3-11.精霊の気まぐれ


「なんだ、これは?」


 大地の精霊がえいやっと種や苗を収穫できるほどに育ててくれたので、お爺さんを呼んできて見せてみた。


「地面の中から出てきたモグラのお爺さんが育ててくれた」

「モグラのお爺さん? 精霊様か?」

「んー、たぶん?」


 お爺さんが思ったよりも、すぐに精霊のやった事だと分かってくれた。


「これが『精霊様の気まぐれ』か……」

「よくある事なの?」


 だったら、楽なんだけど。


「いや、わしも実際に目にするのは初めてだ」

「そっかー」


 それは残念だ。


「もしかして、トイレが綺麗になっていたのも精霊様が?」

「綺麗になってたの?」


 丁度いいので、とぼけてみた。


「セイはまだ見ていないか? 臭いもなく、磨き上げられたように綺麗だぞ」


 お爺さんが嬉しそうに言う。


 浄化魔法を加減したつもりだったけど、まだ効果が高かったようだ。


「早く見てみろ」


 興奮した様子のお爺さんに促されてトイレを見物に行く。


「ほんとうだ。くさくないね」

「そうだろうそうだろう」


 棒読みにならないように注意しながら、お爺さんに感想を言う。


「後で精霊様に山羊のミルクをお供えしなくてはいかんな」

「精霊はミルクが好きなの?」

「昔からそう言われているぞ。家の軒先に、ミルクと堅焼きにしたビスケットを供えると良いと言われているな。ビスケットはないから、パンも供えてみるか」

「へー、そんな風習があるんだ」


 信心深い人が、お地蔵様とかにお供えするような感じかな?





