第5話 王都探索Ⅰ 前夜①

「それにしても、王都って広いですよね」


 フィアナがそう口を開く。

 これさえ言っておけば会話が弾むとでも思っているのだろうか。バーンと話していた時もそうだった。


「そうね。私も初めて来たときは混乱したっけ」

「そうなんですね。やはり広いですもんね」

「だから、敬語じゃなくてもいいんだけど」


 微妙に不機嫌じみた顔になる。

 とは言っても、感情の起伏が顔にあまり表れない人だろうから、注視しなければわからない程度の。

 部屋を貸してもらったから、最低限の厚意をと思っていたが、本人はそれがご不満だったそうで。


「……わかった。これでいい?」

「そう。それでいい」


 フィアナが敬語を使わなくなると、一気に子供っぽくなる。

 対してルナは敬語じゃなくても大人っぽい。その言動といい、その立ち振る舞いといい。――いや、座り振る舞い? 今座ってるから。


 本日二度目の目覚め。

 少し時間が経って軽くなったと感じる体を起こし、近くにあった窓の外を見つめる。

 見渡す限りに広がるのは、数えきれないほどの家々。木々は生い茂っていない。所々家の庭に生えているか、道路の端に生えているか。その程度。

 地元はそんなものではなかった。


 唖然と見つめていると、背後から澄んだ声が聞こえた。


「これからは一人?」

「まあ、一緒に行動できる人は誰もいないし……」

「じゃあ、私が案内してあげようか?」

「いいの? ありがとう!」


 願ってもいないことだった。

 たった一人でこの広大な王都を彷徨うのかと不安だったから、そう言ってくれるだけで安心する。

 もちろん、即答。

 断るはずがない。


 何から何まで良くしてもらって、バーンに続いて感謝しなければならない人が増えた。

 恩返しは、後々していくとして。


「そうだね、今日はもう遅いから明日からにしようか」


 紅く燃える太陽が、果てしない空を橙に染めている。窓から陽光は差していない。

 ここにベッドはたった一つだけ。一人で寝ることを想定されたシングルベッド。今日は休むとして、どこで眠れば良いのだろうか。やはり床か。


「その前に、ご飯食べないとだね。気を失ってたからお腹空いてるでしょう?」

「確かに、少しは……」


 同時にグーとお腹が鳴る音が響く。


「少しじゃないよね、その音は」

「は、はい……」


 羞恥心が心の中で渦巻き、そっぽを向く。

 ルナとは違ってフィアナは感情の起伏が顔に表れ易い。随分とあからさまに表れてしまう。


「年頃だから当たり前だよ。恥ずかしがる必要はない」


 再びグーと音が響く。今度はフィアナではない。つまり、ルナのお腹から鳴ったものだろう。


「ほらね?」


 澄ました顔でそう言ってくるのは辞めてほしい。

 けれど、ルナなりの励ましだったのかもしれない。自然と恥ずかしさは薄れていく。


 逸らしていた目をチラチラとルナの方へ向ける。

 目が合う度にフンと鼻を鳴らしている気がしたが、おそらく気のせいだろうということで話を進める。

 気のせいではなかったとしても、ただ可愛らしいだけなのだが。


「ご飯を食べると言っても、一体何を?」

「オーナーが作ってくれるからそれを食べる。美味しいんだよ?」

「なるほど、楽しみだなぁ」


 そういえば、オーナーを見たことがなかった。

 運ばれた、というのを後から聞いただけで、実際に運ばれている時のことを覚えているはずがない。

 人一人を運べるくらいだから、さぞムキムキな筋肉ゴリラだろう。屈強な顔の持ち主なのであろう。


 行こう、とルナに連れられて部屋を出、年季の入った廊下を抜け、階段を下りる。

 この建物は、二階が部屋になっており、一階は受け付けや食堂など、その他の用途で使用が可能らしい。


「オーナーさん、連れてきましたよ。目が覚めて今は元気そうです」

「そうか、良かった良かった」


 太くて、どこか聞き覚えのある男性の声が奥から聞こえてくる。


「もう大丈夫か? 心配したんだぞ」


 ひょっこっと顔が見えた。

 その顔は――。


「バーンさん!?」

「ああ、言ってなかったな。俺、ここのオーナーなんだ」


 ムキムキな筋肉ゴリラ。屈強な顔の持ち主。若干相違する点はあるが、あながち間違ってはいなかった。

 優しそうな――実際優しいが――雰囲気が漂っている。


 優しくて、門番に認められている行商人で、宿のオーナーで、料理も上手。完璧超人が目の前に一人。


「オーナー、今日の夕飯は何?」

「そうだな……今日はルナ、お前に作ってもらおうか」

「……ええ?」


 感情の起伏が顔にあまり表れないはずのルナの顔が、一気に曇る。

 気兼ねなく会話しているところから、この二人は仲が良いんだと見て取れる。


「嫌です」

「なんだって? じゃあ、払ってもらおうか」

「すみません働きますやめてください」

「よし」


 ルナはせっせと厨房へ向かう。

 それにしても先程の早口、少し面白かったかもしれない。


「払ってもらう……って何をですか?」


 ルナがいなくなったところで行商人兼オーナーのバーンに問う。特に滞ることもなしに、躊躇いなく話してくれた。


「ああ、あいつな、宿泊代払ってないんだ。だからこうして働かせてる」

「へ、へー。そうなんですか……」


 確かに、あの人ならやりかねないな。そう心の中で呟いた。

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