第4話 王都へⅣ ハプニング
「着いたぞ。ここがファングリア王国の王都ファリアだ」
広い。広すぎる。
街全体が高い壁に覆われて、門も豪勢で大きい。
初めて見る光景に感嘆が絶えない。
「ここが王都なんだ……広い」
「だろ? 実は俺な、ここ出身なんだ」
「そうだったのですね」
道理でこの王都のように広くて寛大な心を持っている訳だ。
もしも道中で出会っていなかったら、あのまま動けなかっただろう。
「そこの行商人、手形を……って、バーンさんか。今日もお疲れ様です」
「ああ、ありがとう」
本来なら行商人は通行手形を見せなければ入ることはできない。つまりバーンはそれなりの権力者だったりするのだろうか。
感謝してもし切れない。
「今日は本当にありがとうございました」
馬車から降りて、感謝の念を込めた言葉を放つ。
「こちらこそだよ。盗賊から救ってくれてありがとさん。……今頃、あいつらは何やってんだろうな」
「まだ埋まってるかも」
「あっはは、そりゃ傑作だ!」
バーンの大きな笑い声を聞き、フィアナの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
ふと、一瞬視界が白く染まる。
同時に足の力が抜ける。というより体全体が、か。この上ない脱力感に襲われる。
「おい、嬢ちゃん! おい!」
その声も若干掠れて薄く聞こえ、最後までは届かなかった。
ここで、フィアナの意識は完全に途絶えた。
◇
意識が深淵から舞い戻った。
重い瞼を無理矢理にこじ開け、瑠璃の双眸が露見する。
知らない天井だ。
自宅とはどこか違う、それでもどこか温もりを感じる天井。
思い返してみると、記憶が曖昧だ。
冗談を言い合って笑い合って。その後の記憶がない。気を失って倒れたのか。
体を酷使しすぎたからだろう。無理しすぎてはならないとわかっていたのに。迷惑を掛けてしまっただろうか。
折角助けてもらったのに、また。
「おはよう……夕方だけどね」
女性の声が聞こえた。
フィアナと同じくらいの年齢の、少女の声だ。
「誰?」
問うと同時に、声が聞こえた方へと目を向ける。
未だ力が入らない体を動かして。
そこにいたのは、確かに同年代の少女が一人。
切れ長の目に薄鼠色の瞳。薄く紫がかった黒っぽい髪。長さで言えばフィアナと同等かそれより少し短いくらいなのだが、後ろでまとめているようだ。
不意にも可愛いと感じてしまうほどには端整な顔立ちだった。
「私? 私はしがない魔術師だよ」
「魔術師……」
フルン村では魔術師はフィアナとマリーナの二人だけだったから、他の魔術師を見るのは初めてで、新鮮だった。
さすが、魔術が普及している王都なだけある。
「ちなみに名前はルナね。ルナ・セリアライト。あなたは?」
「私はフィアナ・フローレシアです。先程、初めて王都に来ました」
「そっか」
つんとした様子で話すルナと名乗る彼女は、興味なさげに相槌を打つ。
「なぜあなたがここに?」
「それは私のセリフ」
率直な疑問を投げかけたつもりだったのだが、それをそっくりそのまま返されて黙り込む。
質問を質問で返すのは大罪だと、ようやく知った。
しばらくの間口を開かないでいると、嘆息混じりにルナが話し始めた。
「実は私、この部屋に泊まってたの。そしたら急にあなたが運ばれてきて、オーナーが『部屋がないから寝させてあげて』とか訳のわからないことを言ってきて、仕方なくベッドを譲ったってこと」
なるほど、そんなことが。
やはり意識を失って倒れたというのは真実のようで、申し訳ないと頭を下げる。
「いいのいいの、気にしないで」
笑顔でそう言ってくれたが、若干作為的な笑顔に見えてままならなかった。
「……なに?」
「あ、いえ、何も……あなたから大きな魔力を感じて……」
うっかり、凛とした顔を見つめてしまっていた。
無意識に言い訳を述べ、変質者だと思われないように取り繕う。
けれど、そう感じたのは嘘ではない。母と同じような雰囲気が漂っていたし、注視すれば魔力の流れは一応感じ取れるから。
「別に敬語じゃなくてもいいんだけど……魔力が見えるってことは、――フィアナ、だったっけ、あなたも魔術師なの?」
「……一応は」
「そうなんだ。こんなに若いのにね」
フィアナ自身は最大限の謙遜をこなしているが、一応はとか言えるような人材ではない。
同じ魔術師に、同年代に見える女の子に、若いと言われるとどこかこそばゆく感じる。これこそ、フィアナも「それは私のセリフ」と言ってやりたいと思っているだろう。
「あなたも十分若いじゃないですか」
「ふふん、それが私は、もう十五歳なんです。どうです?」
寸分違わぬ、お手本通りのドヤ顔でそう言ってくる。
その動作が全て可愛らしく見え、クスッと笑みを零す。溢れ出るという表現が丁度良いだろうか。
「私も、十五歳です」
「……ふーん」
ルナはバレない程度に頬を紅潮させた。
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