第10話 運命に導かれ
城塞に戻ると、気絶しているセティアを自分のベッドに寝かしつけた。
ウーラン族を恐れてみんなが怖がってしまい、誰も部屋を貸してくれなかったのだ。
僕のベッドなら広いし、寝心地もそれほど悪くないだろう。
「セティアは大丈夫かな?」
「気絶というよりも疲労がピークに達して寝てしまっているようです。このままにしておけばいいでしょう」
カランさんが太鼓判を押してくれたので僕も安心できた。
「ホッとしたらトイレに行きたくなっちゃったよ。ちょっと失礼するね」
僕は専用トイレに入って個室の扉を開いた。
だが、奥の個室で僕は予想外のものを見てしまう。
「え……」
「あ……」
アイネが便座に座っている。
スカートのおかげで大事なところは見えていない。
ただ、脚の間に引っかかった白いコットンのパンティーが……。
「うわあっ、ご、ごめん!」
「きゃああああっ! ご、ご城主様。いらっしゃるのならそう言ってください。わかっていればもう少しましな下着でお出迎えしましたものを」
「なにを言っているかぜんぜんわからないよ!」
視線を逸らせて扉を閉めようとしたら、短剣を手にしたカランさんまで飛び込んできた。
「何事ですか⁉」
そんなナイフをどこに隠していたのだろう?
カランさんが武器を携帯しているなんてちっとも知らなかったよ。
「違うんだ。賊とかじゃなくて、アイネがここにいてびっくりしちゃってさ。鍵をかけてなかったからうっかり……」
カランさんの目がスッと細くなった。
「まさか、城主様のトイレを勝手に使ったというのですか?」
静かに
「それは、その……、最初はお掃除をしていたのですが……」
「一般兵や使用人は上階のトイレを使うことさえ禁止なのよ。それなのにここを使うなんて、なんてことをしてくれたの!」
「まあまあ、トイレを使うくらいいいと思うんだけど」
「いいえ、罰を与えなければ他に示しがつきません」
このままだとアイネがひどい目に遭ってしまうかもしれない。
何とかしなくちゃ。
「アイネには僕が頼んだんだ! モニターになってほしくて」
「本当ですか?」
肯定するようにアイネに無言でサインを送った。
「はっ? ……はいっ! ご、ご城主様がいいとおっしゃいまして……」
「改善点なんかを知りたかったんだよ。今後も特別な部屋を作るから、そのたびにカランさんとアイネにも使ってもらって、使用感を教えてもらうことにするよ」
「私も……ですか?」
カランさんが目をパチパチさせながら話に喰いついてきた。
デレるまではいかないんだけど、この微妙な変化が僕には堪らない。
「もちろんさ。何を作るかはまだ内緒だけど期待していてね」
「承知しました。すべてご城主様にお任せいたします」
「ということで二人とも出て行ってくれるかな?」
「はっ?」
「そろそろ用を足したいんだよ」
「これは失礼いたしました」
出て行くときに、アイネはにっこり笑ってほんの少しだけ頭を僕の肩に預けた。
本当にずるいと思う。
僕はチョロいから、そんなことをされたらなんでも許してしまいそうだった。
☆
洗面所で手を洗っていると遠慮がちのノックの後にカランさんが入ってきた。
「どうしたの?」
「先ほどの少女が目を覚ましました。いかがしますか?」
「執務室のソファーで待ってもらって。それとアイネにお茶とお菓子の用意をたのんでください」
「承知しました」
カランさんは一礼して出て行った。
さて、セティアの話を聞いてみるとしよう。
執務室に入っていくとセティアはヤモリのように窓に張り付いて外を眺めていた。
膝がカクカクしている。
どうやら震えているようだ。
「セティア?」
「ご、ご、ご城主様! こ、ここはなんなのですか? み、見えない壁が……」
「それはガラス窓っていうんだよ。いい眺めでしょう?」
「は、はは……。さすがは城塞の主の部屋ですね。庶民の暮らしとは全然違います。は、ははは。……そうじゃないっ!」
セティアは脳の回路が繋がったかのようにいきなり直立してから頭を下げてきた。
「さ、先ほどは助けていただき、ありがとうございました!」
「そのことはもういいよ。お、手の怪我はカランさんが治してくれたみたいだね」
きっと僕がトイレにいっている間に治癒魔法を使ってくれたのだろう。
「お、おかげさまですっかり良くなりましたので、そろそろ失礼を……」
セティアは追い詰められた草食動物が逃げ場を探すようにキョロキョロしている。
「まあまあ、今お茶の用意をしてもらっているからくつろいでいってよ」
いいタイミングでアイネが紅茶とサンドイッチを運んできた。
「とんでもない、私風情が城主様の執務室でお茶だなんて……グギュルルルルルキュルウウウウウ……」
セティアのお腹がものすごい音を立てて鳴り、彼女は赤面して手で顔をおおってしまった。
