第5話 3K


 憂鬱ゆううつな気分で目が覚めた。

周囲の人がよそよそしいとか、ご飯があまり美味しくないとか、理由はいろいろあるけど、いちばん気を滅入らせるのはこの城塞そのものである。

ここは住居として最悪だったのだ。


 城塞は暗い、そして汚い、そのうえ臭い……。

過酷な3K、それがガウレア城塞というところだ。


 特にひどいのはトイレで、それはもう地獄……煉獄れんごくと言っても過言じゃない。

一般用なんて入ることもできないくらい不潔だ。

高級士官用はそれよりもマシなんだけど、とにかく匂いがすごいんだよね。

汲み取り式だからかなぁ?


 今も起きて用を足してきたけど、それだけで吐きそうになってしまったくらいだよ。

朝から嘔吐って最悪だよね。


 廊下に出てからも気分が悪く、うまく息ができなくて、壁に手をついてあえいでいる最中だ。


「あの、大丈夫ですか?」


 ゼエゼエしていたら、城塞のメイドさんに心配されてしまった。


「すみません、ちょっと吐き気が治まらなくて」


「まあ。しっかりしてね」


 優しい人らしく、見ず知らずの僕の背中を撫でてくれた。

年齢は僕よりちょっと下くらいかな。

水色のサラサラストレートヘアを肩のあたりで切りそろえている。

瞳は大きく、見るからに優しそうな人だ。


「なんか情けない姿を見せてしまって面目ないです……」


「うふふ。私、ダメな人って嫌いじゃないのよ。なんだか放っておけなくて」


 あれ、遠回しにディスられている? 

こんな姿を見せているのだから仕方がないか。

メイドさんは優しく背中を撫で続けながら質問してくる。


「見かけない顔ね。制服も来ていないし……。補充でやってきた兵隊さん?」


 あ、この人は僕のことをまだ知らないんだな。

それにパジャマ姿だから兵士と勘違いしているのだろう。


「自分は新しくやってきた城主だよ」


「ジョウシュ……? ジョウシュ……、ジョウ……、新しいご城主様⁉」


 メイドさんは驚いて飛び跳ねた。


「失礼しました! わたくしはメイドのアイネ・ルルドラと申します。ご城主様とは知らずにご無礼をしてしまいました。どうぞお許しください!」


 土下座しそうな勢いで謝られた。

見ているこっちの息が詰まりそうだ。


「いいよ、みっともないところを見せたのは僕だからね。アイネだっけ? 背中をさすってくれてありがとう。おかげで楽になったよ」


 お礼を言うとアイネはきょとんとした顔になった。


「どうしたの?」


「いえ、異世界からの召喚者はもっと恐ろしい人だと思っていましたので」


「僕は普通の人間だよ。でも、やっぱりみんなそう思っているんだね」


 これまでに会った使用人はみんなビクビクしていたもんなあ。


「あの、私はもう違います!」


「えっ?」


「今のでわかりました。ご城主様はぜんぜん怖くないです」


「それも威厳がないみたいでどうかと思うよね」


 つい笑ってしまったけど、アイネはブンブンと首を横にふる。


「そんなことないです! 自分は頼りない感じの人が大好物なので……」


「はっ?」


「い、いえ、なんでもありません!」


 アイネって優しく見えて実は危ないメイドさんなんじゃ……。


「ご城主様、一つご提案があるのですが」


「提案? いいことなら大歓迎だけど」


「私をご城主様の専属メイドにしていただけませんか?」


 いきなり専属メイドと言われても僕にはよくわからない。


「それはどういうことなの?」


「こう言っては何ですが、他の使用人たちはご城主様を恐れております。強大な力をもつ異世界人を怒らせては大変と、ビクビクしているのです」


 それはわかる。

悲しいけど、避けられているのがビシビシ伝わってくるのだ。


「ですから、私をおそばに置いてくださいませんか? 私なら怖がりませんし、誠心誠意お仕えできると思うのです」


 ここではカランさん以外はまともに喋ってくれる人もいないもんな。

明るいアイネが傍にいてくれれば心強いかもしれない。


「わかったよ、それじゃあお願いしようかな」


「ありがとうございます。さっそく手続きをしてまいりますね」


 アイネは元気よく去っていった。

これでよかったのかな? 

なんとなく不安は残ったけど、友だち一人いない僕にとって、ああして話しかけてくれる人は貴重だ。

今はこれでいいやと思った。



 冷え冷えとする自室に戻ってきた。

僕が与えられたのは二間続きの広い部屋で、片方が寝室、もう片方が執務室になっている。

最初から家具はつけられていて、部屋はそれなりに豪華だ。


 だけど、はっきり言って居心地はよくない。

寒くて薄暗いのだ。

光源は小さな窓とランプだけ。

これでは目が悪くなってしまいそうだよ。


 その窓もガラスははまっていないのですごく寒い。

寒いのは石壁のせいもあるのかな? 

冬は暖炉を使うようだけど、そのせいで部屋全体が煤けている。

これはいよいよ『工務店』の出番のようだ。


 パイモン将軍との会見ではいいところを見せられなかったけど、僕は自分の可能性を信じている。

おそらくだけど、時間さえかければどんな建物でも僕は作れると思うのだ。

さっそく『工務店』の力を試していくとしよう。


 照明や窓など、改良したいところはたくさんあったけど、まずはトイレを作ることから始めることにした。

だってさ、あそこに行くたびに吐きそうになるし、このままじゃひどい便秘になりそうなんだもん。

城塞についてからまだ大は一回もしていない。

一分以上座っていたら確実に吐いてしまうからね。


 こんなところにやってきてしまったけど、僕は自分の力で快適な生活を取り戻す! 

そう心に誓って作業に取り掛かることにした。

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