第6話 まず、トイレより始めよ
トイレの場所はどこにしようかと考えていると、カランさんがやってきた。
「おはようございます、ご城主様。床に這いつくばって何をされているのですか?」
カランさんは無表情のまま僕を見つめてくる。
城主がが四つん這いになっているのに驚きもしない。
この人は物事に動じないんだよね。
「おはようございます。実は工務店の力を使って自分専用のトイレを作ろうと思いまして。あ、勝手に作っても大丈夫ですかね? 許可とかいるのかな?」
「それは問題ありません。許可を出すのはご城主様ですから」
そういえば僕はガウレア城塞のトップだった。
いまだに自覚はない。
「ところで、城主の仕事はしなくていいのかな? さすがに遊んでばかりではダメでしょう」
「ご城主様が勤勉なようで私も安心しました。ですが、今日一日くらいはご休養に充ててください。長旅でお疲れになったでしょう」
治癒魔法のおかげで元気なんだけど、そう言ってもらえるのはありがたい。
今日はトイレづくりに全力を傾けられそうだ。
「そうそう、アイネ・ルルドラというメイドから報告がありました。ご城主様が専任メイドにしたとか」
「うん、そうなんだ。手続きとかはよろしく頼むね」
「承知しましたが……」
「どうしたの?」
「そのメイドと寝ましたか?」
「い、いきなり、なに?」
慌てる僕の横でカランさんは平静なまま質問してくる。
「ご城主様の愛人となると扱いが変わってきます。詳細ははっきりしていただいた方がことはスムーズに運びます」
「そんな事実はないよ。優しくていい人だったから専任になってもらおうと思っただけ」
「さようですか。それならばなんの問題もありません」
城主の立場って僕が考えているより大変なんだな。
もう少ししっかりしないと。
本日のスケジュールの説明をしてカランさんは去っていった。
朝食が終わるとさっそくトイレづくりに取り掛かった。
場所は寝室側にした。
夜中にトイレに行きたくなってもこれで安心だ。
とりあえずはトイレスペースを仕切る壁を作成してしまおう。
簡単に倒れたブロック塀のようでは危険このうえない。
天井や床、石壁にしっかりと密着させて壁を作っていかないとな。
魔力を注ぎ込み、僕は一心不乱に壁を作り始めた。
夜までかかってなんとか壁を作り上げた。
もう魔力が空っぽで何をする気も起きやしない。
力尽きてそのまま床に大の字に寝転んだ。
あー、頭がクラクラするよ。
「失礼します。パジャマをお持ちしました」
入ってきたのはアイネだった。
「ご城主様!」
床に倒れこんでいる僕を見てアイネは駆け寄ってくる。
「どうなさいましたか? まさかご病気では」
「そうじゃないよ。魔力を使い果たしてぐったりしているだけなんだ」
「まあ……。さあ、お楽になさってください」
「え、ちょっ!」
アイネはそのまま地面に横座り、僕の上半身を抱え上げ膝枕をしてくれた。
側頭部に大きくて柔らかいものが当り、僕のクラクラは加速していく。
「しばらくこうしていましょう。魔力の枯渇ならそのうちよくなりますからね」
そうかなあ?
なんだかさっきよりも心臓がバクバクするんですけど……。
「うふふ、私がついておりますからね」
アイネは頬を上気させて微笑んでいる。
なんだか息遣いも荒いような……。
アイネって僕がボロボロになっていると喜ぶような気がするんだよなあ。
「なんかさ、僕がダメ城主で喜んでない?」
「そ、そんなことないです……。私はズタボロのご城主様を応援したいだけで、ダメ男が大好きとか、私なしではいられないようにしたいとか、そんな趣味はありませんから!」
うん、なんだかアイネのことが少しだけわかった気がした。
次の日はすっきりと目覚めることができた。
からっぽだった魔力もすっかり元に戻っているぞ。
あれ、昨日より魔力量が多くなった気さえする。
いっぱい使ったから、その反動かな?
