3-8.山小屋の環境改善計画


「セイ、わしが戻るまで山小屋から離れるんじゃないぞ」

「水源までは行ってもいい?」

「それはミリアかわしが一緒にいる時にしろ。今日は山小屋が見える範囲にいるんだぞ」


 お爺さんが心配性だ。


「トイレに落ちんように気をつけろ」


 そういえば今日はまだトイレに行ってないな。


「お爺さん、トイレの排泄物って、畑の肥料とかにしているの?」

「お前は小さいのに難しい言葉を使うな」


 トイレの話が出た機会に聞いてみた。


「畑の肥料は暖炉の灰と枯らした牧草を漉き込むだけだ。トイレは溢れそうになったら埋めて、少し離れた場所に新しい穴を掘る」


 トイレの上物は、新しい穴の上に移動させるのとの事だ。


「お前は変な事が気になるんだな」

「そうかな?」


 まあ、五歳児はそんな事を気にもとめないか。


「お前は昼は食ったのか?」

「うん、お焼きと茹でイモを貰ったよ」


 イモは少し固かったけど、お焼きはなかなか美味しかった。


「そうか。パンを一切れ切っておくから、腹が減ったら喰え」


 お爺さんはそう言って、棚に残っていたパンをスライスして机に直置きした。


「わしは行くが、くれぐれも危ない事はするなよ」

「うん、わかった。山小屋の掃除でもしてるよ」

「そんなに気を遣わなくてかまわん。小屋の周りで遊んでいろ」


 お爺さんは大きな手でオレの頭をぐりぐり撫でると、ミリアの昼ご飯を持って山の牧場まきばに向かった。





 オレはお爺さんを見送りながら、今後の方針に頭を巡らせる。


 やりたいのは、衣食住の改善とミリアの魔力増強だ。


 最優先は住環境。

 最初に手を付けたいのは悪臭漂うトイレだ。これは消臭と浄化の魔法が使えれば、すぐにでも解決する。もしくはトイレ用洗剤とお掃除グッズで頑張るか。

 二つ目は日々の水汲みをなんとかしたい。老人と小学生女児には辛い仕事だ。

 三つ目は衛生面の啓蒙。まあ、これは時間を掛けて少しずつ慣れていってもらうしかない。

 四つ目はベッドの消臭。あんまり洗濯とかしないからか、けっこう体臭がする。これも解決方法は浄化の魔法だ。洗濯機は持ってきているけど、水道が前提だからまともに使えないだろう。

 五つ目はベッドの追加。相手が子供とはいえ、いつまでも同衾するのは心苦しい。

 六つ目は隙間の多い家の修繕。これはまあ、雨期までにやれば十分だろう。


 次に改善したいのは食事だ。

 一つ目はタンパク質の確保。今のところ山羊のミルクだけしかないので、肉か豆を確保したい。

 二つ目はビタミンの確保。まずは菜園の確認からだ。

 三つ目は食生活を豊かに。調味料の確保や色々な食材を入手できるようにしたい。まずはバターやチーズだろう。


 最後に改善したいのが衣類。

 一つ目は今着ている服のかび臭さをなんとかしたい。

 二つ目はミリアに、継ぎ当てのない新しい服を与えたい。なか集落でも継ぎ当ての服を着ている子は多かったけど、それとこれとは別だ。

 三つ目は冬になる前に、お爺さんやミリアに温かい衣服や寝具をゲットしてやりたい。

 四つ目はミリアの下着かな。第二次性徴が始まる前にブラジャー的なモノが必要だろう。


 ミリアの魔力増強は難問だ。

 まずは、最弱の魔獣が何かを調べる。次に魔獣を狩って、それを解体して肉を得て――いや待て、ミリアに与える前に、それが安全かどうか調べる必要がある。

 魔力の低いモノから順に与えて――って臨床試験というか人体実験が必要になるんじゃないか?

 誰か協力者が欲しい。できれば研究者とか。


『賢者ちゃん、魔力増幅の研究者とかいない?』

『いるけど、それは本職の魔法使いや貴族の魔力を増やす研究をしている人達であって、魔力が少ない一般人の魔力増幅を研究する人じゃないわよ』


 賢者ちゃんが白衣の研究者スタイルで答えてくれた。


『一般人でも魔力を増やしたいって人は多いんじゃないの?』

『それは多いと思うけど、そういう人達とは接点がなかったもの』


 まあ、大賢者様の立場じゃそうなるか。


『大賢者様は止めて』

『ごめんごめん』


 賢者ちゃんがご立腹だ。


 ミリアの魔力増強は協力者を探しつつ、最弱の魔物の情報を集める感じでいこう。


「だいたい、そんなところかな?」


 お爺さんが見えなくなったので、山小屋の中に戻る。


「クゥ、近くにいる?」

「呼んだ~?」


 声を掛けたらすぐに現れてくれた。

 クゥに手伝ってもらって、強化したパッシブ・サーチを使う。


 山小屋の周りには誰もいない。


 ――おや?


 ぴこぴこ動く小動物がたくさんいる。

 インベントリから出した双眼鏡で見回すと、ぴこぴこ反応が兎だと分かった。


 思った以上に、兎がたくさんいる。

 これくらいたくさんいるなら、週に二、三匹狩っても問題なさそうだ。タンパク源の一つとしてメモしておこう。


「掃除の前に――」


 扉付きの棚を開けて、お爺さんが麓でゲットしてきた品々を確認する。


 篭に入った新しいパンが五つと、大きな袋にいっぱいの芋、小袋にソラマメくらいの乾燥豆、陶器のビンが二つ。片方は酢漬けの野菜が入っていて、もう片方は塩が入っている。


「コピーしておくか」


 床にレジャーシートを広げ、その上に複製素材を置いて、食材を複数セットにコピーする。

 オリジナルはインベントリに保管して、コピーしたのを棚に戻す。余分なのはインベントリに退避して、こっそりと補充しよう。


「――あれ?」


 塩をコピーしようとして、壺の中に塩っぽくない色の粒を見つけた。

 よく見ると砂だ。お爺さんは悪徳商人に騙されたのか、砂入りの塩を買わされたっぽい。


 篩に掛けるのも面倒なので、塩を金属のボウルに移して、それを素材に小さな石をコピーする事で塩の中の砂を除去した。まだ残っているかもしれないけど、最初のよりはずいぶんマシになったはずだ。

 不純物を除去した塩を複製して、減った分を補充しておく。


「こっちの袋はなんだろう?」


 食材の横にあった袋には、銅貨が一枚だけ入っていた。

 思い出した。これは出かける時にお爺さんが持っていたお財布袋だ。あのときはジャラリと音がしていたはずだから、随分出費させてしまったようだ。


 さっき挙げた内容からは外れるけど、オレを拾った事で増えた経済的負担を軽減したい。

 お爺さんが換金用の宝石を受け取ってくれたら解決だったんだけど、それは拒否されたから次善の策を考える必要があるだろう。

 何か金策ができないか考えないとね。


「セイ、飴食べたい」

「どの飴にする?」

「フルーツ飴がいい~」


 インベントリから取り出したフルーツ飴をクゥに与える。

 ミリアにも飴やお菓子を楽しませてやりたいね。


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