第2話 辺境へ行きます
工務店と聞いて真っ先に反応したのはパラディンの判定を受けた竹ノ塚だった。
「ブッ! 工務店って俺の親父と一緒じゃん!」
エキスタさんは竹ノ塚に歩み寄る。
「おお、タケノヅカ殿は工務店を知っておいでか」
「知ってるよ。まああれだ、大工みたいなもんだよ。うちの親父は解体もするけどな」
そもそも工務店というのが個人の
僕にとって気にすべき点は、エキスタさんをはじめとしたこの世界の偉そうな人達が、大工と聞いた途端にそろってがっかりした顔になっていたということだ。
「木下だけしょぼいジョブだけど、あんま、がっかりすんなよ! 解体屋って意外と儲かるんだぜ。うちの親父の車、エルファイアだしな!」
竹ノ塚が肩を組んで慰めてくれた。
こいつは悪いやつではない。
悪いやつではないけど無自覚に人を傷つけることがある。
そもそも僕のジョブは工務店であって解体業ではないし、バンタイプの大型自動車に興味もない。
はっきり言って余計なお世話だ。
エキスタさんが今後のことを説明してくれたが、僕は不安でどうしようもなかった。
この世界に来てから三日が経った。
僕はいま練兵場の隅に座ってクラスメイトが戦闘指導を受けている様子を見学している。
この世界では常に魔物が人間の領域を侵略しようとしているそうだ。
僕らは人にはない能力を持っている。
勇者や魔法使いになってぜひともその力を貸してほしいと言われた。
まるでゲームみたいだな、って僕は考えている。
うん、他人事だ。
だって当事者じゃないんだもん。
川上は軽い手ほどきを受けただけで手から氷の塊を飛ばせるようになった。
平井に至っては重力魔法を操って空中浮遊までしている。
クラスでいちばん成績の悪かった竹ノ塚もパラディンとしてみんなの期待を集めているのだ。
それなのに僕はどうだろう?
いちおう僕も戦闘や魔法の手ほどきを受けた。
でも、なんの成果も得られなかったのだ。
まあ『工務店』だからね……。
試しにトンカチやノコギリを借りて使ってみたけど、これが驚くほど上手に使えた。
まるで熟練の職人みたいだったよ。
ただ、この世界にも腕のいい大工さんはたくさんいるわけで、求められているのはそこじゃない。
時間と共に肩身が狭くなる。
練兵場の隅っこで座る僕にクラスメイトはたまに声をかけてくれる。
うちのクラスはいいやつが多い。
でもエキスタさんをはじめとした現地人たちは、僕のことを邪魔と感じているのがひしひしと伝わってきている。
「そろそろお昼休憩にしましょう。みなさん、よく頑張ってくださいました」
エキスタさんはみんなのために豪華なお昼を用意してくれた。
戦闘や魔法の訓練は疲れるようで、クラスメイトはガツガツと食事をかきこんでいる。
でも、そんな美味しい食事だって僕の喉を通るはずがない。
僕はいたたまれなくなってエキスタさんに相談した。
「僕はみんなのように役には立てないようです。ですから、なにか仕事を貰えないでしょうか?」
「そうですなぁ……」
エキスタさんはあごに指を当てて考えている。
「まあ、そう焦らないで、のんびりと過ごすのはどうですか? 仲間のサポートをするというのも一つの仕事ですぞ。まあ、ここまで防御力が低いと前線だとすぐ死亡かな?」
「うっ……」
「そうなる前に王宮を出て行くのも手といえば手ですが……」
エキスタさんの目の中に冷酷な色が見え隠れしている。
「ちょっと待ってください! そんな言い方はひどすぎませんか?」
抗議の声を上げてくれたのは聖女判定を受けたばかりの今中さんだった。
前はクラスの中でもかなり地味な存在だったけど、聖女になってからの今中さんはとても堂々としている。
雰囲気も変わり、かなりの美少女にもなった気がする。
これは聖女のオーラなのだろうか?
いつの間にか、かけていた分厚い眼鏡もなくなっているぞ。
個人的には眼鏡聖女の方が好きだけど、贅沢は敵だ。
僕は心の中で快哉を叫んだ。
(いいぞ、今中さん。もっと言ってやれ!)
今中さんの発言に平井や川上も同調してくれた。
「そうですよ。こんな風にクラスメイトを見捨てる人の手伝いなんてできません」
「うん。非戦闘員もしっかり面倒みてもらいたいな……」
やっぱりうちのクラスはいいやつが多い。
僕が読んだことのあるラノベとは大違いだぞ。
大抵はハブられて、そこからざまあが始まるというのに……。
有力なクラスメイトが次々に声を上げたのでエキスタさんは慌てだした。
「いや、なにも木下殿を排除しようなどという気はないのだ。だが木下殿は戦闘力に欠ける。今後は一緒に行動することも難しいだろう? それに慣れない世界でいきなり仕事を探すのだって大変だ。この世界の生活習慣というものをまるでわかっていないのだからな」
正論を並べ立てられてみんなは沈黙した。
だが、僕には人生がかかっている。
ここで喋るのをやめたら試合終了は目に見えているのだ。
みんなの前で交渉して、少しでもマシな人生をつかみ取らなければならない。
「では、どうすればいいでしょう?」
「そうですなあ……。我々としても木下殿の能力を完全に諦めたわけではないのです。何かの拍子に素晴らしい力が開花するということも考えられます」
そうだといいけど、我ながら自信はない。
「ではこういうのはいかがかな? 木下殿にはガウレア城塞の城主になっていただきましょう」
「僕が城主ですか?」
「不安に思うことはないですよ。もちろん補佐はつけます。それに城塞と言っても最前線ではありません。戦闘はごくわずかです。軍事に関しては城塞の将軍に一任すればいい。そうやってこの国のことを学んでいただくというのはどうですかな?」
城主をやればきちんと給料ももらえるそうだ。
このまま放り出されるよりはずっとよさそうだ。
「木下、受けちゃえよ。工務店をやるよりよっぽどいいって。城主ならエルファイアだって新車で買えるかもしれないぜ!」
君は車にこだわるね……。
竹ノ塚に勧められたからじゃないけど、僕はこの話を受けた。
これ以上の待遇はないような気がしたからだ。
その日の夜、エキスタさんの書斎で補佐役の人を紹介された。
黒いスーツを着た性格のきつそうなお姉さんだった。
顔はかなりの美人で赤い縁の眼鏡をかけている。
年齢は二十代中ほどだろうか。
肌は白く髪は金髪。
スタイルは完璧と言っていい。
同級生にはない大人の色気をまとった人である。
「はじめまして、カラン・マクウェルです。本日よりご城主様の補佐にあたります。よろしくお願いいたします」
なんだかクールな印象だな。
それになんか、怒っている?
顔合わせのあいだ中、カランさんは笑顔一つ見せなかった。
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