第3話 王都へⅢ 欺き
一つ大きく深呼吸。
手を前に伸ばし、心の中で唱える。
偉大なる地の精よ。大地を操る力を我に与えよ。
実際は一言一句心の中で唱えたわけではない。一瞬にしてそれを反映させたという、これまた馬鹿げたことをしでかした。
同時に掌の前に魔法陣が投影される。
しばらくしてから小さな石が形成され始めた。岩属性の初級魔魔術、
これは魔法陣を二つ重ねていないから、小さいものだ。
「なんだこいつ、魔術師か?」
「だとしても雑魚だろ。なんだあのちっちゃい玉、いかにもって感じじゃねぇか」
「そんなやつがしゃしゃり出てきたってことか? 笑える」
与える慈悲はない。……のだけれど。
「あれ? おかしいな……調子悪いのかな」
敢えて聞こえるように呟く。
「ぎゃはは! 調子悪いってさ!」
「なっさけない言い訳だなぁ!」
「そんなところも俺は好きだぜ? 大切に愛でてやるよ」
舐め腐ったようにガンを飛ばしながら、三人は同時にフィアナ向けて一直線に走り出す。
眼中には慌てふためくフィアナしかない。
石は全く大きくならず、果てには消えてしまった。いや、消した。
引っかかったな。
途端に盗賊達の足元がパッと消え去った。
土属性の初級魔術の一種、
「「「うおっ」」」
そんな情けない声を零しながら、フィアナの視界の下に消えていった。
ドサドサ、という音と、広範囲に砂埃が舞う。
フィアナもうっかり吸い込んでしまい、咳き込む。
目に入らないよう手で覆い隠しながら、三人が落ちた穴に向かう。
覗き込み、上から見下す。
「痛ぇ、おい! 何してくれてんだ!」
「先に攻めてきたのはあなた方でしょう。これ正当防衛です」
「っざけんな! 俺達は何もしてねぇじゃないか! 一方的に、ズルいぞ!」
あまりの情けなさに、あまりの滑稽さに、思い切り嘆息する。
今、なぜこうなったのか。
簡単な話だ。
初めはあえて弱そうな魔術を相手に見せ、これが限界だと思わせる。
油断した相手は、『雑魚だ』と言って見下すように、何も考えなくても勝てると確信して攻めてくる。
それを見越して罠を仕掛け、嵌める。
以上。
じゃない。フィアナは異常。
「あなた方はもう救いようがありません。少しは罪を償ってください」
再び手を伸ばし、魔法陣を展開する。
それによって特に変わった様子は見られなかった。
フィアナは振り返り、おじさんの待つ馬車の方へと向かった。
「おい待て! 出せ! ……ってうわあっ!」
盗賊の一人が外に出ようと土の壁に手を伸ばし、触れた途端にぬるりと滑り、ひっくり返る。
「ちくしょう! 覚えてろよ!」
フィアナの耳には届かなかった。
届いたけれど、右耳から左耳へと抜けていった。
「すげぇよ嬢ちゃん! あんな奴らをやっつけちまうなんて……」
「ああいえ、それほどでも」
魔術を人に見せるのも久しぶりで、その上褒められて。
恥ずかしさで頬が少し紅潮する。
「それより嬢ちゃん、二重詠唱の使い手だったのか!?」
「ええ、えと……」
二重詠唱を使ったことに変わりはない。
決して偽る気もないのだが、素直にバラしてしまうと自由に生きるという目標が果たせるかどうか不安で。
「き、気のせいじゃないですか?」
最適解はこれだという結論に至った。
為すべきことはただ一つ。隠し通せ。
「俺にそんな嘘が通じると思ってるのか?」
「いや、その……」
この人に嘘は通じない。直感がそう告げている。
恩人でもあるから、真実を打ち明けても良いのかもしれない。
「……はい、使いました」
「やっぱりか。世の中に二重詠唱を使えるのはたった一人だと聞いたから、嬢ちゃんがその一人なのか……」
本当に、なぜ世間に広がってしまったのだろうか。
母親であるマリーナにしか見せていなかったのだが。
(……まさか、お母さんが? いやいや、ないない。……いや、ありえるか?)
考えても無駄。真実が不明瞭な以上、可能性は限りなく存在する。
終わったことは気にしないでおこう。そちらの方が身も心も楽だ。
だから、今自分が取るべき行動は……。
「お願いです。私が二重詠唱を使えるということは、秘密にしていてくれませんか?」
「男と女の秘密……なんか興奮するな」
「ちょっと!」
「はは、冗談だって。わかってる、秘密にするよ。これは俺の命を救ってくれたお返しだ」
フィアナの読み通り、優しさが限界突破した人だった。
「ありがとうございます!」
「『ありがとうございます!』じゃねぇよ! 早く出せ! さもないと……」
「ちょっと黙っていてください」
穴の方に手を伸ばすと、その穴は元通りに――普通の地面に戻った。
一つ変わったのは、地面から顔の形をした草が生えていたこと。……違う、本物の顔だ。
口元まで土に埋まっていて、盗賊達は静かになった。
馬車のおじさん、ことバーン・ナグラージは心の中で呟く。
ああ、鬼だ、化け物だ。と。
「まさか詠唱破棄とはな……」
「どうかしましたか?」
「……いや、何でもない。だから頼む、殺さないでくれ」
何を訳のわからないことを、とでも言いたげな顔で見つめるフィアナを、バーンは誤魔化すので精一杯だった。
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