第9話 ウーラン族の女の子


 南向きの大きな窓から朝の光が差し込んでいる。

今日もすがすがしい快晴だ。

城下町を見下ろしながらぼんやりと今後のことを考えていく。

まずは照明を取り付けないとね。

夜は暗いからこのままだと目が悪くなってしまうぞ。


 朝の諸々を終わらせて執務室で待っていると、カランさんがやってきた。


「おはようございます。本日のスケジュールをまとめておきました。目を通しておいてください。それでは……」


 カランさんはいそいそとトイレに消えていった。

今日もあそこでリラックスするのだろう。

よっぽど気に入っているとみえて、ドアの向こうから鼻歌が聞こえることもあるくらいだ。


 きっちり十五分後、カランさんは執務室に戻ってきた。


「新しいマウスウォッシュを出しておいたんだけど、使ってくれた?」


「はい、メモがございましたのでありがたく。おかげさまで口の中がスッキリいたしました」


 答えるカランさんの表情は少しだけ柔らかい。

僕はスケジュール表をカランさんに返した。


「午前中は城下町の視察なんだね。ガウレア城塞に来てから初めての外出だからちょっと緊張するな」


 この地方の人たちは異世界人を怖がるのだ。


「先にご注意申し上げますが、護衛のそばは絶対に離れないでください」


「な、なんで?」


「異世界人の毛は万病に効くという根も葉もない噂が広まっております。ツルツルにはなりたくないでしょう?」


「うん」


 全身の毛をむしられるなんて想像するだけで恐ろしい……。


「城門の手前に馬車を用意してありますので、それで参りましょう。それほど緊張なさらなくても平気です。フラフラと出歩かなければ危険はありませんから」


 ヒッキーになりそうな僕をカランさんは励ましてくれた。



 乾いた感じの田舎町、それがガウレアの第一印象だ。


「ここにはどれくらいの人が住んでいるのですか?」


「人口はおよそ二千人で、そのほとんどがダイヤモンド鉱山の労働者とその家族です」


「ダイヤモンド! それって貴重なんじゃないですか?」


「そうですが、埋蔵量はあまりないのですよ」


「だから、僕なんかに城主を任せてもらえるんですね」


「まあ、そういうことです」


 カランさんは臆面もなく肯定した。

いいけどね……。


「それにしても、あれはなんとかなりませんかね?」


 たまに車窓からガウレアの住民が見えるのだけど、みんな物陰に隠れるようにしてこちらを窺っているのだ。

僕と目が合うと怯えたように逃げていく……。


「何度も言ったように、この地域の住民は異世界人を恐れているのです。ご城主様が無害な少年とわかればそのうち誰も気にしなくなりますよ」


「そうだといいですけど……」


 不意に外から怒声が聞こえてきた。


「ガウレアに来るんじゃねえ! さっさと出て行きやがれ!」


「そうだ、そうだ! てめえは不幸を呼ぶ存在だと聞いたぞ。失せろ!」


 てっきり自分に向けられた言葉だと思ったけどそうではなかった。

よく見ると住民たちは誰かをとり囲んで声を荒げている。

人の輪の中心にいるのは背の低い女の子だ。

髪は緑色で腕や足に包帯を巻いて、その上からだぼだぼのローブを羽織っている。

額にも黒い布を巻いていた。


「あれはなにごと?」


「ああ、ウーラン族ですね。未来が見えたり、薬の知識豊富だったりする人々です。東の方では敬われているのですが、西の辺境では怖がられる存在なのでしょう」

なんか僕と境遇が似ているな。


「こうなったら力づくでも町から追い出してやる!」


「おう、そうしよう!」


 人々はその辺の枝をひろって威嚇しだした。

これはもうシャレにならないぞ。

女の子をみんなで寄ってたかって虐めるなんてひどすぎるよ。

僕は思わず馬車から飛び出していた。


「待って! そんなことをしたらダメだ!」


 僕を見た途端に住民たちの顔が引きつった。


「ひっ、異世界人だああああ!」


「逃げろぉおおお! 食い殺されるぞぉおおお!」


 食い殺す? 

僕が? 

ひどすぎる誤解だよ……。

肉は好きだけど、僕が好きなのは牛とか鶏だ。


 住民たちが全員逃げ去ると、地面に顔を伏せて震えている女の子だけが残された。


「怪我はない? もう大丈夫だからね」


 声をかけると、女の子は引きつった顔を上げた。


「お、お助けいただき、あ、ありがとうございました。ひっ、ひひ……」


 この子、笑っている。

これ、情報系の動画で見たことがあるな。

怖いときに笑うのは心の制御が効かなくなっていたり、許しを請うためだったりするそうだ。

相当なストレスがかかっているのだろう。

なんとリラックスさせてあげられればいいんだけどな。


「僕は木下武尊だよ。よろしくね」


「タケル?」


「そう。十八歳。君と同じくらいかな?」


「私はセティア・ミュシャ。同じ十八歳……です……」


「やっぱり同い年かあ」


「…………」


 セティアは不思議そうに僕を見つめた。


「わ、私はウーラン族ですよ」


「うん、そうらしいね」


「あの……、私のことが怖くないんですか?」


「怖そうには見えないもん。それに僕もみんなに怖がられているんだ」


「どうして……ですか? こんなに優しいのに……」


「異世界人だからなんだ。セティアも僕のことが怖い?」


 尋ねるとセティアはブンブンと首を横に振った。


「君はこの辺に住んでいるの?」


「や、薬草を探して、た、た、た、旅をしてきました、ごめんなさい」


 うーん、かなりのコミュ障ぶりを発揮してくれるなあ。


「あれ、手のところに血が滲んでいるじゃないか」


 きっと地面に手をついたときにすりむいたのだろう。


「手当をしないと。一緒に僕の家まで行こう」


「そ、そ、そんな。恐れ多いというかなんといか……」


「遠慮しなくていいから。ほら、つかまって」


 手を引っ張って立たせたらセティアはそのまま固まってしまった。


「どうしたの⁉ どこか痛かった? それとも何かの病気?」


 釣り上げた魚みたいに口をパクパクさせて息も絶え絶えだ。

それまで成り行きを見守っていたカランさんが口を挟んだ。


「ご城主様に手を握られて緊張しているのですよ」


 セティアはヘヴィメタのヘッドバンキングみたいに激しく頭を縦に振った。


「ああ、ごめんね。いきなり手なんて握って」


「い、い、い、いえ! 私こそろくに洗ってもいない手を握っていただいて僭越せんえつしごくと申しますかなんというか……。え、……ご城主様?」


 セティアは恐る恐るといった顔で僕を見上げてくる。


「うん、あそこが家」


 後ろの城塞を指した途端にセティアはバタンッとその場に倒れてしまった。

泡まで吹いているぞ。


「うわっ、どうしよう⁉」


「放置がよろしいかと」


「そんなわけにいかないでしょっ! 面倒ごとを避けようとしないでください」


「チッ!」


「舌打ちもしない!」


 気絶したセティアを馬車まで運び、なんとか城塞まで連れ帰った。

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