 お爺さんと二人で今日食べる分の野菜を収穫していると、遠くから山羊飼いの杖の音が聞こえてきた。


「ミリアが帰ってきたようじゃな」

「もう、そんな時間なんだね」


 篭を地面に置いて伸びをする。

 収穫で慣れない筋肉を使ったせいか体中が痛い。


「わあ、どうしたの? その野菜!」

「精霊の気まぐれだ」

「え? 本当にあるんだ。子供に聞かせるお話だけかと思った」


 ミリアが目をぱちくりさせている。


「山羊達を返しに行くついでに、この篭の野菜をなか集落にお裾分けしてきてくれ」

「はーい!」


 篭を受け取ったミリアが元気よく山羊達を連れて山を下りる。

 なるほど、三人で消費するにしては多いと思ったら、ご近所さんへのお裾分けだったのか。


「フリーデ達には世話になっておるからな」


 お爺さんがそう言って、オレの頭を大きな手で撫でた。


 山小屋の山羊二頭を小屋に戻し、お爺さんと一緒に世話をする。

 山羊のミルクを絞る係を買って出て、山羊にちょっと嫌がられながらも、なんとか役目を果たす事ができた。


 ふらついていたせいか、ミルクを運ぶのはお爺さんがやってくれた。


「水を汲んでくる。ミリアが戻るまで、休憩しているんだ」

「うん、分かった」


 お爺さんがそう言ってバケツを片手に水源の方に歩いて行った。

 今日はできなかったけど、水汲み問題も解決しないとね。


 視線を巡らせると、庭先の薪割り場に今朝は無かった薪の山がある。

 オレが土精霊と話している間に割ったモノだろう。


「お爺さん、働き過ぎ」


 それを眺めていると、ミリアが戻ってきた。


「ただいまー!」

「おかえり、ミリアお姉ちゃん」


 ミリアとハイタッチを交わす。

 こっちにもハイタッチっぽい習慣はあるようだ。


「見てみて、セイ」


 ミリアが何かに気づいた。


「これこれ、お爺さんがセイに作ってくれたんだよ」


 薪を割る台の横には、椅子と小さなコップがある。


「コップを持ってみて――やっぱり、セイの手の大きさにぴったり」

「本当だ」


 飲みにくそうにしているのに気付いていたらしい。

 椅子もオレ用らしく、家にあるのより長い足の途中には、梯子のような二つの段があり、背の低いオレでも楽に座れるように工夫してある。


 お爺さんに感謝。後でお礼を言おう。


 体力が回復したので、ミリアと手を繋いで山小屋に戻る。


「お爺さんは手先がとっても器用なの。丸太から色々な食器や家具を作って、行商人さんに売るの!」

「丸太から?」

「うん! エラのお父さん達やお爺さんが切ってくるの!」


 何日かに一度、中集落の人間と樵をするらしい。


「切った木は一年くらい乾燥させるんだって。冬は雪が降るから、その前に屋根の下に隠すんだよ」


 ミリアがちょっと得意そうに教えてくれる。


「お爺さんが戻ってくるまでに、夕飯の準備をしようか」


 火熾しをして、鍋に水を入れて湧かす。


 その間に、オレは野菜を洗っておく。


「いつもはお芋だけだけど、今日は他のお野菜も入れようか――変わった野菜だね? 知らないのが多いや」


 そういえば、収穫した野菜は日本産だったっけ。

 今回栽培したのは、ニンジン、ほうれん草、小松菜、大豆、ソラマメ、トマトだ。


「こっちの赤い実は果物みたいにカットして食べよう。豆や他の野菜はシチューの具にしたらいいよ」

「セイは使い方を知ってるの?」

「うん」

「偉いね~」


 ちょっと身構えたけど、ミリアはすんなり納得して調理を始める。

 お爺さんの孫だけ合って、ミリアもノー・まな板らしい。ニンジンの皮も剥かずに直接カットだ。


 そんな予感がしたので、先に洗っておいて良かった。


 シチューの準備が終わったら、お爺さんが買ってきたパンをスライスして準備完了だ。


「ねぇ、ミリアお姉ちゃん。普通のご家庭でパンを焼いたりしないの?」


 この家にパン窯がないのは見て分かるけど、一般家庭にあるのが当たり前なら、この家にも増設してやりたい。


「しないしない。だって、パン窯があるのは麓のパン屋さんの家だけだもん」

「そっかー」


 そういえば中世ヨーロッパではパン屋ギルドがあったとかTRPG好きの友人が言っていたっけ。


 そんな話をしていたら、水汲みに行っていたお爺さんが戻ってきた。


「戻ったぞ」

「おかえりなさい」


 ミリアがバケツを受け取って、水甕に水を流し込む。


「ミリアはトイレはもう見たか?」

「え? トイレ?」


 ミリアが首を傾げ、お爺さんがオレを見る。


「ごめん、言うの忘れてた」


「何?」

「見てくるといい」


 訝しげな顔をしつつも、ミリアがトイレに行った。


 すぐにドタバタと慌てる音が聞こえ、猛スピードで戻ってきたミリアが扉を乱暴に開いた。


「何あれ! トイレが臭くないし、すごく綺麗になってる!」


 ミリアの目がキラキラしている。


「あれも『精霊の気まぐれ』だ」

「すごい! 精霊様、ありがとー!」


 お爺さんがドヤ顔で言うと、ミリアがハイテンションで扉の外に向かって叫んだ。


 クゥがびっくりした顔で屋根裏部屋から覗いている。

 まあ、この場合の精霊さんはオレの事だね。


「あとで精霊様に、感謝の供物くもつを捧げよう」


 お爺さんがそう言うとミリアも同意した。

 軒下に供えられたミルクとパンは、誰にも食べられる事はないだろうけど、その気持ちはクゥを通じて精霊達に届いたと思う。


「うわっ、この赤いお野菜も豆も凄く美味しいよ!」

「大きい豆が特に美味い」

「うん、お豆なのに柔らかいよね。こっちの葉っぱも苦くないし、美味しいね」


 日本の野菜はミリアとお爺さんに好評だ。


「今日は食後の果物まであるんだね。なんだか、お貴族様にでもなったみたい」


 一つのトマトを三人で分ける。

 日本でも中央のゼリー部分を苦手とする人がいるから、どうかなと思ったけど、ミリアもお爺さんも気にした様子もなく、美味しそうに平らげた。


「ふぅ、満腹。こんなに幸せでいいのかしら」


 ミリアが満ち足りた顔でお腹をさする。

 お爺さんも満足そうだ。


「収穫の秋ならともかく、春にこれだけ食えるのは珍しいからな。『気まぐれ』を起こしてくれた精霊様に感謝するんだぞ」

「うん、精霊様、ありがとう!」


 ミリアが立ち上がり、天井に向かって感謝の言葉を叫ぶ。


「ほら、セイも一緒に!」

「う、うん」


 こっちに飛び火した。

 オレは羞恥心に耐え、ミリアと一緒に精霊への感謝を叫ばされた。


 テンションの高い小学生のノリは、おっさんには辛い。


 その日は、晩ご飯の間どころか、ベッドに入ってからもミリアは興奮しっぱなしだった。


「セイ、すごいよ! 布団も臭いがしない!」

「精霊様って凄いんだね」

「うん、感謝だよ!」


 ミリアが丸窓から精霊に感謝の祈りを捧げる。


 その背後で――。


『クゥ、凄い~?』

『うん、クゥは可愛いし、凄いよ』


 こっそりとベッドに忍び込んだクゥが、オレの手から魔力を受け取っていた。


「精霊様ー! ありがとー!」


 お爺さんに「早く寝なさい」と叱られるまで、ミリアの感謝の叫びは続いた。

 まあ、これだけ喜んでくれたら、色々とやった甲斐があるってものだね。


 明日からも環境改善を頑張ろう!



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【あとがき】

 拙作「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」28巻が本日(2023/6/9)発売です!

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