第7話 王都探索Ⅲ 当日の朝
「ご、ごめんなしゃい」
朝に弱いのだろうか。
フィアナが起きたらなぜか同時にルナも起きて、しばらく目を擦ったあと、ベッドにもう一人いることに気が付いたのだろう。
ハッとして謝ってきた。
舌が回っておらず、普段の大人っぽい様子とは一変して子供のようになっている。
「気にしてないです。むしろベッドで寝させてくれてありがとうございます」
「ふぇ? うん、こんにちは」
「え、あの……駄目だ」
思わずバーンと同じ反応になってしまう。ようやくその気持ちが理解できた気がした。
ついでのように、老人を介護するときと同じように敬語になってしまう。
しばらくはお互いその状態が続き、対応するのも大変だった。
「あの、先程は滑稽な姿を見せてしまい申し訳ないです」
「いえいえ、そんなことないですよ」
ルナは元に戻ったが、フィアナは先程からの感情が抜けていないのか、敬語のままだ。
実際は敬語の方が楽だからこうしているというのもあるのだが。
「……また敬語、堅苦しいんだよね、それ」
「少し試してみてわかったのですが、やっぱり敬語の方が私には合います」
「……別に構わないけど」
「ありがとう」
「そこは敬語じゃないんだね」
「敬語とタメ口が混ざっちゃうかもです」
「まあ、お好きにどうぞ」
再び普段のクールなルナに戻った。略してクールナとでも言っておこう。
薄鼠色の瞳と瑠璃の瞳が交差する。ふと何かを思い出したかのように薄鼠色の方が目を見開く。
「今日は王都を案内する日だったね。朝食を済ませてから出発しようか」
「はい。ありがとうございます」
「……今度は敬語なんだ」
「混ざっちゃうかもです」
「それさっきも聞いた」
相変わらず顔は澄んでいる。
ルナは着替えて、乱雑だった髪をある程度整えて結ぶ。
結んでいない時の髪は、思ったよりは短かった。フィアナより少し短い程度なのだが。
無言でルナは歩き出す。
フィアナは寝起きのルナの相手をしている間に準備が完了していたから、その背中を追いかける。
扉から出ると、ほんのり甘い香りが鼻の奥に滑り込む。
ルナもすんすんと匂いを嗅いで、口の端を若干上げる。
未だに音のない廊下を進み、階段を下りて例の場所へと向かう。
「お、おはよう、お二人さん。今日はご飯作ってるぞ」
「やった」
「おはようございます。ありがとうございます」
バーンの挨拶に応答して。
今の人数だとまだ余りのある数の椅子が並べられた食卓に目を向ける。
そこには、物凄く綺麗な形をしたパンケーキとミルクがそれぞれ二つずつ置かれていた。
「わぁ、美味しそう」
「でしょ?」
「お前は自分が作ったみたいに言うな」
「作り方を教えたのは私なんだから、別にいいでしょ」
バーンは嘆息する。性格に難がありすぎる、と。
言うまでもないといえばそうなのだが、確かに今までに出会ってきた誰よりも頭のネジは緩い気がする。
けれど、案外それが結果的に良い方向へと転がっていたりする。
ルナは急いで椅子に腰かけ、近くに置いてあったシロップを手に取り、その口を傾ける。
とろーりとしながら落ちる。たくさん。
「おい! かけすぎだぞ!」
「甘いのが好きなの」
「……はぁ」
またも嘆息。
しばらくして二人とも朝食を食べ終えた。そろそろ出発するという時間に差し掛かった。
「気を付けてな」
「いつものことだから、大丈夫だよ」
「それならいいんだが、最近変な噂を聞くんだよな……」
「変な噂?」
「いや、何でもない。ま、行ってこい」
「はーい」
「行ってきます」
二人はバーンに背を向け、朝日を浴びながら外に出た。
上空に広がるは果てしない蒼穹。雲一つない碧空。
「じゃあ、まずはあそこからだね」
あそこ、と言われても一緒に行動したことないし、何なら王都に来るのも初めてだからわかるはずがない。
取り敢えず、先導するルナの背を追った。
今、フィアナが身に付けているのは昨日着ていた服。差程汚れてもいなかったから。
ルナはいかにもな格好をしていた。魔術師らしい、けれど柔らかな白いローブ。背中には大きな杖。
先っぽにはフィアナの瞳のように透き通った青の水晶があり、その周りにある付属品を含めて非常に立派なものだった。
加えて三角のとんがり帽子。これも白かった。
道を歩けば、様々な人とすれ違う。
例えば老人。例えば若者。例えばカップル。例えばルナと同じように杖を持った者、etc……。
少し人混みは苦手かもしれない。
道行く人が全て顔見知りだった生活に慣れてしまっていたせいか、初めての感覚に違和感を覚える。
ふとした瞬間に逸れてしまいそうで不安だった。
けれど煌々としたオーラを纏うルナはいつも視界の中にいた。だから安心した。
「あ、あの……」
ルナに話しかけようと口を開いた刹那。ほぼ同時に。
遠方で爆音が轟く。
それは波紋のように際限なく広がり、耳を
「今のは……?」
ルナの方に目をやると、その眼はたった一点を見つめていた。
その、爆音の音源を――。
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