「ご、ごめんなさい。ここ何日かまともにご飯を食べていなくて……」
「だったらなおさら食べた方がいいよ」
セティアを席につかせてサンドイッチを勧めた。
「い、いただきます」
少しためらった後、セティアは一心不乱にサンドイッチを食べだした。
よほどお腹が空いていたのだろう、目の端に少し涙が滲んでいる。
「よかったら僕の分も食べてね」
「う、うぅ……。い、いただきます……。最後に食べたのは落ちていた木の実と草のスープでした。こんなに美味しいものは久しぶりで……」
ダボダボのローブを着ているからわかりづらいけど、セティアはかなり痩せているようだ。
しっかり食べさせてあげないとならないな。
サンドイッチを食べ終えて人心地ついたセティアに質問してみた。
「ウーラン族は東の方に住んでいるんでしょう? それなのにどうしてセティアは西の辺境であるガウレアまでやってきたの?」
「それは……大ババ様のご命令です。西へと旅すれば大いなる運命がひらけると言われまして……」
「大ババ様?」
「大ババ様は私たちウーラン族の巫女です。齢二百歳以上で、大ババ様にかかれば見通せない未来はないと言われています」
「そういえばウーラン族は未来を見る力があるって聞いたよ。もしかしてセティアも見えるの?」
興味本位で訊いたらセティアは全身全霊で否定してきた。
「わ、わ、わ、私は未熟でして、漠然としたこと、それも自分に関わりのあることだけがぼんやりと見えるだけでして」
「それでもすごいじゃないか」
「いえいえ。ガウレアの町に入ったのも、そこへ行けば美味しいご飯が食べられそうだという未来が見えたからなんです。まさかご城主様にご馳走になるとは思ってもみませんでした」
セティアは恥ずかしそうにティーカップを両手に包んで顔を隠すように紅茶を飲んでいた。
「なるほどなぁ。でも少しだけ残念だ。もし自分以外の未来も見えるのなら僕のことも予言してもらえたのにね」
「も、申しわけございませんんん!」
「いやいや、責めているわけじゃないから、追い詰められたスライムみたいにプルプル震えないで。……そうだ、セティアは自分と関係のあることなら未来が見えるんだよね?」
「ま、まあ、それなりに……」
「だったら僕とセティアの関りを見てよ」
「そ、それは……」
「問題があるのなら無理にとは言わないけど」
「いえ、ご城主様のためならやります。やらせてください!」
セティアに紙とペンを用意するように言われた。
「同じウーラン族でも、人によって予言の仕方は様々です。はっきりと見えて、それを意識できる者。自分が媒体になって無意識の状態で絵としてあらわす者などいろいろです」
「セティアの場合は?」
「私は無意識状態で文字に起こします。術を使っている最中は自分が何を書いているのかはわかりません」
未来を見ている最中は自我をなくしてしまようだ。
「それでは始めます」
セティアは右手にペンを持ち、左手の人差し指と中指を立てて額につけた。
魔力が展開されたのだろう、指と額の接合部が白く、まばゆく、輝きだす。
それまでのおどおどした態度は鳴りを潜め、ゆったりと半眼になったセティアは別人のようだ。
なにやら不思議な魅力が漂い始めて、神々しい美しささえある。
これがトランス状態というものなのかな?
しばらく見守っているとセティアは素早くペンを動かして、箇条書きで何かを書き連ね始めた。
ずいぶんと長い時間が経ったように思われたけど、じっさいには一分もかからずに予言は終了した。
「ふぅ……、こちらが結果です」
未来を見るという作業は僕が想像した以上に体力を消耗するのかもしれない。
セティアは少しやつれたような顔で未来の書かれた紙を渡してきた。
どれどれ……。
「セティアとタケルは心の底から信頼し合える仲間となるだろう、か。いいじゃない。僕たち、友だちになれるみたいだよ」
「お、恐れ多い……」
「えーと、次はなんだ? セティア、タケルの助力を得て大望の薬を作るものなり、だって。大望の薬ってなんだろう?」
「わ、私もよくわかりません。私の本業は薬師なので、作りたい薬はたくさんあります」
へぇ、セティアは薬を作るのが仕事なのか……。
「それから、二人の相性は良きものなり。特に体の相性はよく、一度床を共にすればその快感は——」
バッ!
死神みたいな形相のセティアに紙をひったくられた。
「セティア……?」
「わ、私は未熟者で、たまにとんでもないことを予見して……。うがあああああああっ!」
「落ち着いて!」
正気を失ったのか、セティアは予言が書かれた紙を口に突っ込んでムシャムシャと食べている。
「…………」
そして、僕とカランさんとアイネが見守る前で再びバタンと倒れて気絶してしまった。
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