3-9.まず、トイレ掃除から始めよ
「飴はプラ製の袋から出したら問題ないか」
オレは一〇〇均で買った小さな壺に、袋から出したフルーツ飴を一〇個ほど移す。
アパートでは梅干し入れに使ってたけど、こういうのも可愛くていいね。
これは後で収納鞄に入れておこう。
う~ん、五歳児が持ち運びしやすいサイズの収納鞄がほしいな。
日本から持ち込んだ鞄はこっちじゃ目立つし、山小屋にある袋は年期が入りすぎているし――そうだ。いいのがあった。
オレは収納鞄に最初から入っていた袋類をインベントリから取り出す。
この中に確か――巾着袋サイズの小袋の中から丈夫そうで、なおかつ高級そうに見えない袋を選ぶ。
「賢者ちゃん、この袋を収納鞄化できるかな?」
『これを? こんな普通の袋だと、せいぜい一〇倍くらいの容積にしかできないよ?』
それでも幼児が背負うような小さめのリュックくらいの容量はある。
「それで十分だよ。この魔晶石でもいける?」
『十分よ。その容量なら、使うのが勿体ないくらいね』
「別にいいよ。魔晶石を後生大事に持っていてもしかたないし」
今は便利さの方が重要だ。
山小屋から見えない窪地で、収納鞄の作成準備をする。
魔法陣はインベントリとは比べものにならないくらいシンプルだ。
「賢者ちゃん、使用者限定にできる?」
『このルーンをここに追加したらいけるよ』
賢者ちゃん先生がいると改良も楽々だ。
オレはインベントリから取り出したノートPCの
やっぱり、この手の作業はCADが向いている。
三〇分と掛からずに作製できたので、それをモバイルプリンターで印刷した。
魔法陣を印刷した紙に魔晶石を置き、収納鞄化する巾着を裏返して横に置く。
魔法陣のインクに魔力を浸透させ、賢者ちゃんのサポートで収納鞄化の魔法を詠唱した。インベントリよりは遥かに楽だったけど、それでも
まあ、それでも巾着は問題なく収納鞄化できた。
魔法陣はプリントアウトできるし、魔晶石を自作できるようになれば、また作ってもいいかもね。
「まずは自分専用にして――」
これは普段から持ち歩く予定なので、飴の袋と水のペットボトルを収納する。
タオルとハンカチ、箱ティッシュとトイレットペーパーも入れておこう。ついでに、採取とかに便利そうな折りたたんだコンビニ袋も何枚か入れておけば完璧だろう。
◇
ちょっと横道に逸れてしまったけど、今日の本題は環境改善だ。
さっき挙げた中で一番処理したかったトイレに向かう。
オレはマスクを二重にして挑んだ。
「臭っ」
公衆便所よりも臭う。
二重マスクを通してこの匂いとは……。
普通にトイレ用洗剤で掃除するのは、気力が続きそうにない。
掃除中に意識を失って、肥だめに落下する未来が待っていそうだ。
仕方ない、言い訳は後で考えるとして、ここは魔法に頼ろう。
まずは消臭魔法で匂いを――。
「――無理」
あの悪臭の中で詠唱はできない。
オレはトイレを離れ、消臭魔法をチャージしてからトイレに挑んだ。
「悪臭さえ消せれば、こっちのもの!」
チャージしていた消臭魔法を解放してトイレの悪臭を解除し、浄化魔法で便器や周辺の茶色い染みを洗浄する。
全力でやれば一回で綺麗になるだろうけど、それをすると綺麗になりすぎるので、浄化範囲を最小限にしておいた。
肥溜めの中に浄化を掛けると、さすがに気づかれそうなので、そっちは携帯トイレの粉をまぶしておく。これでそうそう臭わないだろう。肥溜めの中は暗いし、バレないはずだ。
ここまで我慢していたので、綺麗になったトイレで用を足す。
和風っぽい便座の傍に、篭に入った葉っぱがあるのを見つけた。
このあたりでは見かけない広葉樹の葉っぱだ。
たぶん、用を足したら、この葉っぱでお尻を拭くんだと思う。
使い捨てで良かった。何かの漫画で見たような棒の先に縄を巻いたようなヤツでお尻を拭くとかだったら、きっと永遠に馴染めなかったと思う。
「まあ、トイレットペーパーを使うんだけどさ」
収納巾着から出したトイレットペーパーでお尻を拭く。
捨てた紙が真っ暗の中でも目立つので、ウィッチ・ハンドの魔法で汚物の中に沈めておいた。ウィッチ・ハンドの魔法に感触を伝える機能がなくて、今日ほど感謝した事はない。
