第13話 秘密のキャビネット


 部屋に入ってきたアイネは僕たちを見回してびっくりしたような顔になった。


「え? カランさんやセティアもいるのですか? (いきなり複数プレイとかハードルが高すぎるのですが……)」


 アイネはブツブツと声々で何かをつぶやいている。


「遅かったね、アイネ。君が最後だよ」


「す、すみません。念入りに支度をしていたので……」


 そういえばきちんと髪を結い上げ、洗い立てっぽいパジャマを着ているな。

僕の部屋へ遊びに来るとあって、少しでもおしゃれをしてくれたのだろうか?


「それではみなさん、これより木下工務店が作製した新しいアイテム発表会をいたします」


「おー」


 カランさんは義務的に、アイネは意外そうに、セティアは小首をかしげながら目を点にして拍手してくれた。


「ご覧ください、こちらのキャビネット。なかなかお洒落ではありませんか?」


 テレビの通販番組みたいな喋り方になりながら、僕はキャビネットにかけていたシーツを取り払った。


「おー……」


 三人の反応は薄い。

それはそうか。

僕が作ったキャビネットは豪華な品ではあるけど、これくらいのものなら、ガウレア城塞にはいくらでもあるのだ。


 短い四つ足の上には横長で重厚な本体が載っている。

全体的に大きく、どっしりとした造りだ。

木目が美しく、正面を彩る彫刻も上品である。

だけど、このキャビネットの真価は見た目だけではない。


「それではトイレ掃除を一人で頑張ってくれたアイネに、この扉を最初に開ける栄誉を贈ります」


 そう宣言すると、なぜかそれまでがっかりしていたアイネの瞳に光が戻った。


「よろしいのですか?」


「これはアイネを元気づけるために作ったんだよ。これからも専属メイドとしてよろしくね」


「ご城主様……」


 アイネは目を潤ませて感動していた。


「さあ、開けてみて。中には素敵なものが入っているから」


 両開きの扉を開けると目の前に冷蔵庫が現れた。


「これは?」


「冷蔵庫っていうんだ。いろいろな物を冷やしておく道具だよ。これは手前にスライドして開くんだ。そこの取っ手を引っ張ってみて」


 冷蔵庫の中に何が入っているかは僕もまだ知らないのだ。

アイネは恐る恐るといった手つきでドアをスライドさせた。


「おお! いろいろあるじゃないか」


「このボトルはなんでしょうか?」


「コーラだよ。お、エナジードリンクもあるな。そういえば川上はエナドリが好きだったよなあ」


 氷雪の魔術師になった川上は元気でやっているだろうか? 

これを見たらきっと喜ぶだろうなあ。

川上だけじゃない、パラディンになった竹ノ塚や聖女になった今中さんも狂喜すると思う。

だって、飲み物だけじゃなくてポテチやチョコレートなどのお菓子もあったのだ。

それだけじゃない。


「大きなボトルもありますね」


「これは……シャンパンって書いてあるね。萌え? フランス語みたいだからちょっと読めないや」


「シャンパンとはなんでしょう?」


 カランさんも興味津々で冷蔵庫の中を覗き込んでいる。


「シャンパンはお酒ですよ。シュワシュワってする」


「シュワシュワ?」


 感覚がつかめないようでカランさんは難しい顔をしていた。


「今日は無礼講だよ。なんでも好きなものを食べて飲んでね」


 お菓子だけではなく、冷蔵庫の中にはチーズや生ハムなど、酒のつまみになりそうなものも入っていた。

キャビアなんて初めて見るけど美味しいのかな?


