きのした魔法工務店 異世界工法で最強の家づくり 同級生が次々と英雄になる中で僕のジョブだけ工務店でした 

長野文三郎

第一部 ガウレア城塞 編

第1話 異世界で工務店?


家は己の城である。

              エドワード・コーク『インスティテュート』より




 まだ新しいクラスに馴染めていなかった高校三年生の四月。

僕は自分の居場所を探している最中だった。

陰キャ? 陽キャ? 僕はそのどちらでもないと思う。

陽気に騒ぐのもいいし、趣味の合う仲間とオタ活するのも大好きだ。

ただ、なにかがしっくりきていなかった気がする。

陽気でも陰気でもないキャラなのだから、僕という人間をカテゴライズするのは無理があると思う。 

強いて言えば蝙蝠こうもりキャラ? 

どっちつかずの浮いた十八歳。

どこにも完璧には馴染めず、自分の居場所を探すような存在、それが僕だ。

そして、そんな僕は異世界にやってきてもやっぱり、みんなとは少し毛色が違うような存在だった。


 社会科見学のバスが事故に遭った。

山の中に本社を移した、なんとかいう企業を見学するための移動だった。

事故の原因はわからない。

とにかく僕たち三年二組の二十四人を乗せたバスは急坂の急カーブを曲がり切れず、ガードレールを突き破り深い谷へとダイブした。


 こんなところで僕は死ぬんだ、そう思った。

ところが、気が付くと僕たち二十四人の生徒は見知らぬ場所にいた。

なんだかお城の大広間みたいなところで、ファンタジーアニメに出てくるキャラクターみたいな人たちが僕たちを取り囲んでいた。


「おお……、召喚は成功です。史上初の同時英雄召喚でしたが、二十四人もの異世界人を召喚することができました」


 長いローブを着たお爺さんが静かに興奮している。

僕らは訳も分からずに周囲を見回すが、大勢の兵士や、きらびやかな服を身にまとった人々に囲まれて声を出すこともできない。

だけど、まずはアニメやラノベ好きが気付いた。


「まさか、異世界転生……」


「それを言うなら異世界転移じゃね?」


 どっちでもいい、問題はこれが現実であるかどうかだ。

ひょっとして僕は夢を見ているのだろうか? 

だけど、夢というには目の前の光景はリアルすぎる。

最新のゲーム機だってこうはいかないだろう。


 とにかく知りたい。

これはどういうことなのかを。

だけど、それを質問する人はいない。

こんなときこそ大人に頑張ってもらいたいのだが、どういうわけか先生もバスの運転手さんもその場にいなかった。


 先ほどのお爺さんが一歩前に出てきた。


「異世界の皆様、どうぞ落ち着いてください。事情をご説明いたしますので、どうぞこちらへいらしてください」


 反抗する者は誰もいない。

クラスでいちばんやんちゃな竹ノ塚さえ、おとなしく指定された席に座った。


「私は宮廷魔術師長のラゴナ・エキスタと申します。我々はこのたび、皆様を私たちの世界へお呼びするために大召喚魔法を執り行いました」


「大召喚魔法ってなんですか?」


 クラス委員の平井が質問した。

平井の冷静さと大胆さはこういうときには大助かりだ。


「簡単に言えば、違う世界の人間をこちらの世界に連れてくる魔法ですな」


 生徒たちはザワザワと話し始める。

とりあえず身の危険がないようなので安心したのだろう。

私語の音は次第に大きくなっていった。


 やがて、またもや平井がエキスタさんに質問を投げかけた。

少し興奮しているようで席を立って拳を握りしめている。


「突然召喚と言われても困りますよ。僕たちには家族もいるし、未来があります。自分だって受験を控えているんです。もとの世界に帰してほしいのですが……」


 エキスタさんはウンウンと頷いている。


「皆様にもそれぞれの人生があることは存じております。我々が皆様を勝手に召喚したとそしられても仕方がないことでしょう。もちろん帰られたい人は帰ることができますよ」


 僕たちは一気に安心した。

ここがどういう世界かはわからないけど、二度と日本へ帰れないということはなさそうだ。

ところがエキスタさんは残酷な事実を突きつける。


「ただし、帰るのは皆様の死の直前ですぞ」


「え……」


 絶句する平井の肩をエキスタさんはポンポンと軽くたたいた。


「我々だって魔族ではありません。若者の未来を犠牲にしてまで召喚しようとは考えませんでした。我々が召喚したのは死の直前にあった人です。ご自身に思い当たる節はありませんかな?」


