3-10.土のおじさん

「クゥ、土のおじさんって誰?」

「土のおじさんは土のおじさん~?」


 クゥに「畑の作物を実らせる方法」を相談して出てきた「土のおじさん」について尋ねてみたのだが、クゥにはオレの質問がよく分かっていないようだ。


『賢者ちゃん、分かる?』

『たぶんだけど――』


 大きな花の花弁はなびらに腰掛けるフェアリー衣装の賢者ちゃんが可愛い。


『――土のおじさんって、「大地の精霊」の事じゃないかしら?』

『ああ、他の精霊って事か』


 オレは賢者ちゃんにお礼を言ってから、クゥに向き直る。


「クゥ、おじさんに頼める?」

「お任せあれ~」


 クゥがキラキラした光をまき散らしながら、軽快なステップで踊り出す。


 思わずスマホを取り出して録画する。

 途中でヨーゼフお爺さんの事を思い出したけど、山小屋の向こうからコーンコーンと薪割りの音が聞こえているので大丈夫だろう。


「おいでませ~」


 クゥがシュタッと着地して、パンパンと地面を叩いた。

 緑色の風が渦巻き、キラキラと光が散る。


 なおもパンパンと地面を叩くクゥを見守っていると、ぼこっと地面が盛り上がった。


「なんじゃい、やかましいの」


 地面に空いた穴から、小さなモグラのお爺さんが出てきた。

 モグラの身体に、白雪姫に出てくる七人の小人みたいな服を着込んでいる。


「こんにちは、大地の精霊さん」

「ガキは嫌いじゃ」


 お爺さんが慌てて穴に逃げ込んだ。


「帰っちゃダメ~」

「ガキは騒がしい」

「セイは騒がしくない~」


 クゥがお爺さんを引き留めてくれる。


「精霊さん、できれば話を聞いてもらえませんか?」

「しかたないのう。風の小僧の頼みじゃし、聞くくらいはしてやろう」


 お爺さんが聞く姿勢になってくれたので、畑の作物を実らせる方法を尋ねてみた。


「変わった作物や種じゃの? ずいぶん遠方の植物じゃ」


 さすがは大地の精霊。このあたりの植物じゃないのを一瞬で見抜いた。


「わしが力を貸せば簡単に育つが――」

「――本当?!」

「寄るな。騒がしい」

「ごめんなさい」


 おっと、即反応しすぎた。


「力を貸していただけませんか?」

「ダメじゃ。お前には対価を払えん」

「対価というのは? クゥみたいに飴とか?」

「飴? そんなものはいらん。精霊への対価と言えば魔力に決まっておろう。それとも、大地の力を宿した宝玉でも寄越すか?」


 宝玉で該当するのは宝石かコランダムの塊くらいだ。


「魔力なら大丈夫だよ」

「ふん、貴様の薄い魔力を吸い上げたら、出涸らしみたいになっちまうわ」

「それは大丈夫だよ。これくらいでいい?」


 クゥに魔力を上げる時の感覚で、お爺さんに魔力を譲渡する。

 だいたい、マナ・ショット一発分くらいだ。


「なんじゃ、おぬし、魔法使いか」

「まーね」


 駆け出しだけど。


「人間にしては少し変わった魔力じゃが、まあ良かろう」


 変わった魔力?

 オレが転生者だからかな?


「<植物よ、育てプラァント・クリシェレ>」


 お爺さんが地面に手を突いて唱える。

 黄色と茶色の波紋が地面に広がっていく――。


「――ええっ?」


 種が発芽し、苗がぐんぐん伸びて行く。


 いや、待って。

 そこまで育ててとは言ってない。


「これでええじゃろ。収穫は自分でやれよ」

「あ、ありがとう」


 まさか、収穫できるところまで育ててくれるとは思わなかったよ。


『賢者ちゃん、どうしよう?』

『別にいいんじゃない? 「精霊の気まぐれ」なんて、そんなに珍しいモノじゃないわよ』


 そうなの?

 お爺さん達がそれで納得してくれるならいいけど。


『それより、その精霊とは契約しないの?』

『う~ん、気難しそうだし、もう少し仲良くなってから考えるよ』


 精霊もこき使われるのは嫌だろうしね。


「それにしても、すごいね」

「ふふん、大地の精霊に掛かれば、この程度造作もない」


 お爺さんが胸を反らして偉そうにする。

 モグラでも小鼻がぷくりと開くんだ。


 でも、こんなに急成長したら、土の栄養素がごっそり減って土地が痩せてしまうんじゃなかろうか?


「ねぇ、土の栄養を回復させたいんだけど――」

「図々しいガキじゃな。さっきの魔力ではそこまでしてやれん」


 せっかちなお爺さんが勘違いした。


「方法を聞きたかったんだけなんだけど、大地の精霊なら魔力だけでできるの?」

「むろんじゃ」


 それは凄い。


「肥料とかはいらない感じ?」

「むろん、あった方がいいに決まっておる」

「なら、用意できたらまた呼ぶよ。これは追加のお礼」


 オレはそう言って、もう一度、さっきと同じ量の魔力を譲渡した。


「ふん、前渡しとは気前がいいの。肥料が用意できたら呼べ。気が向いたら来てやる。今度は酒も用意しておけよ」

「酒はどんなのがいい?」

「人間の酒など、エールかミードくらいじゃろ」

「どっちが好き?」

「エールじゃな。蜂が集めた蜜で作るミードより、大地に根ざした麦から作るエールの方が好みじゃ」

「エールはないから、ビールかウィスキーを用意しておくよ」


 大地の要素が必要なら、蒸留したウィスキーよりビールとか日本酒の方がいいかな?


「それじゃ、わしは行くぞ。対価をきちんと用意しておけよ」

「分かった。今日はありがとう」


 お爺さんが穴に消えると、周りの土が集まって蓋になり、元のような平坦な地面に戻った。


「クゥも役だった~?」

「うん、もちろんだよ。ありがとう、クゥ」


 オレはそう言って、巾着から取り出した飴を、魔力と一緒にクゥにあげる。


「えへへ~、飴もセイの魔力も好き~」


 クゥがと笑う。


 クゥは可愛いな。

 オレはクゥの頭をかいぐりかいぐり撫でる。


「さてと――」


 オレの視界に、立派に育った野菜が映る。


「この野菜を、どうお爺さんに説明したモノか……」


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