはありがたい!」
陶器のジョッキに注いであげたビールを二人は一気に飲み干してしまった。
なんとも豪快な飲みっぷりだ。
「ぷはーっ、美味い! なんだ、このビールは? ぜんぜん酸っぱくないぞ」
「この一杯を飲むために生きてきたような気がする……」
二人とも満足してくれたようだ。
「次回もぜひ自分たちにお申し付けを!」
「ご城主様のために頑張ります」
仕事ぶりもよかったから、用があるときはまたお願いするとしよう。
二人が去ると、新しい絨毯を敷いて、木下工務店一押しのクッションを置いた。
これでくつろぎのスペースが完成である。
さっそく床暖房のスイッチオンだ!
寝室に入ってきたカランさんが驚きで足を止めた。
「この部屋、暖かくありませんか?」
「うん、床暖房ってものを設置したんだ。あ、絨毯の上に乗るときは靴を脱いでね」
カランさんは言われた通り絨毯の際で靴を脱いだ。
「足の裏が暖かい……」
「いいでしょう? これでますますリラックスできる寝室になったよ。よかったらそのクッションにも座ってみて。人間をダメにするクッションって言われているんだ」
「これが?」
床に置いたパステル調のカラフルなクッションを勧めた。
「いろんな座り方があるんだけど、まずは立てて角にお尻をつけてそのまま腰かけてみて」
「こうでしょうか……? え⁉」
「体にフィットして楽でしょう?」
「はい、驚きました。これは実に……快適ですね。この私がダメになることなどあり得ませんが」
カランさんはうっとりと目を閉じた。
「何か飲む?」
「それではシャンパンをいただきましょう」
僕はソフトドリンクを勧めたつもりだったんだけど、カランさんはあっさりとお酒を選んできた。
「え~、また酔っぱらっても知らないよ」
「シャンパンくらいなら酔いません」
「昨日のこと覚えていないの?」
「憶えておりますよ。昨晩もシャンパンをいただきました。とても美味しかったです」
「いや、問題はその後だったんだよ。子どもみたいに甘えてきて大変だったんだから」
「私が? ご冗談を」
本当に覚えていないのか?
それとも、昨日のあれはたまたまだったのかな?
一時間後
僕はクッションの上に座り、僕の膝の上にはカランさんが座っていた。
昨晩と同じ甘えっ子モード全開である。
「タケルゥ、床暖房って気持ちいいねぇ。カラン、気に入っちゃった」
「それはよかったですね……。ところで、そろそろ僕の膝から降りてもらえませんか?」
「ヤ~ダァ~! カラン、タケルのお膝も気に入っちゃったんだもん。こうしてるとぉ、安心するのぉ。ふぅ~、暑い……」
「ちょっ、ちょっとちょっと、カランさん、服を脱がないでください」
「だって暑いんだも~ん。タケルゥ、シャツのボタンを外してぇ」
黒いブラジャーをつけた甘えっ子だなんて反則だよ!
その日も夜遅くまで駄々っ子カランに付き合わされることになった……。
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