3-14.スリングの練習
「わー、お肉だー」
「「「肉ぅうううう」」」
中集落でエラや子供達の歓喜の叫び声がこだまする。
今日はお爺さんが麓まで鳥君対策の話し合いをしに行くので、オレは中集落に預けられたのだ。
前回のように朝ご飯をご馳走になり、子供達と一緒に野山を駆け巡る。
今回は体力作りと割り切って、全力で取り組んだ。
「今日は頑張るじゃん」
「まだまだ、だけどなー」
悪ガキ達の体力が凄い。
オレと同じくらいなのは、同い年のハイノ君くらいだ。
「セイ、お爺さんが迎えに来たよ」
お昼を食べ終わってまったりしていたら、お爺さんが戻ってきた。
「あれ? ミリアお姉ちゃんは一緒じゃないの?」
今日は朝ご飯に合流しなかった。
「ミリアは隣山の牧場に行っている」
子山羊が攫われるような山には、安心して山羊達を連れて行けないという事らしい。
「もう、山の牧場は使わないの?」
もし、そうだったら、申し訳なさすぎる。
「それはない。狼煙で魔狩人達を呼んだ。あいつらなら魔鳥を退治してくれる」
魔狩人か、この機会に会えないかな?
ミリアの魔力量改善に使えそうな最弱の魔獣を尋ねたい。
◇
「それは何?」
中集落を出る時に、フリーデさんから篭を受け取っていたので聞いてみた。
「ウサギ肉のお返しに貰ったものだ。今日の夕飯に出してやる」
篭の中身は、葉野菜やラッキョウっぽいモノの酢漬けとの事だ。
これで食卓は更に充実するね。
豊かな食生活がちゃくちゃくと実っていくのは、なんだかゲームみたいで楽しい。
山小屋に戻ったら、日課の掃除を行い、ちょっと休憩してからスリングを自作する。
普通にタオルを使ったスリングだと、石が布に引っかかって真っ直ぐに飛ばない。
「……思ったよりも難しいな」
何か使えそうなのがないかな、と思ってアパートから持ち込んだ品を詰めたインベントリの倉庫エリアに入って捜してみる。
大学時代に遊んだエアガンがあったけど、さすがにこれで狩りはできない。
――おっ。
「これなら使えそうかな?」
夏場にグラスの下に敷く布製のコースターを見つけた。
これの対角線に荷造り用の麻紐を通したらスリングっぽいのが作れそうだ。
さっそく作ってみたんだけど――。
「――ダメだ」
振り回す途中で石がどこかに飛んでいく。
さすがに二カ所を紐で結ぶだけじゃダメだったか。
ネットの叡智に頼りたいところだけど、さすがにスリングを使う状況を想像できなかったので、ノートPCにダウンロードした本や動画にそんなニッチなものはない。
「もう少し石をホールドする布を大きくするか?」
コースターだとちょっと小さいし、ハンカチを四つ折りにして裁縫道具で雑に縫って頑丈さを増す。
振り回した時に石がすっぽ抜けないように、四つ折りハンカチに麻紐を縫い付けよう。
石を載せてバランスを確認しつつ、ハンカチの麻紐に、投石用の長い紐を結ぶ。
DIYの材料は全部複製品だから、気軽に試せるよ。
その後も何度か失敗を重ねつつ、夕方までにはなんとか使えそうなものができた。
素人感満載だけど、一応完成だ。
「賢者ちゃん、ご意見を」
『
賢者ちゃんがアナウンサーの格好で、明後日の方向に注意事項を喋る。
まあ、日本にいた時にこんなのを作って、空き地や河川敷で使用したら、ポリスメーンにドナドナされてしまいそうだよね。
「ちょっとオヤツでも――」
収納巾着から飴を取り出して舐める。
草原に寝転んで休憩する。
「クゥも~」
飴の気配を感じたクゥが飛んできた。
クゥもオレの横に並んで寝転ぶ。
そうだ。
ミリアにも飴をあげよう。小さな飴用の壺を複製し、無難そうなミルク飴を詰める。
カラフルで透き通ったフルーツ飴だと問題が起きそうな気がするんだよね。
◇
「セーイ!」
山小屋の方からミリアが呼ぶ声が聞こえたので、収納巾着に自作スリングを収納して戻る。
「おかえり、おつ――新しい
会社の習慣で「お疲れ様」って言いそうになった。
そんな挨拶をする五歳児はさすがに怖い。
「新しい牧場はねー、他の山羊飼いの人が他にもいて、なんだかギスギスした感じで疲れたよー」
ぺたーっと抱きついてくるミリアの頭をよしよしと撫でる。
「これ食べて元気出して」
収納巾着から出した飴壺からミルク飴を取り出して、ミリアの口に投入してみた。
「ありがとー、って何コレ?! 甘い!」
「飴だよ。噛むんじゃなくて、舌の上を転がすようにしてみて」
「ほまい、ほむほーい、ほまひひょー」
飴を口に入れたまま、ミリアが興奮している。
「クゥも食べる~」
いつの間にかクゥが近くにいたので、クゥの口にも飴を入れてあげた。
「お爺さんも食べて」
「飴?」
「うん、鞄の中に入れてあったんだよ」
「わしはいい。お前達で食べなさい」
「それじゃ、ここに入れておくから、気が向いたら食べてね」
お爺さんが遠慮して食べないので、飴の壺を食料品の棚に入れておいた。
「大切なものではないのか?」
「うん? 旅の非常食として持っていたやつだから、全部食べちゃっても大丈夫だよ」
