第12話 キャッキャウフフのちゃっぽん


 午前中の書類仕事が終わるとまた暇になった。

セティアは森に薬草を探しに行っているし、カランさんは相変わらず事務仕事だ。

僕の相手をしている暇はない。

そしてアイネは一人で汚いトイレと格闘しているようだ。


 僕としては作りたいものがたくさんあるけど、今日はアイネを元気づけられるような何かを作ってあげたい。

カタログをフリックして調べていくといいものが見つかった。

キャビネットである。

いわゆる箱型収納家具の一種だ。


 木下工務店は家具付きの注文住宅も受注するので、こうしたものも作れたりする。

本当に魔法ってチートだよね。

さっそく自分のベッドの横に据え付けるとしよう。


 ところで、どうして僕の部屋のキャビネットがアイネの為になるの、と思う人もいるんじゃないかな? 

当然の疑問だ。


 実をいうと、このキャビネットの中には冷蔵庫が備え付けられているのだ。

キッチン用のではなくベッドサイド用の小さな冷蔵庫ね。

察しのいい人はもうわかったんじゃない? 

そう、冷蔵庫の中にはたくさんのが入っているのだ。


 これらの中身もトイレのアメニティーのように自動で補充される。

しかも飽きがこないように種類は定期的に入れ替わる親切設計だ。

これを見ればきっとアイネも元気になるにちがいない。


 でも、アイネだけを特別扱いするとカランさんが拗ねてしまうかもしれないな。

あの人はあれで嫉妬もするのだ。

見た目ではわかりづらいけど、他の二人を贔屓ひいきすると機嫌が悪くなることが多い。

いつものようにアイネ、カランさん、セティアの三人を呼んでお披露目といこう。



 キャビネットを作り始めてしばらく経った頃、書斎の方でアイネが僕を呼ぶ声が聞こえた。


「ご城主様、お風呂の用意ができましたよぉ!」


 そうだ、今日はお風呂を沸かす日だったんだ。

ガウレア城塞に来てからは初めてのお風呂だからちょっと楽しみにしていたんだよね。


「今行くよー!」


 キャビネット作りを中断して僕はアイネの元へ向かった。



 アイネに連れて来られたのは薄暗い部屋だった。


「ここが脱衣所です。こちらでお洋服を脱いでくださいね」


「わかったよ。ありがとう」


 お礼を言ったのだけどアイネは一向に出て行こうとしない。


「あの、まだ何か用?」


「え? もちろんご城主様の入浴をお手伝いするのですわ」


「はあっ? そんなの要らないよ。一人で入れるって」


「なにをおっしゃいますか。高貴な身分の方がお風呂に入るときは、お手伝いをするのが常識ですよ」


 そうなの? 

なんだか老人の入浴介助みたいだなあ……。


「あのさ、どうしても手伝ってもらわないとダメなの?」


「とうぜんです。さもないと、またカランさんに折檻を受けてしまいますわ。さっきまで一人でお掃除をしていたんですよ。ここでお手伝いをさぼったら、今度こそ鞭でお尻を叩かれてしまいますよ」


 それはかわいそうだ。

ちょっと恥ずかしいけど、下半身にタオルを巻いてしまえばいいか……。


「わかったよ。じゃあお風呂にはついてきてもらうけど、あんまり見ないでね」


「承知しました。うふふ……」


 僕が照れてオドオドしているせいだろう、アイネは嬉しそうに笑っていた。


「さあ、お服を脱ぎましょうね」


 後ろに回ってアイネは器用に僕の服を脱がせていく。

脱いだ服は丁寧に畳んでカゴに入れてくれていた。


 上半身を脱ぎ終わったところで僕はタオルを手に取って腰に巻く。


「あら、何をなさっているのです?」


「見られるのは恥ずかしいんだよ。アイネは平気なの?」


「見たことはございませんが、ご城主様のなら平気ですよ」


「いやいや、勘弁してよ」


「では、下の方は見ません。照れているご城主様のお顔だけを見ておきますね」


 アイネは視線を逸らすことなく僕を真正面から見つめている。

これはこれでとんでもなく恥ずかしいぞ!

でも、とりあえず下を見られないのならまだマシか。


 僕が全部脱ぐと、アイネも手早くメイド服を脱ぎだした。


「わわっ! なにをしているんだよ⁉」


「このままでは服が濡れてしまいますから。ご安心ください。全部は脱ぎませんよ」


 それなら安心……って、ちっとも安心じゃないぞ! 

