3-12.環境改善は一日にしてならず


「それじゃ、わしはミリアに昼飯を届けに行ってくる。山小屋の近くで遊ぶんだぞ?」

「はーい!」


 次の日、午前中はお爺さんの木工を見学しつつ、オレも興味があったので木片を彫って遊ばせてもらった。

 残念ながら、オレには木工の才能はないみたいだ。


 お爺さんを見送り、家を軽く掃き掃除してから、トイレを浄化魔法で清掃しておく。


「セイ、お仕事終わった~?」

「掃除なら終わったよ」


 クゥがふわふわ寄ってきたので、魔力とフルーツ飴を与える。


「あめうま」


 ころころと飴を頬袋で転がすのを見守り、菜園でストレージに収納してあった肥料を取り出す。

 パッケージに野菜の絵が描かれた二〇リットル・サイズの大きなヤツだ。


「クゥ、土のおじさんを呼んでくれる?」

「おっけー」


 クゥが昨日と同じような踊りでモグラの土精霊を呼び出す。


「もう肥料が用意できたのか?」

「うん、これでいい?」


 肥料の封を開け、土精霊に見せる。


「なかなか良い肥料じゃな」


 土精霊はくんくんと肥料の臭いを嗅ぐと、満足そうに頷いた。


「報酬は先渡しじゃ」

「はい、これでいい?」


 オレは昨日と同じ量の魔力と、インベントリから出しておいたモルトウイスキーを土精霊に渡す。

 ウィスキーボトルのラベルなんかは浄化魔法で剥がしたけど、瓶や封にに直接刻まれた刻印や文字はそのままだ。


 土精霊がキュポンとコルク栓を抜いて臭いを嗅ぐ。


「一級品じゃな」


 肥料を渡した時の何倍も満足そうな顔だ。


「これに負けぬ仕事をせねばな」


 土精霊が大きく開けた口の中に、栓を填め直したウィスキーボトルを納めると、何事もなかったかのように肥料を畑にぶちまけ、土色の波紋をみょんみょんと放つ。


 しばらく見守っていると終わったようで、乾いた砂っぽい感じの土が、腐葉土みたいな黒っぽい感じに変わっていた。


「菜園の地力を回復した。これで来年までは問題ないぞい」

「うん、ありがとう」


 ついでに、井戸掘りや水路作成の打診をしてみた。


「報酬さえ貰えば手伝ってやらん事もないが、わしには水源がどこかなど教えてやれんぞ?」

「そうなの?」


 土の中ならなんでもお見通しみたいな感じなのに。


「それは水の領分じゃ。水精霊にでも相談するがいい」

「分かった、そうするよ」


 オレが頷くと、土精霊は話は終わったとばかりに土の中に消えてしまった。





「賢者ちゃん、水源を調査する魔法ってない?」

『水源? 確かあったはずだけど――』


 脳内賢者ちゃんが泉の女神様みたいなトーガ姿で現れた。


『ごめん、魔法はあるけど、思い出せないみたい』

「別に、謝らなくていいよ。忘れたのはオレなんだし」


 賢者ちゃんにしょぼんとされると、いたたまれなくなる。


「そうだ、クゥに水精霊の知り合いはいない?」

「いるよ~」


 おっと、クゥは意外と顔が広い。


「会えないかな?」

「水のお姉さんは川や湖にしかいない~」


 ここからだと、飲み水を汲みに行く水源が一番近いけど、あの辺まで行くのは禁止されているんだよね。


 勝手に行くのが手っ取り早いけど、それはお爺さんを心配させる事になる。

 被保護者の立場でやるのは褒められた行動じゃない。


 とりあえずは、水源の辺りまで散歩してもいいって許可をお爺さんから得るのが早道かな。


「……まずは体力作りかな」


 走り回るのが早道だけど、それも生産性がないし――。


「そうだ」


 インベントリから山羊のミルクを入れたペットボトルを取り出す。

 朝起きた時に、「お昼用」という事で余分に絞っておいたミルクを移したモノだ。


「バターになれ!」


 ペットボトルをシャカシャカ振る。


「しゃかしゃか~」


 クゥがオレを真似てシャカシャカと両手を振る。

