第8話 戦場Ⅰ ルナの正体
「ルナ様! ここにおられましたか!」
遠くから徐々に近づいてくる人の声。家と家の間でそれは響く。
先刻の爆発音に釘付けになっていた人も、その声には少し反応する。
「ルナ様! どこに行っておられたのですか! 皆心配していたのですよ」
「そっか。ならごめん」
「はぁ、しっかりしてくださいよ。理由は……聞かないでおきます」
息を切らしながら話すその男は、白銀に輝く鎧を纏っている。軍人やら兵士を連想させるその姿でも、ルナに対しては敬語を欠かさない。
詰まるところ、ルナはこの男より身分が高いということを顕著に示している。
「それで、今の状況は?」
ルナは敬語を使っていない。普段通りの話し方で。
思い返してみれば、バーンにも敬語を使っていなかった。――それは単に深い仲だからだろうか?
「帝国軍が領内に攻撃を仕掛けてきました。現在はその対応に勤しんでおります」
「ふーん」
「……ところで、隣にいる方は?」
「ああ、この子はフィアナ。魔術師だよ。私の魔力を感じ取れるレベルの」
「まさかそんな御方がおられたとは……フィアナ様、ですね。私はグレイ・ファンライズと申します。以後、お見知りおきを」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
怒涛の展開。けれどフィアナは理解した。
関わってはいけない人種だった。
自由に生きろ、そう母に言われたはずなのに、このままでは自由を剥奪されてしまう。
けれど、今ここで逃げようとも思わなかった。
「フィアナ、宿に戻ってもらえる?」
だからこの言葉が、心にぐっさり刺さった。
「な、なんでですか?」
「なんで、って、君を傷つけさせないためだよ。今から危ないところに行くからね」
「で、でも……」
「我が儘なこと言わないで。経験のない君には無理。この前も倒れたんだから、少しは自分の命のことも考えたら?」
辛辣この上ない。逃げないと誓ったのに、簡単に否定されて。
もちろん、実力がないのは認める。体が弱いことも否定はできない。けれど、無理だと断定されるのは気に食わない。
「行かせてください」
「駄目」
「お願いします!」
ルナは呆れたように嘆息を零す。
「……わかったよ。付いてきたいなら、勝手にして」
「あ、ありがとうございます」
ホッとしたように息を吐く。
ここから先は、どのような過酷なものが待っているのかはわからない。自由を捨てることになっても、ルナと一緒にいられるのなら。
「あ、言ってなかったっけ。実は私、宮廷魔術師なんだ」
「…………はい?」
◇
戦場。
そこは見渡す限りの戦火が立ち上る場所。
戦場。
そこは命が消えてなくなる場所。
戦場。
そこは希望も絶望も存在しない場所。
そんな場所でルナは戦っていた。
相手は強大なラルカ帝国。ファングリア王国と比べて勢力も上。とは言っても圧倒的という訳でもない。戦況は互角と言ったところか。
けれど、決定的に異なる点がある。
頂点に立つ者が人か、魔人か。
王国は人で、帝国は魔人だ。
魔人は、人より魔力も多い。寿命も長い。体力も筋力も圧倒的。いわゆる完全上位互換。
そもそも容姿が違う。角が生えているのが魔人。……とは言っても魔人は擬態することが可能だからそれは当てにしない方が良いかもしれない。
王国は人族絶対主義の国である。
魔人族は入国することも王国の民と接触することも不可能。そう制限されているから。
対して帝国は、どちらかといえば共和制の国。
魔人族も人族も、どちらの種族も生息している。ただし、その中でも差別化はされている。権力が上なのが魔人族。奴隷制も認められているようだ。
今、その戦火の中にフィアナはいた。
耐火性のある服を着させられ、ルナと同じように大きな杖を持たされて。どこか似合っていた。
王都は、名前だけで実際は王国の端の端。帝国に一番近い町。
だからこうして戦闘を引き受けている。
「皆の者、これより、戦いの火蓋が切られる。相手は強大な魔人率いる帝国。敗北は、許されないぞ」
「「は!」」
城壁の前で鎧を纏った集団が集められ、整列。
正面に立っていた人の声に、一同が同時に返事をする。
その中に、フィアナは混ざっていた。当然、ルナも。鎧を身に着けていないのは、この二人だけだった。
「今回の戦闘では宮廷魔術師であるルナ様と、その連れのフィアナ様も戦場に出られる。これは我々にとって大きなニュースだ」
うおお、という歓声。その中に「フィアナ? 誰だ?」という声も混じっている。
ふとフィアナが隣を見ると、気に食わない顔をしたルナが立っていた。その顔も帽子で覆っており、あまり窺えないのだが。
「さあ、出撃だ! 先制攻撃を仕掛けてきた帝国に対して、反撃の狼煙をあげろ‼」
「「うぉぉお!」」
ルナの顔を見たフィアナは、どうしてもその波に乗っかることができなかった。
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