筋肉みたいに使うほど量が増えるのかもしれない。
ひょっとすると工務店の能力もスキルアップされているかもしれないな。
今日も頑張ってトイレを作ろうとしていたら、書類の束をかかえたカランさんがやってきた。
「おはようございます、ご城主様。本日はこちらの書類に目を通してください」
渡されたのは城塞の備品購入や食料購入についての書類だった。
僕の決済が必要とのことだった。
一通り目を通してから僕は正直に打ち明けた。
「この世界の貨幣価値とかは知らないので、値段が適正かどうかもよくわからないです」
それを聞いてカランさんは満足そうに頷く。
「今はそれで結構です。わたくしも確認しましたが、不備や誤魔化しはないようです。署名をしても差し支えないでしょう」
カランさんは書類の数字を示しながら、相場と照らし合わせてもおかしくないことを丁寧に説明してくれた。
どうやら不正などはないようだ。
僕はペンをとって承認のサインをした。
そうそう、この世界の言葉と文字は召喚されたときに仕えるようになっている。
なんだか不思議だけど、言葉のレベルは日本語の理解度に比例するみたいだ。だから日本で国語が得意だった生徒ほど、こちらの言葉にも精通しているようだ。
僕も五教科の中では国語が一番得意だったから、文字や言葉では今のところ困っていない。
「本日の業務は以上となります」
「え、たったこれだけ?」
まだ一時間くらいしか経っていないぞ。
「城主の仕事はそれほど多くはありません。ご希望であれば兵たちの訓練を観閲することもできますが、いかがなさいます?」
「いえ、必要ないです」
どうせ軍隊のことなんて何一つわからないのだ。
それよりは早くトイレづくりに取り掛かりたい。
もう二日も大をしてないからお腹が張って仕方がないのだ。
いっそ青空の下で、なんて考えも浮かぶけど、一人で城を出るのも心細い。
うんこをしたいからついてきてくれと頼むのもなあ……。
「それでは、昼食までごゆるりとお過ごしください」
カランさんは出て行くとすぐに僕はトイレづくりを再開した。
壁は昨日できたから、今日は水道管や排水管などの水回りをやっていこうと思う。
この配管なのだけど、作っている本人にも謎な機能を有している。
ぶっちゃけ、この水がどこからきて、汚水がどこへ流れていくのか僕もわからない。
どうやら別の世界につながっているようなんだけど、それがどこかはわからないんだよね。
まあ、特に問題はなさそうなので気にしなくていいのかな……?
まずは床の中に水道の転送ポータルを埋め込み、そこから配管を引いた。
これで水は好きなだけ出せる。
次に排水の転送ポータルを埋め込み、そこに配管を通す。
これで水回りの準備は完成だ。
いずれこの配管はお風呂にも利用するつもりである。
「ご領主様、お昼のご用意ができました。食堂へいらしてください」
アイネが呼びに来た。
「今いくよ。ちょうどお腹が減ったしね」
「いかがですかお仕事の進捗は?」
「順調だよ。いちばん難しいところは終わったんだ」
「それにしては元気そうですね。昨晩はあんなにやつれていたのに」
「一晩寝たら魔力が上がったみたいでさ、ジョブの魔法も少しは上達したみたいなんだ」
「それはようございました。でもなんだか少し寂しいですわね」
アイネは伏し目がちに微笑んだ。
「え、えーと……、作業はまだまだ続くから、夜になったらまたヘトヘトになってしまうかもなぁ……」
「そうですか! そのときは何かとお世話をしなくてはなりませんね。今夜も膝枕がいいかしら? それともマッサージ?」
胸の前で指を組み合わせてアイネは嬉しそうにしている。
う~ん、いい子なんだけどクセが強い!
その日も魔力が空っぽになるまでトイレを作成して一日を終えた。
ちなみに夜はアイネがたっぷりマッサージをしてくれた。
もちろん普通のやつだよ!
「オイルマッサージをするので服を脱いでください」と言われたけど、それは断った。
さすがに照れくさいよね。
カランさんには大事なところを見られていると思うけど、アイネにまでそうされるのはちょっと辛い。
優しく背中をマッサージされて、あまりの気持ちよさに僕はそのまま朝まで眠ってしまった。
◇
使用人の控室で顔を合わせたアイネにカランは事務的に質問を投げかけた。
「ご城主様は?」
「おやすみになられました。疲れていらっしゃったのでしょう、マッサージをして差し上げたらすぐに」
「疲れていた? ああ、寝室にトイレを作っているとかおっしゃっていましたね」
「ご覧になりましたか?」
「ええ、なにやら新しい壁ができていました。それから何本かの管も。土魔法使いならすぐにでも作れそうな代物でしたが、あれに特別な意味があるのかしら?」
「私にはわかりませんが、ご城主様は大量の魔力を消費してあれを作ったそうです。それはもうフラフラになって立っていられないくらいに……」
アイネは恍惚の笑みを浮かべたがカランはそれをあえて無視した。
余計なことはあまりしゃべりたくない性格なのだ。
そして事務机に向かって報告書の続きを書いた。
カラン・マクウェルの報告書
観察対象者は土魔法で遊んでいる様子が見られる。自分の存在意義をなんとか証明したいのだろうか? 拙い魔法であるが、今のところ周囲に迷惑はかけていないのでこのまま経過を見守ることにする。
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