 僕らは中身をすべて出してローテーブルの上に並べた。


「アイネはどれにする?」


「ご城主様は?」


「僕は久しぶりにコーラを飲んでみようかな」


「それでは同じものを」


「カランさんは?」


「シュワシュワのシャンパンとやらをいただきます」


 大人だから問題なしだな。


「セティアは」


「わ、私はもうお気持ちだけでけっこうなので……」


「遠慮しなくていいんだって」


「それでは私もシャンパンを……ごめんなさい」


 これは意外だった。


「お酒が好きなの?」


「だ、大好きであります。ごめんなさい」


 ウーラン族は十歳くらいからワインを飲み始めるそうだ。

見かけによらずセティアはお酒が強いのかもしれない。


 それぞれの飲み物がはいったカップが全員にいきわたった。


「それでは、かんぱーい!」


 コーラを一口のんだアイネが頬を抑えた。


「口の中が弾けます! それに不思議な匂い……」


「嫌いだった?」


「いえ、びっくりしただけです。それに、なんだか後を引く美味しさです……」


 アイネはコーラを気に入ってくれたようだ。

だが、それ以上に上機嫌だったのはカランさんとセティアだった。


「これは、なんときめ細かい泡なんでしょう。発泡ワインは飲んだことがありますが、これほど上質のものは初めてです」


「美味しいです、ハイ。その、お代わりをいただいてもよろしいですか? ごめんなさい」


 セティアも普段では考えられない積極性を見せているぞ。

僕は嬉しくなって二人の杯を満たした。


「どんどん飲んでね。まだまだたくさんあるから。ほら、チーズや生ハムも食べて」


「それでは遠慮なく」


「すみません、いただきます。面目ないです」


 これがいけなかったんだと思う……。

シャンパンのボトルはたちまち空になり、酔ったセティアが叫んでいる。


「許してください! 許してください! 無口な女でごめんなさい、シロサイ!」


 今の君はじゅうぶん饒舌だ。


「セティア、酔っているね?」


「いいえ、まったく!」


 どう見ても嘘じゃないか。


「それよりも聞いてください」


 セティアは酒臭い息を荒げながら僕にすがりついてくる。

普段なら考えられない行動だぞ。


「うん、どうしたの?」


「……大好きです」


 いきなり告白された⁉


「あ、ありがとう」


「身の危険も顧みず、助けてくれたときからずっと好きでした。私、あの瞬間に決めたんです」


「な、なにを?」


「ご城主様のために死のうって」


 重すぎるよ!


「ほんとうれすよ、わたし……ご城主様のためな……ら……。スースー」


 あらら、セティアは寝てしまったな。

仕方がないからこのまま僕のベッドに運んでしまおう。

すぐそこだしね。

しかし、セティアがそこまで僕のことを思っていてくれたとは意外だった。


 セティアを寝かしつけて戻ってくるとアイネがニヤニヤと僕を見たつめた。


「なんだよ?」


「メンヘラに振り回されているご城主様が愛おしくて」


 君は筋金入りか! 


「僕が困っている姿を見るのがそんなに好き?」


「ちがいます。途方に暮れているご城主様が好きなのです」


「ニュアンスが微妙過ぎて、違いがわからないよ」


「それよりもあれ、いいんですか?」


「あれ? あ~っ!」


 気が付くとカランさんが缶の梅酒サワーを飲み干しているところだった。

それだけじゃない。

カランさんの前には何本もの空き缶や空き瓶が転がっているではないか。


「カランさん、これを一人で飲んだのですか?」


「そうですよ。異世界のお酒は美味しいですね」


 う……、一見したところカランさんの様子は普段と変わりない。

お酒を飲んでも酔ったりしないでクールなままだ。


「ご城主様……」


「なにかな?」


「お代わりをください」


 どうしよう?

すでに大量のお酒を消費しているぞ。

冷蔵庫の中にはまだ何本か残っているけど……。


「今夜はこれくらいで……」


「いや!」


「えっ?」


「カラン、もっと飲みたいの。やだやだやだぁ!」


 幼児化した⁉

これがカランさんの第二形態なのか……。


「タケルゥ、もう一杯ちょうだぁい」


「じゃ、じゃああと一杯だけ」


 キャビネットに手を突っ込んで適当に取り出すと、果汁25%のミカン酎ハイだった。

これグビグビ飲めちゃうやつじゃないの?


「えへへ、飲ませて」


「はい?」


「腕に力が入らないの。だからタケルが飲ませてぇ」


 カランさんが僕の膝の上に飛び込んで、しなだれかかってきた。

その状態で胸に顔を擦りつけてくる。

なんか猫みたいだ。


「ご城主様のそのお顔、最高です。助けてほしいときはいつでも言ってくださいね」


 アイネは困惑する僕を見てますます喜んでいる始末である。


「タケルゥ、早くお酒ぇ。くれないとカラン、泣いちゃうんだからぁ!」


「死ぬっ! ご城主様のために死にますぅうううう! クー、クー……・」


 カランさんの泣き声にセティアの寝言が重なる。

カオスな夜はカオスなままに更けていくのだった。

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