第7話 トイレのお披露目
来る日も来る日も僕はガムシャラに頑張った。
努力の甲斐あって僕の魔力は上がり、工務店のスキルは日一日と研ぎ澄まされている。
そしてトイレの作製を開始して五日後、ついにそれは完成した。
「できたーっ!!」
感極まって大声を上げちゃったよ。
僕の声を聞きつけてカランさんとアイネが寝室にやってきた。
「いかがなさいましたか、ご城主様?」
カランさんが平静な声で尋ねてくる。
実はこの二人にはまだトイレの中を見せたことがない。
あとでびっくりさせようと思って、内装に取り掛かる前に立ち入りを禁じたのだ。
今日はいよいよお披露目できるとあって僕の心はウッキウキだった。
「ついに僕のトイレが完成しました。すごいのができたから二人とも見ていってね」
「まあ、楽しみです!」
「はあ……」
アイネは積極的だったけど、カランさんはどこか面倒そうだ。
だけど、この中を見れば絶対に驚くはずだ。
外側は城塞の壁と同じなので特別感はないだろう。
ただトイレの入り口はマホガニーをつかった重厚な扉で、赤味がかった上品な光沢が美しい。
それでは扉を開けて中に入ってみよう。
「まぶし……」
天井のシャンデリアの光を受けて、室内は別世界のように輝いていた。
暗いところからいきなり明るい場所に出てカランさんとアイネはたまらずに目を細めている。
やがて目が光に慣れてくるとアイネが驚きの声を上げた。
「な、なんですか、ここ……、居間?」
「ここはパウダールームだよ。まあ、僕はお化粧しないけどね」
アイネが居間と勘違いしたのも仕方がないことかな。
白、赤、緑、三種類の大理石を使った広い床、ところどころに飾り材を配した白い壁、正面には大きな鏡を備えた洗面台、生花を飾った大きな花瓶、リネン類が納められた棚、座り心地のよさそうなソファーまで設置されているのだ。
日本の人だってこのトイレを見れば驚くだろう。
異世界人のアイネたちからしてみれば想像も及ばない代物かもしれない。
「なんだかいい匂いがします。これは森の匂い? それよりずっと華やかだけど……」
アイネが宙に向けて鼻で大きく息を吸っている。
「フレグランスディヒューザだよ。今はグリーンノート系にしてあるんだ」
「ここにある小瓶はなんでしょう?」
普段は表情が表に現れないカランさんまで目を見開いている。
「そっちは化粧水とかハンドクリーム、それから香水の瓶ですね。ハンドソープも三種類用意されています」
色とりどりの瓶は室内装飾の役割も果たしている。
飾り棚に置かれたアメニティーは使うと自動補充される優れモノだぞ。
つくづく魔法ってチートだよね。
「ここがトイレだなんて信じられません。ここでお茶会をしたっておかしいとは思わないのに」
「そ、そうかな? でもここはトイレだよ。こっちに来て。便座もすごいんだから」
アーチ状になった天井の下をくぐり僕は奥の扉を開いた。
「これがトイレですか?」
カランさんはしげしげと便座を眺めている。
正面奥には大用、手前右側には小用の便座が置かれていた。
城塞のトイレは箱型の椅子に穴が開いているだけの簡素なものだ。
驚くのも無理はない。
「どうぞ、よく観察してください」
「それでは……、えっ⁉
カランさんが近づくと便座の蓋が自動で開き、驚いたカランさんがよろけてしまう。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。人が近づくと開くようになっているのです。もちろんウォシュレットで強力な脱臭機能もついています。照明と冷暖房も完備。トイレットペーパーも柔らかな最高級品で自動的に補充されます」
このトイレの使い方を僕は詳しくレクチャーした。
「なんとも信じられませんね。お尻を温水で洗い流すだなんて……」
カランはさんは眼鏡をかけ直して改めてトイレを観察している。
お披露目は大成功だな。
満足した僕は二人に出て行ってもらうことにした。
「それでは、そろそろ僕を一人にしてもらえない?」
「え~、なぜですか? もっとここにいたいです」
「同意見です。さらなる観察を希望します」
アイネとカランさんが抗議するけど、僕の方にも切羽詰まった事情がある。
もう五日もお通じがなかったのだ。
ようやく清潔なトイレを手に入れたのだから使わない手はない。
「さっそく使ってみたいんだよ。悪いけど、観察は僕が使用してからにして」
これで出て行ってもらえると思ったのだけど、二人の返答は予想外のものだった。
「わたくしのことはお気になさらずに用を足してください。実地で使用法を観察するいい機会です」
「何を言っているの? カランさんの前でなんて、出るものも出なくなるよ!」
「私はご城主様の行動を王都に報告する義務があるのです。異世界のトイレの使い方もしかりです。さあ、隠さずにすべてをさらけ出してください」
「そうですよ。恥ずかしがることなんてありませんからね。辛いようなら私がお腹をさすってあげますよ」
カランさんもアイネもめちゃくちゃだ!