 そうだ、あのとき僕たちの乗ったバスは谷底に向かって真っ逆さまに落ちていた。

あと数秒もしないうちに地面に激突して僕らはみんな死んでいたかもしれない。

もう一度あのバスの中に帰る? 

そうしてほしいというやつは一人もいなかった。


「せっかく助かった命です。皆様にはその能力をこの世界で存分に役立ててみてはいかがでしょうか?」


「あの……」


 オタクの川上がおずおずと手を上げた。


「なんでしょうか?」


「異世界人である僕たちにはチート能力……、なにか特別な力といったようなものがあるのでしょうか?」


 川上の質問にエキスタさんはにっこりと微笑む。


「今、まさにそのことをご説明しようとしておりました。おっしゃるとおりで、異世界の皆さまは特別なジョブというものについておられます。たとえばあなた、失礼しますよ……」


 エキスタさんはスッと手を伸ばして川上の額を掴んだ。


「ふむ、あなたは氷冷魔法の遣い手『氷雪の魔術師』のジョブ持ちですな。究めれば極大氷冷呪文アブソリュート・ゼロをも使いこなせるようになるでしょう。そんなことができる魔術師はわが国にはおりません」


「俺が魔法使い……」


 自分の能力の高さを説明された川上は薄ら笑いを浮かべている。


 次にエキスタさんは委員長の平井の額を掴んだ。


「ほほぉ、これは珍しい」


「い、あの、俺は……」


「あなたは重力魔法の遣い手だ。重力魔法は伝承も廃れてしまった古代魔法です。ひょっとすると、あなたは長く後世に名を遺す人になるかもしれませんな」


「俺の名前が後世に……」


 戸惑いながらも平井はどこか満足そうだった。


 このようにしてエキスタさんは次々と僕らのジョブを明かしていった。

竹ノ塚もパラディンという高位の騎士であることが判明してはしゃいでいる。

それはそうか。

さっきまで僕らは何者でもない普通の高校生だったのだ。

それがいきなりジョブというものを与えられて、特別な存在になってしまったのだ。

ちょっとくらい浮かれたっておかしくないよね。


「さて、あなたは」


 エキスタさんが僕のところへやってきた。


「次はあなたのジョブを見てみましょう。緊張することはありません。肩の力を抜いてください」


 緊張するなと言われても周りはすごいジョブばかりである。

クラスでも全然目立っていなかった今中さんが聖女だったと判明したばかりなのだ。

期待も高まるけど、不安だって高まりもする。


 エキスタさんの手が僕の額をがっちりとホールドした。

ちょろちょろと脳の中をくすぐられるような感覚がする。


「ん~……?」


 あれ? 

他の人のジョブはすぐに判明したのに、エキスタさんは難しい顔をして首をかしげているぞ。

これはどっちだ? 

すごいジョブがきたのか、それともハズレなのか……?  

エキスタさんがなにも言わないのでこちらから聞いてみることにした。


「なにか問題でもありましたか?」


「ふむ、初めてみるジョブなので少し戸惑ってしまいました」


「初めて見るジョブ?」


 まさか超絶レアジョブがきたのか!? 

一瞬だけ期待してしまったのだけど、僕の希望はすぐに粉々に打ち砕かれた。

まあ、世の中ってそんなもんだよね。

うん、知ってた……。


「こちらからお聞きしたいのだが『工務店』とはどういったジョブでありましょうか? お心当たりはありますか?」


 工務店!? 

お心当たりはある。

あるのだが、それが僕の知っている工務店と同じかどうかはよくわからなかった。



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