「久々に、すっきりした」
鼻が麻痺しているかもしれないので、自分自身にも浄化魔法と消臭魔法を重ね掛けしておく。
「次は――」
山小屋の中に戻って、水甕の中の水と食器に浄化魔法を掛ける。
思った以上に綺麗になってしまったけど、お腹を壊す可能性を下げておきたかったのだ。
テーブルにも浄化魔法を薄~く掛けておこう。
続いてはしごを上って屋根裏部屋に行き、ベッドと寝間着に浄化魔法を掛ける。
パッシブ・サーチに人間サイズの反応があった。
たぶん、お爺さんだ。
他の場所の清掃作業はまた今度にしよう。
山小屋に帰ってくるまで時間があるので、菜園を見物に行く。
「狭っ」
老人と小学生女児が片手間に維持できるサイズなんだろうけど、一〇坪ほどの狭い畑だ。
家庭菜園よりは広いけど、三人分の野菜を自給自足するのはちょっと無理っぽい。それになんだかちょっと荒れた感じがする。
お爺さんはまだ遠いので、今のうちにノートPCを立ち上げて、高地で育つ野菜を調べてみる。
当然、ネット検索はできないので、あらかじめダウンロードしておいたファイルや電子書籍のチェックだ。
――書いてないな。
ネット検索だったら「標高 野菜名」で調べたら、どのくらいの高地が限界かとか教えてくれそうだけど、オレの手持ちの資料や電子書籍には載っていなかった。
どこかに隠し畑でも作って、複製した苗を植えて試してみるしかなさそうだ。
「いや、待てよ」
そんなに秘密主義にする必要はないんじゃないか?
コピーした苗をお爺さんに「村を出る時に貰った」と言って渡して、一緒に育てるのはアリな気がする。
オレは農協で買った苗や種を纏めてコピーしてみた。
今回コピーしたのはニンジン、ほうれん草、小松菜、大豆、ソラマメ、トマトの六種類だ。白菜の苗もあったけど、家庭菜園好きの母親が白菜を育てるのは難しい的な事を言っていたので、今回は候補に挙げなかった。
ジャガイモ、サツマイモは苗が売ってなかったけど、そのまま植えたら生えてこないだろうか?
まあ、初回は六種類でいいだろう。
これが美味く育てば、ビタミンやタンパク質をある程度確保できる。
まあ、そう上手くいかないだろうし、どれか一つでも育てば御の字って感じか。
◇
「こんなところにおったのか」
「うん、畑を見てたんだ」
お爺さんが山小屋へのコースを離れてこっちに来た。
「お爺さん、これ」
「なんじゃ? 何かの種と苗か?」
「生まれた村を出る時に貰ったんだ。ここで育てられないかな?」
「ここは山の上だし、水もあまりやれんからな……」
中集落の人達も畑は水が大量に必要だって言ってたっけ。
「ダメ?」
「いや、せっかくだから植えてみよう。いつもは半分くらいしか使っていないからな」
なるほど、それでちょっと荒れた感じなのか。
「だったら、ボクも手伝う!」
「そうかそうか、ならわしも頑張らんとな」
お爺さんと一緒に畝を作り、指示通りに種や苗を植えてみる。
畑仕事は初めてしたけど、疲れるし、凄く腰が痛い。
「わしは農具を片してくる」
お爺さんを手伝おうとしたけど、へとへとなのでお任せした。
お爺さんも腰をとんとんと叩いているし、寝ている間にこっそりと小癒を掛けてあげよう。
『賢者ちゃん、作物を育てる魔法ってないの?』
『あるけど、断片しか残ってないわ』
ベタなファーマー姿の賢者ちゃんが残念そうに肩をすくめた。
異世界モノのラノベや漫画なら畑に魔力を注入して解決とかが多いけど――。
『――ダメだよ、そんな事したら。作物がマナ中毒を起こして、植物型の魔物になっちゃうわ』
賢者ちゃんに叱られた。
やっぱ、そんなに単純にはいかないか。
「何してるの~?」
クゥがふらふら飛んできた。
「畑の作物を実らせる方法を考えていたんだよ」
「ふ~ん~?」
クゥが真横に
まあ、自然を司る精霊には意味不明だよね。
「土のおじさんに頼めば~?」
クゥが不思議そうに言う。
ちょっとクゥさん? そこんところをもっと詳しく!
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