 けっこうな薄物で、体の線がかなりはっきり見えてしまっているじゃないか。

うわぁ……、アイネってこんなに胸が大きかったんだ……。


「さあ、こちらにどうぞ」


 なんだかフワフワした足取りで浴室に入った。


 それは僕の知らないタイプのお風呂だった。

一六平米ほどの部屋の真ん中に、デーンと浴槽が据えつけられているのだけど、蛇口や給湯器は見当たらない。

洗い場もなく、風呂桶や椅子の類も一切なかった。


 ここの窓も小さく、室内は薄暗い。

これなら僕の大事なところも見られなくて済むだろう。

そのかわりアイネのこともあまり見られないけど……。

これがジレンマというものか。


「ずいぶんシンプルなお風呂なんだね」


「そうですか? 普通だと思いますが。もっとも庶民の家にはお風呂なんてありませんけどね」


「町の人はお風呂に入らないの?」


「そんなことはありません。町にもちゃんとお風呂屋さんがありますよ」


 お風呂は町民にとっても大切な娯楽になっているそうだ。


「ふ~ん、僕も町のお風呂に行ってみようかな。きっとここより広いんだろうね」


「それはやめた方がいいです」


「どうして?」


「町のお風呂のお湯はこんなにきれいじゃありませんから」


 循環ろ過設備なんてないだろうから、垢とかがいっぱい浮いているのかな? 

それはちょっと遠慮したい……。


 バスタブに手を入れてかき混ぜていたアイネが僕を促した。


「お湯の温度はちょうどいいようですね。さあ、お入りください」


 久しぶりだからか、はたまた水質のせいか、お湯につかると肌がピリピリした。


「このお湯はどこから持ってきたの?」


「水魔法と火炎魔法が使える兵士たちが用意しました。これだけの量を沸かすとなると結構大変なんです」


 総勢六人掛かりで沸かしたそうだ。


「町のお風呂屋さんも魔法で沸かすの?」


「町では火を焚いて沸かしています。微妙な温度調節に魔法を使うこともあるとは聞いています」


 町のお風呂はハイブリットなのか。

いずれにせよ、この世界のお風呂はあまり魅力的じゃないな。

やっぱり自分の力で作るしかないだろう。

なんといっても僕には『工務店』の力があるのだから。


「それではお背中をお流しします」


 アイネの手に握られたスポンジが優しく背中に当てられた。


「力加減はこれくらいでいいですか?」


「うん、ちょうどいいよ。ありがとう……」


 女の人に背中を流してもらうなんて初めての経験だ。

緊張で硬くなってしまうよ。

アイネは肩の上、肩甲骨のあたり、そして腰へと、丁寧に僕の背中をこすっていく。

って、スポンジが首の前に来たぞ。

そのまま鎖骨におりて胸のあたりをこすられる。


「ま、前は自分で洗うからいいよ」


「そうはまいりません。私がカランさんに鞭で打たれるのを見たいのですか?」


「そ、そんなことはないけど……」


 アイネは僕の顔をじっと見ながら手を動かし続ける。


「ちょ、ちょっと……これ以上は……」


「うふふ、かわいいですよ、ご城主様」


「待って、そこより下は!」


「あら、ここは凶悪」


「スットップ、アイネ!」


「ダメでございます♡」


       ☆☆☆


 キャッキャウフフのお風呂タイムを満喫してしまった。


「ずいぶんとさっぱりされましたね」


「おかげさまで、きれいになったよ。なんだか体が軽くなったみたい」


 全身を洗ってもらったからね……。


「それはようございました」


 よし、夕方まではまだ時間があるから、キャビネット制作の続きをやってしまおう。

たぶん夜までには終わるだろう。

完成したらみんなを呼んでミニパーティーだ。


「アイネ、今夜寝室に来てくれないか? 見せたいものがあるんだ」


 アイネは口に手を当てて小さく驚いた。


「夜にですか? 承知いたしました……。それでは身支度をしてうかがいますね」


 お風呂のおかげか魔力も回復したし、ここからは集中して作業に当たらないとな。

なんとか夜に間に合わせないと。


「うふふ、困っているご城主様もステキですが、積極的なご城主様も悪くないですね」


 アイネが何か言っていたけど、ちょうどシャツをかぶっていたのでよく聞こえなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る