第2話 王都へⅡ 盗賊

 急いで支度を済ませ、昼になる頃には王都に向けて出発した。

 涙を拭きながら手を振るマリーナこと尊敬する母親を背に、重いリュックを背負って、弱々しくも歩み始めた。


 これから新しい生活が始まる!


 ……と、意気込んで歩き始めて早数分。体感では数時間。あれだけ堂々と出発したくせに、へなへなと道端に座り込んでいた。


 燦々と照りつける陽光に負けて、疲労に負けて、己に負けて。病み上がりなのも原因か。


「もうむりぃ~」


 情けない声を発しながらふにゃふにゃになる。傍から見ればどうだろうか。

 恥ずかしいけれど、少し息抜きが必要だ。


 ひんやりとした風が吹き抜け、髪を揺らし、草を揺らす。

 フィアナは、緑の上に寝転がった。

 それはもう爽やかで。暖かい日差しも相まって、気を抜くと眠ってしまいそうなほどには気持ちよかった。


 ふと、先程まで歩んできた道に目をやる。

 自分の家やその村も少しぼやけて見えるほどの場所まで歩いてきた。

 自分なりにはよくやった、と頷く。


 際限なく広がる蒼穹にゆっくりと流れる雲は、大きくて。悠々自適で。

 思わず嘆息を零すことしかできなかった。

 自分はなんてちっぽけで、弱いのだろうか。

 雲になって、大空を旅してみたいな……。とか、思ったり。


「あれ? そこにいるのは……誰だ? まぁいいや。おおい、嬢ちゃん! 何やってんだ?」


 風と共に聞こえてきた声の方向に目を向ける。

 見えたのは、馬車と。

 髭の生えた……禿のおじさんが一人。


 フィアナは立ち上がり、近付く。


「こんなところに一人で何してるんだ?」

「恥ずかしながら、歩き疲れてしまって……少し休憩していたところです」


 言葉にするのは少し恥ずかしかった。

 けれど、温情をかけてくれているのだから、最低限回答をしなければと思って。


「そうなのか。歩き疲れたってことは、どこかへ向かっていたのか?」

「……はい。王都に行こうと思いまして」

「それはまぁ奇遇だな! 俺も王都へ向かっていた途中だ。良かったら乗ってくか?」


 フィアナには輝いて見えた。それは優しさ故か、頭に反射した陽光故かどうかはわからないけれど。

 ともかく、ありがたい話ではある。


「いいんですか?」

「ああ、当然だとも。こんな子供を残していく訳にもいかんだろう」

「ありがとうございます」


 馬車に乗り込み、おじさんの隣に座った。

 荷台には多くの荷物が積み込まれており、行商人を彷彿とさせた。


 馬車はゆっくりと進み始めた。


(酔っちゃうかも……)


 体が弱いから酔いやすいだろうし、酔ったら大変なことになるかもしれない。

 そう思ったけれど、特に問題はなかった。


「それにしても、王都は遠いのになぜ歩いていこうと思ったんだ?」

「あ、いえ、その……」


 場所は知っていた。徒歩では随分と時間がかかることも承知の上で、この手段に出た。

 なぜか。


「他に、手段がなかったので。……あと、運動になるかなぁって思って」

「あっはは、そうか。嬢ちゃんらしいな」


 初対面の相手に嬢ちゃんらしい、と言われるのもどこかこそばゆいけれど、心の距離を感じさせない話し方で接し易かった。


「あちらからいらした、ということはフルン村から来たのですか?」

「ああ。王都で仕入れたものをフルン村に提供してきた。代わりに貰った特産品を王都で高値で売る。いい戦略だろう?」

「確かに、手っ取り早くお金を稼げる良い方法ですね」


 フルン村。

 フィアナの家も、そこにある。

 ちっぽけな村だが、住民も皆優しくて、フィアナにとっては最高の村だった。


 と、そんな時。前方に三つほど小さな影が見えた。


「ちっ、来やがったか」

「何ですか? あれは」

「盗賊だよ。知り合いが襲われたと言っていたが、どうやら本当のようだな」


 盗賊という言葉にビクリと反応する。

 本で読んだことがある。盗賊とは悪い奴らだと。


「方向転換するぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください。私に策があります」

「策? あんたみたいな華奢な嬢ちゃんにあいつらに勝てる策があるのか」

「成功するかはわからないですが……」


 策といっても、一度も試したことのないもの。本当に通用するかどうかはわからない。


「駄目だ。そんな無茶をさせる訳には……」

「お願いします。行かせてください」


 少し考え込んで、口を開いた。


「……わかった。行ってこい。負けるなよ、嬢ちゃん!」


 送り出されるのは今日だけでも二度目。期待されているのも然り。

 成功させなければという使命感に駆られ、馬車から降りてからも緊張は絶えない。


 それでも奴らはへらへらと近付いてくる。


「あれれ〜? 馬車から誰か降りてきたと思ったら、こんなちっこいガキとか、笑えるわー」

「見るからに弱そうじゃん」

「とっとと潰しちまおうぜ!」

「いや、見てみろ。案外可愛いぞ? 今夜はこいつか? ガハハ!」

「ちょ、俺のだぞ。取るなって」


 心底呆れた。


 同じ人間だから少しは同情してやろうかとも思ったが、その思いは儚くも散っていった。

 もう救いようのない人間だ。


 遠くの方で、おじさんがこちらを見守っている。

 あのおじさんを守るためにも、これ以上被害を及ぼさないためにも、ここで。

 殺したりはしない。殺す気はない。けれど、殺さないという保証はない。


 何分これが初めての戦いなので。


 さあ、フィアナの初めての戦い――初戦に勝利の華を飾っていただこうか。

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