 なんだかダンスみたいで可愛い。


「ダメだー!」

「だー」


 腕が死ぬ。


 お爺さんがバター作りは「若者にしか無理」って言うはずだ。

 オレはウィッチ・ハンドの魔法を唱え、オレの代わりにペットボトルをシェイクさせる。


 集中力がいるけど、手でシェイクさせるより百倍楽だ。


「できないなー」


 一〇分くらいシェイクさせたけど、できる様子がない。

 そういえばシェイクさせるだけで「バターができる牛乳」と「バターができない牛乳」があるとか聞いた事がある。


「賢者ちゃん、山羊のミルクってシェイクさせるだけじゃできないの?」

『そんな事ないでしょ。わたしはやった事ないけど、お爺さんが作った事があるって言っていたじゃない』


 ホルスタイン柄の衣装を着た賢者ちゃんが指摘してくれた。


「なら、もう少し頑張ってみますか」


 それから二〇分ほど頑張ったら、ペットボトルの側面に白いのが凝固しだした。


「おおっ、できてきた?」

「がんば~」

『セイ、頑張って!』


 クゥと賢者ちゃんが応援してくれる。

 飽きたのか、クゥはもうシャカシャカ音頭は踊っていない。


「こんなものかな?」


 さらさらの液体を別のペットボトルに移し、作業していたペットボトルの上部をカッターナイフで切断する。


「少ないなー」


 一〇グラムもない。

 パン一枚に塗ったら終わりだ。


「まあ、何日か続けるか」


 フレッシュバターはタッパーに入れて冷蔵保存しておこう。


『頑張って、セイ』


 応援してくれる賢者ちゃんが何か言いたそうだ。


「何?」

『大したことじゃないんだけど――元々は体力作りをするって言ってなかった』


 忘れていた。


 そうだ。そっちが主題だったのに、すっかり忘れて熱中していた。


「ありがとう、賢者ちゃん」

『いえいえ、どういたしまして』


 オレは座りっぱなしで凝り固まった身体を軽いストレッチでほぐす。


「さてと――」


 オレの視界に荒れたままの休耕地が映った。


 ――そうだ。


 ここを整備して体力を付けるとしよう。


 軍手を填めて休耕地の雑草を抜き、たまに落ちている石を拾う。

 休耕地の外に、雑草や石を投げ捨てるのも、なかなか運動になった。


 楽しそうに見えたのか、クゥも一緒に手伝ってくれる。


「農家って大変だな」


 さっきから頑張っているのに、ぜんぜん終わる気配がない。

 まあ、五歳児とモモンガのペアでそう簡単に終わるわけないか。


 整地用の魔法で一気に進めたい欲求がムクムクと湧き上がってくるが、あれは耕作地には不向きなんだよね。

 未開の荒野を切り開くなら、整地魔法で平坦にしてから耕すって技もあるんだろうけどさ。


「腰が痛い」


 オレが腰をトントンとやると、クゥも一緒に伸びをして腰を叩く仕草をまねる。


 ペットボトルの水を飲み、クゥにはキャップをコップ代わりに水をあげる。


「にゅ」


 クゥがびくっとした。


 お爺さんが帰って来たのかと思ったけど、違った。

 クゥの視線の先、草の間から、ぴょこっとウサギが顔を覗かせていた。


「ウサギか」


 前にミリアと見つけた時は、ウサギを追いかけて捕まえようとしていた。

 そういえば、ミリアが美味しいって言っていたっけ。


 ウサギはこっちを警戒している。


 手で捕まえるのは無理だけど、ウィンド・カッターや散弾のマナショットなら余裕で狩れそう。

 まあ、どうやって狩ったんだって言われそうだからやらないけど。


「罠でいけないかな?」


 そんな知識はないので、狩猟漫画や猟友会のホームページで色々とダウンロードしたヤツを読んで、罠を仕掛けてみよう。


 待ってろ、兎達!


 成長期のミリアやオレの礎となれ!



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