「いい加減にしてください。なんだったらカランさんもここを使っていいですから、使用法は自分で検証してよね」
「私が? よろしいのですか?」
「よろしいから、二人とも出て行って!」
「そういうことであればけっこうです。失礼します」
納得したのか、カランさんはアイネを連れて出て行ってくれた。
これでようやく一息つける。
僕はズボンをおろし、おもむろに便座に座った。
☆☆☆
トイレから出てきた僕を見て何故かアイネはがっかりした顔をしていた。
「なんだかスッキリされていますね……」
どうしてそれで残念がる?
ようやく不通が解消したというのに。
「それではわたくしも使わせてもらってよろしいでしょうか?」
カランさんが聞いてきた。
脱臭機能や自動強力洗浄のおかげでトイレは清潔なままだ。
このまま入ってもらっても問題はないだろう。
「どうぞ使ってください。置いてある備品はなんでも好きに使っていただいてかまいませんからね」
身を引いて促すとカランさんはトイレの中に入っていった。
アイネと寝室でカランさんを待ちながら、なんとなく気まずい空気が流れている。
「なかなか出てこないね……」
「女性のトイレは長いのですよ。それに、カランさんのことです、きっと隅々まで調査しているのでしょう」
カランさんが出てきたのはたっぷり十五分以上経ってからのことだった。
普段は真っ白な顔がほんのりさくら色になっている。
「ご城主様」
なにやら恨みのこもった目で僕の顔を覗き込まれてしまった。
「な、なにかな……?」
「もう戻れません」
「はっ?」
「もう一般用のトイレは使えないと言っているのです! どうしてくれるのですか⁉」
僕が悪いの⁉
でも、あのカランさんにこんな剣幕で問い詰められるとは思ってもみなかった。
それくらい僕のトイレが感動的だったということだろう。
「わかりました。カランさんもこのトイレを使うことを特別に許可します」
「本当ですか?」
「そのかわり、僕が困ったときは助けてくださいね」
カランさんは大きく頷いてくれた。
「お任せください。このカラン・マクウェル、ご城主様のために必ず役に立ってみせましょう」
なんだか心強いね。
トイレのおかげで二重の意味で助かったよ。
カラン・マクウェルの報告書
――以上の通り、木下武尊の作製したトイレは我々の想像も及ばない素晴らしいものでした。まさに異世界人の特殊能力と言っても差し支えないでしょう。木下武尊に戦闘力は期待できませんが有用な人材であることは証明されつつあります。
ただ、小官が見るところ彼はまだ成長段階にあります。また自由な裁量権をもつガウレア城塞城主という地位は、木下武尊の能力を延ばすのに有力な環境であると確信しております。
引き続きこの地で木下武尊を見守ることが、現在我らにできる最良の手段と具申いたします。
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