今は必要ないという意図が伝わるように言う。
「お前はもっと自分を優先しろ」
お爺さんがそう言って大きな手でオレの頭を撫でた。
まあ、ほどほどに優先するよ。
◇
翌日から、お爺さんが木こりに出かけるようになった。
オレは朝に中集落に預けられて、お爺さんの仕事が終わるまで、子供達と一緒に野山を駆け巡っている。毎朝の筋肉痛は、一人になったタイミングに
オレとしては自作スリングの練習をしたいんだけど、初日に練習をしていて子供達がマネをして怪我をした為に、フリーデさんに禁止されてしまった。
お爺さんの木こりは昼過ぎには終わるので、スリングの練習と休耕地の手入れをしている。
そんな日々が三日ほど過ぎて――。
「誰か来る~?」
スリングの練習をしていたら、クゥがオレの傍に来て警告してくれた。
「どのへん?」
「あそこー」
クゥが指し示す水源の方から、誰かが来るのが見えた。
毛皮を身にまとった成人男性っぽい感じの人達だ。
「お爺さん、誰か来るよ」
山小屋に走って戻り、お爺さんに報告する。
「そうか、来たか」
お爺さんには心当たりがあるらしく、作業を中断して男達が来る方に向かう。
「アーベル、お前達が来てくれたのか」
「それは来るさ。山爺の頼みだ」
聞き覚えのある名前だ。
「セイ、魔狩人のアーベルだ。魔鳥の退治に来てくれた。アーベル、この子は養い子のセイだ」
「はじめまして、アーベルさん」
髭もじゃだけど、剃ったら乙女ゲームに出てきそうな美形に変わりそう。
「しっかりした子だな。うちのアーサーに見習わせたいくらいだ」
「アーサー?」
「俺の養い子だ。母と余所から流れてきたんだが、この間の冬に母を亡くしてな」
どっかの王様みたいな名前だ。
案外、オレみたいな転生者だったりして。
「それで、魔鳥が出たのは?」
「山の
「分かった。納屋を借りていいか?」
「少ないが納屋の藁は好きに使ってくれ」
「それは助かる」
「夕飯も用意する」
「ならば、ウサギでも狩ってこよう」
アーベル氏は勝手知ったる感じで納屋に荷物を置くと、弓と矢筒だけを持って相棒氏と一緒に兎狩りに向かう。
見物したかったのだが、二人とも身体強化が使えるらしく、あっという間に走り去ってしまった。
「三匹ほど狩ってきた」
「さすがだな」
ものの一時間ほどでウサギを狩って戻ってきた。
さすがは本職。大したものだ。
「ウサギを狙う狼はいたか?」
「いや、今年は山の獲物が豊富だから、このあたりまで降りてきている形跡はない」
おっとそれは朗報だ。
「あー、アーベルさんだ!」
放牧から戻ったミリアが、アーベル氏を見つけて「わーい」と抱き付く。
なんとなくNTRっぽい気分を味わいつつ、今日は魔狩人二人を加えて庭で食事となった。
「変わった野菜だな?」
「――美味い」
「野菜嫌いのお前が珍しいな」
「美味いものは美味い」
「確かに苦みもないし、ほんのりと甘みまである」
日本の野菜にアーベル氏が驚き、相棒氏が目を丸くして絶賛していた。
「精霊様の気まぐれなの!」
「ほう? 本当にあるんだな」
アーベル氏も「精霊の気まぐれ」に遭った事はないようだ。
食後にアーベル氏から魔獣情報を聞こうと思ったのだが、ミリアが張り付いてお喋りしていたので、お爺さんと酒を酌み交わしていた相棒氏に話を振ってみた。
「この辺りで最弱の魔物?」
相棒氏が難しい顔をする。
「国境の谷に生息する魔蟲だな」
さすがにミリアに蟲を喰わせるのは抵抗がある。
「次点は?」
「その魔蟲を喰う魔鼠あたりか?」
「弓矢か魔法があれば、魔蝙蝠の方が弱い」
この世界のネーミングは雑だなー。
いや、銀鱗狼とか衝波地竜とかは普通だったから、これはたぶん魔狩人達の間での通称なんだと思う。
「なぜ、そんな事を聞く?」
「ちょっと必要で――」
「止めておけ」
相棒氏がオレの言葉を遮って言う。
「魔力を増やしたいのだろうが、お前の魔力量では魔蟲を一かけ喰っただけでも死ぬぞ」
まあ、今は密着結界で漏出魔力がほぼゼロになっているからね。
「お爺さんくらいの魔力量の人でも?」
「そうだ。一般的な村人でも、魔蟲を喰ったら命を落としかねん」
えー、一般的な村人がどのくらいか分からないけど、中集落を見た感じだとミリアの一八倍から三〇倍くらいの幅なんじゃないかと思う。
そのレベルの人でダメなら、安全なレベルまで希釈するしかない。
「誰か研究している人はいない?」
「研究を志す者は
――過去形?
「今はいないの?」
「皆、墓の下だ」
うわー、それは辛い。
「だから、止めておけ」
「うん、それが良さそうだね」
研究者なら、希釈して実験するくらいはしただろうしね。
欲しかった情報を得られたけど、ミリアの魔力量を増やすのに使うのはリスキー過ぎる事が分かっただけだった。
また、別のアプローチが必要になりそうだ。
翌朝、アーベル氏達はお爺さんと一緒に山の牧場に出発した。
さらば、鳥君。君の勇姿は忘れないよ。
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