3-13.野兎ハンター
素人の罠に掛かる兎はいなかった。
狩猟組合の指南書は読んだのだが、罠を作動させるバネが手持ちに無かったので、狩猟漫画に載っていた原始的なのを試してみたのだが、世の中はそんなに甘くなかったというわけだ。
なのに、なぜ、オレの手元に兎が三羽いるかというと、ウィッチ・ハンドで巣穴の兎を捕まえて引きずり出したからだ。
見えない兎を捕まえるのは、想像以上に難しい。
最初の一匹は力加減が分からずに肉塊になり、次の一匹も全身骨折で死亡していた。
三匹目でようやく力加減が分かって、捕れたのだ。
最初の二匹は複製魔法で、三匹目の姿に再生されている。
ちょっとだけ生命への冒涜を感じたので、命を奪った三匹のウサギの墓を作って冥福を祈っておく。
「――あれ?」
木鈴の音がする。
あれは山羊飼いの杖の鈴だ。
「クゥ、手伝って」
「お任せあれ~」
クゥに手伝って貰ってパッシブ・サーチすると、ミリアとお爺さんが山羊達を連れて戻ってくるのが分かった。
戻ってくるのが、昨日に比べて随分早い。
オレはインベントリの空きエリアに三羽のウサギを仕舞い、一足先に山小屋に戻ってウサギを一羽だけ出しておいた。
五歳児の身体で、大きなウサギを運ぶのは大変だからね。
「うわー、兎だ!」
「その兎はどうした?」
戻ってきたミリアとお爺さんがウサギを見て驚いた。
「石を投げて遊んでたら、当たった」
「うわー、すごいね!」
ミリアがなんの疑いも無く喜んでくれる。
うん、君はいつまでも、純真なままでいてほしい。
「そうか……まあ、そんな日もあるか」
お爺さんが細かい事を気にしない人で良かった。
「今日は兎肉ね! 楽しみだな~」
ミリアが踊り出しそうなくらいウキウキだ。
「そんなに好きなの?」
「だって、兎肉なんて一年ぶりだもん」
そういえばお爺さんが「兎はすばしっこいし、意外と頭がいい。罠を仕掛けても、めったに捕まえられん」とか言っていたっけ。
「セイは狩りの才能があるのかしら?」
「狩るつもりなく投げたのが良かったのかもしれん」
ごめんなさい、力業でやりました。
「そういえば、今日は早かったね。そういう日なの?」
早上がりの習慣があるのかなと思って聞いたらそうじゃなかった。
「違うわよ! もう、聞いてよ、セイ!」
ミリアがさっきとは打って変わってプンプンと怒り出す。
女心と秋の空って言葉は小学生女児にも当て嵌まるようだ。
「あの鳥がまた出たんだよ?」
「鳥って、鳥君――ボクを攫ってきたあの巨鳥の事?」
「そう、そいつ!」
さっと確認したけど、ミリアやお爺さんに怪我はない。
オレは内心で胸をなで下ろしつつ、何があったのか訪ねてみた。
「また子山羊を攫っていったの!」
鳥君め、前回ので味を占めたらしい。
「まったく、もう! 前の時もどれだけ怒られたと――」
「ミリア!」
エキサイトするミリアをお爺さんが制止した。
失念していたけど、前回の鳥君の子山羊誘拐で、ミリアやお爺さんが責任を問われていたらしい。
「気にするな、セイ。お前のせいではない」
いえ、オレのせいです。
お爺さんが慰めてくれるけど、あの場を去ろうとした鳥君の針路をねじ曲げたのはオレ自身だ。
子山羊がどのくらいの財産価値かは分からないけど、それに見合う補填はしたい。
子山羊の飼い主が早急な補償を求めてきたら、換金用の宝石をお爺さんに受け取ってもらおう。
「ごめんね、セイ。あたし、そんなつもりじゃ」
「ミリアは何も悪くないよ」
「そうだ。悪いのはあの巨鳥だ」
調子に乗った鳥君は、ちょっと分からせないとね。
その為にも、ミリアと一緒に山の
まあ、あんまり被害が増えるようなら、身体強化した状態で「体力が付いた」アピールをする事も考えよう。
「わしはミリアと一緒に麓まで降りて、子山羊の件を説明してくる。悪いが、それまで山小屋の周りで遊んでいろ」
お爺さんは兎を軒に吊り下げ、その首をナイフでサクッと切って血抜きを始める。
「戻ってきたら解体するから、そのままにしておけ。血には触るなよ。穢れが移るぞ」
お爺さんはそう注意して、ミリアと一緒に山羊を連れて山を下りていった。
『賢者ちゃん、穢れって移るの?』
『別にアンデッド化していないから大丈夫じゃない?』
なるほど、迷信か。
まあ、血は雑菌が繁殖しやすいし、手の擦り傷とかから感染したりしないように、そういう風に言い聞かせているのかな?
