第4話 覚醒前夜


 カランさんの治癒魔法のおかげで僕はすっかり元気を取り戻した。

そうなると旅は楽しい。

移り行く風景や、土地によって素材や味付けの変わる食べ物など、旅行を楽しむ余裕さえ出てきている。


 王都を出発してからかれこれ十日が経っていた。

西に進むにつれて緑は少なくなり、ごつごつした岩ばかりが目立つ荒野が続いている。

道もますますひどくなり、今日も馬車はロックンロール状態で、前後左右に揺れていた。


「ご城主様、ガウレア城塞が見えてきましたよ」


 カランさんに促されて窓から顔を出した。


「うわあ! 思っていたより大きいなあ」


 道の向こうに山に挟まれた深い谷が見えた。

ガウレア城塞はその谷に挟まれた大きなダムみたいな建物だった。

古代中国を舞台にした漫画で見た、函谷関かんこくかんに雰囲気が似ている。

城塞の高さは70メートル、幅は180メートルくらいあるそうだ。

城壁の上から二本の風車が突き出ていて、ゆっくりと回っているのが印象的だ。


「思っていたよりずっと立派な建物ですね。僕なんかが城主になるくらいだから、もっと小さな砦だと思っていました」


「ガウレア城塞は西の要衝です。魔物による西からの侵攻は少ないですが、私たちにとっては重要拠点なのですよ」


 身が引き締まる思いだけど、僕に城主が務まるのかな? 

益々不安になっていく。

魔力の使い方は少しわかってきたけど、まだまだ使いこなせるレベルじゃないんだよね……。


 城塞に到着すると、軍事の責任者である将軍が僕を出迎えてくれた。


「将軍のエリエッタ・パイモンだ。よろしく」


 パイモン将軍は赤髪の大柄な女性だった。

豪華な制服をカッコよく着崩していて、スタイルも抜群である。

将軍なんて言うから髭面のおじさんを想像していたんだけど、まったく違ったな。

年齢もまだ二十代後半くらいに見えた。


木下武尊きのした たけるです。よろしくお願いします」


 いちおう僕の方が上司になるんだけど、軍では実力がモノを言う。

ここでの実質的な支配者はパイモン将軍であることは、あらかじめカランさんから聞いている。

僕も丁寧な対応を心掛けた。


「ふーむ、見かけは普通の人間と変わらないのだな」


 パイモン将軍は遠慮のない視線を僕に投げかけている。

周りにいる兵たちも興味津々の様子だ。


「気を悪くしないでくれよ。異世界の召喚者なんて見るのは初めてなんだ。私だけじゃなく、皆も興奮しているのさ」


 興奮しているというよりも怖がっているような気がするぞ。

僕が視線を向けるだけで、怯えたように背中をすくめる人もいるくらいだ。

カランさんが僕の耳にそっと囁いた。


「正しい情報がないため、田舎の人々は異世界人を怖がる傾向があるのです」


 なんだかよくわからない存在として恐れられているわけね。

まあ、誤解はおいおい解いていけばいいか。


「ところでご城主」


 パイモン将軍は挑むような目つきで僕に質問してきた。


「異世界からの召喚者は強力なジョブを持っているそうだね。たしか君のジョブは……」


「こ、工務店です」


「そうそう、それだ。なんでも大工のような力があると報告書にはあったが、どういうものか想像がつかないんだ。ひとつみんなの前でお力を見せてはもらえないか?」


 きた! 

心臓が掴まれるような気持になったけど、僕はぐっとこらえた。

王都では何もできないせいで惨めな思いをしてきたのだ。

でも、もう昨日までの僕とは違うぞ。

カランさんにお尻を掴まれたおかげで魔力の使い方がわかったのだ。

いまなら工務店の真の能力を発揮できるはずだ。

たぶん……。


 ほら、ずっと馬車に乗っていたからまだ実践では試したことがないんだよ。


「工務店とは家づくりをする特殊能力です。労力も資材も必要とせず、魔法だけで家を建てたり、修理したりすることができます」


「ほう……。ではさっそくその力を見せてもらおうか」


「わかりました」


 とりあえず、片鱗だけでも見せておけばいいだろう。

家をまるまる一軒建てることもできるけど、今の僕だと何日かかるかわからないくらい時間が必要なんだよね。

一番簡単にできるのは……ブロック塀か。


「それではここに塀を出現させてみせますね」


「うむ」


 みんなが見守る中で僕はお腹の魔力を全身に巡らせた。



 十分後。


「あ~、ご城主……」


 一生懸命ブロック塀を作成する僕に当惑顔のパイモン将軍が話しかけてきた。


「な、なんでしょう?」


「まだかな?」


「もう少しです。あとちょっと……」


 僕は両手を地面につけてずっと魔力を流し込んでいる。

さっきから電気みたいにバリバリと光が弾けているのだけどブロック塀が出来上がる兆候はまだ見えない。

初めての作製ということもあってまだ慣れていないのだ。

疲労ではなくて、焦りの汗がじっとりと額に広がる。


 兵士の中にはあくびをかみ殺してみている人もいるぞ。

早いところ作り上げないと、と思うんだけど、ちっともうまくいかない。

それでもなんとか終わりが見えてきた。


「よし、完成します!」


 バシュッという小さな爆発音を立ててブロック塀が煙と共に出現した。

高さは150センチくらい、幅は90センチほどだ。


「ほう、これがご城主のお力か」


 パイモンさんが無造作むぞうさに手を伸ばした。


「あ、気をつけて!」


 注意したのだけど、もう遅かった。

このブロック塀は基礎をきちんと作っていないのだ。

パイモン将軍は軽く押しただけなのだがブロック塀はあっけなく倒れてしまった。

しかも鉄心をいれないタイプだったので地面と激突して大きくヒビが入っている。


「す、すまん……」


「いえ……」


 なんともいえない微妙な空気が流れた。

兵たちの顔にも落胆と嘲笑ちょうしょうの色が浮かんでいる。

みんなが僕を無能と判断したのだろう。

だけど、僕はそれほど落ち込んでいなかった。

ひょっとしたら僕は凄い力を手に入れてしまったかもしれない……。

工務店の力の片鱗に触れ、僕はかなり興奮していた。





   カラン・マクウェルの報告書


 土の候・中、二十三日夕方、ガウレア城塞に到着。エリエッタ・パイモン将軍の出迎えを受ける。

観察対象者、木下武尊にわずかな異変が見られた。これまで不可能だった魔法が使えるようになったようだ。ただし力は非常に弱い。魔法で土壁を作ってみせたが発動は遅く、一般的な土魔法の遣い手と比べても見劣りする。およそ戦闘では役に立たないレベルであると断言できる。

 私見を述べればこれ以上の観察は無駄にも思われる。一般の召喚者に比べて木下武尊の才能はあまりに低い。能力開花の可能性はゼロとは言えないが期待は薄いと言わざるを得ない。

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