畑で雑草抜きと小石拾いをしていたら、お爺さん達が戻ってきた。
「セーイ! お爺さんが呼んでいるよ」
ミリアに呼ばれて山小屋に戻る。
屋外に置かれた作業台の上にウサギが固定されていた。
「自分で狩ったのだから、ウサギはお前が捌いてみろ」
――マジで?
「ウサギの捌き方なんて知らないんだけど?」
魚なら捌けるけど。
「やり方は教えてやる」
「なら、やってみる」
何事も経験だ。
お爺さんに手助けして貰いながら、おっかなびっくりでチャレンジする。
――グロい。
なかなか難しい。
死骸の暖かさがリアルだ。
獣臭はするけど、意外と臭くない。
握力がへたってきたのか、血や体液でナイフがすっぽ抜ける。
毛皮をズタズタにして、肉もボロボロになったけど、それでもなんとか解体に成功した。
もう、へとへとだ。
「頑張ったね、セイ」
ミリアが水の入ったカップを渡してくれた。
次からは事前に身体強化を使おう。
体力作りをしても、五歳児にウサギの解体は大変すぎる。
ウサギを持ち上げたり、裏返したりするのはお爺さんがやってくれていたけど、それでも幼児のやる事じゃないね。
「さあ、ご飯だー!」
ミリアのテンションが高い。
その日の晩は兎肉のシチューと兎のグリルだ。
グリルって網焼きだっけ? 骨付きモモ肉を串に刺して炙るのは串焼き? それとも炙り焼き?
まあ、料理名なんてなんでもいいか。
良い匂いがしてくると、ミリアはずっとそわそわし通しで可愛かった。
昨日の野菜より何倍も嬉しそうだ。
やっぱり、子供には肉だよね。
安定的にウサギを取るなら罠が一番なんだけど、狩猟関係の本をチェックした限りでは括り罠に使うバネがネックだった。
自作するにしてもそう簡単にはいかないだろう。
見た目からして、軸に針金を巻いただけでいけそうだけど、それだとバネの力が弱そうだ。バネの作り方くらい調べておけば良かった。
いっそのこと、スリングでも作って狩る方がいいかも。
スリングといっても、パチンコ――スリングショットの方ではなく、布に石を挟んで遠心力で投げる方の原始的なヤツだ。
インベントリの中には弓道やアーチェリーの道具があるけど、これらは五歳児に扱い切れないし、魔法と同じくらい出所の説明が難しい。
「できた? ねぇ、できた?」
「これくらいで良かろう。味見をしてみるか?」
「うん、する!」
「待て待て、まずはウサギを狩ってきたセイからだ」
「セイ! 味見だよ、味見!」
興奮したミリアがオレの服をぐいっと引っ張った。
ナイフの先にそいだ肉が載っている。
あいかわらず、ワイルドな生活習慣だ。
肉をつまんで口に運ぶ。
塩味だけど、淡泊で意外と美味しい。
咀嚼していたら、ミリアがまじまじとオレを見ているのに気づいた。
「――美味しいよ」
「でっしょー? お爺さん、美味しいって!」
「うむ、ミリアも味見してみろ」
「はーい!」
ミリアがちょっと大きめの肉片を貰って口に運ぶ。
目を細め、口元が歓喜のカーブを描く。
「おいっしぃいいいいいいいい」
ミリアの歓喜が爆発した。
くぅうううっと唸りながら、両手をぶんぶん振り回し、ドンドンと足踏みをして感動を表している。
うん、ここまで喜んでくれれば、犠牲になったウサギ君達も本望だろう。
夕飯は昨日のメニューにウサギ肉の炙り焼きが加わった感じだ。
ミリアは終始ハイテンションで、お爺さんも上機嫌で珍しく秘蔵のお酒を出してきてちょっとだけ飲んでいた。見た感じ、山羊のミルクで作った発酵酒っぽい。
「もっと焼こうよ~」
「残りは中集落と子山羊の持ち主に配るからダメだ」
「なら、仕方ないね」
子山羊の持ち主に詫びとして届けるのは分かるけど、一キロほどの肉を中集落にまで配らなくてもよくない?
なんて思ったけど、ご近所付き合いは大事らしい。
「でも、子山羊の肉だと勘違いされないかな?」
「それはない。味も色もが全然違う」
子山羊の肉なんて見た事ないから分からないけど、お爺さんがそういうならそうなんだろう。
「ミリアお姉ちゃん、また狩ってくるから」
だから、肉をこそぎ落とした骨をカジカジと囓るのは止めてください。
「うん、期待してるからね!」
ならば、その期待に答えてみせよう。
さすがに毎日だと疑問に思われそうだから、二、三日に一回くらいのペースにしておこうかな。
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