3-6.中集落の人々(1)


「セイだったね。朝ご飯は食べてきたのかい?」

「うん、食べてきた」


 料理は屋外炊事場でまとめて作るのか、他の家の奥様達が集まってきて料理を始めた。

 小学校高学年くらいの女の子や高校生くらいの子達もいる。何人かの女の子は弟や妹らしき赤ん坊を背負っていた。奥様の中にはお腹の大きな人もいたし、異世界は子だくさんだ。


 エラさんもだけど、美人さんや可愛い子が多い。


 ここは映画の撮影現場なのか、と問いたくなるほどの美形率だ。


「誰だい、その子」

「山爺の養い子だよ」

「またかい。あいかわらず、お人好しだねぇ」


 フリーデさんが他の奥様達にオレの事を紹介してくれる。

 漏れ聞いた内容から、スープ当番のフリーデさん以外は朝から畑の世話に行っていたそうだ。


「畑なんてどこにあるの?」

「麓よりにあるのさ」

「あっちの方が水場に近いからね」


 水場?


 炊事場の横に、神社でよく見る石の手水ちょうず場みたいなのがあり、山の水源から流れ込んでいるらしき清水を湛えている。


「これは違うの?」

「このくらいじゃ足りないよ。畑は水をがぶ飲みするからね」


 そういうものなのか。

 農業はした事ないから、よく知らないんだよね。


「どこの子なんだい?」


 奥様が調理しながら尋ねてきた。


「生まれ? 大森林の向こう側」

「あはは、そいつはいいね」


 冗談だと思ったのか、豪快に笑われてしまった。


 それは別にいいんだけど、奥様達はちゃんとまな板を使って芋や野草をカットしている。

 まな板文化が無いわけじゃないようだ。


「あんたも食べるだろ?」


 奥様の一人が尋ねてきた。


 まな板を見ていたせいで、勘違いされたらしい。


「ボクはもう食べてきたから大丈夫だよ」

「子供が遠慮するんじゃないよ」

「小さな子供一人分くらい、なんて事ないさ」

「子供はいつだって腹を空かしているもんだからね!」


 フリーデさんや他の奥様まで一緒になって薦めてくれた。


「それじゃ、スープだけ少しいただきます」


 どんな味付けか少し気になるしね。


「まったく、遠慮しいな子だね」

「エラ、そろそろできるから、宿六どもを起こして」

「はーい」


 小学校六年生くらいのお下げ髪の子がミリアの友達のエラらしい。

 中集落に来た時に、ミリアと話していた子だ。


 エラは炊事場の傍にある板を木槌でカンカンカンと叩く。

 日本でやったら、苦情の電話が掛かってきそうだ。


 しばらくして、がたいの良い男達や男の子達がのそのそとやってくる。

 気のせいか男性も顔面偏差値の高い人が多い。全員じゃないけど。


 もしかしたら、こっちの世界は美形が多いのだろうか?


 転生したこの身体ムルゥー君が割とかわいい系の美少年に育ちそうな気配を感じてわくわくしていたのに、このままだと周囲に埋没してしまいそうだ。

 目立つポイントとしては、この青みがかった白髪はくはつだけど、ここの集落を見ていると緑髪や紺髪や朱髪なんかのカラフルな髪色が散見されるので、あまり目立つ物でもないっぽい。


 お年寄りもいるみたいで、杖を突いたお爺さんや女の子に介助されているお婆さんもやってくる。

 どうやら、お婆さんは目が見えないようだ。


「あー、さっきの不細工だ」


 それを眺めていたら、遅れてやってきた男の子達に絡まれた。


「本当だ。あのミリアなみに魔力が少ないぜ」


 さっきの悪ガキと、その兄らしき男子がオレの顔を覗き込む。

 そういえば、こっちの世界は魔力量で美醜が判定されるんだっけ。地顔が良い人が多いから、そっちに美醜基準がシフトしたのかな?


 ミリアを貶しているが、この子達の魔力量はお爺さんの三倍から五倍くらいだから、ミリアの一八倍から三〇倍ってくらいしかない。

 こうして列挙すると多そうに感じるけど、このくらいの魔力量だと、最低出力のマナ・ショットを放つのも厳しい感じだ。


「こら! ホルガーもヨハン兄も、小さい子を虐めない!」


 エラが腰に手を当てて、オレに絡んできた男子を叱る。


「さっさと座らないと朝食を食べさせないよ!」


 どうやら、朝食は四つの家の人達が集まって食べるようだ。

 朝食はパンと山羊のミルクを使ったシチュー、それから人によっては何かの干し肉のようなモノをポケットから出して囓っている。


「ほんとうにシチューだけでいいのかい?」

「うん、ありがとう」


 オレは礼を言って受け取る。

 どこに座ればいいのかと見回したら、エラが手招きしてくれたので彼女の横に座る。


「セイ、こっちがあたしの弟でハイノ。ハイノ、さっき言ったミリアの弟になったセイよ。二人とも仲良くね」

「よろしく、ハイノ」

「……ぅん」


 ハイノは人見知りらしい。


 ミリアを介して会話をし、ハイノ少年がこの身体と同い年の五歳だと分かった。

 見た目はハイノ君の方が少し体格がいい。


「ほらほら、しゃべってないで食べな。せっかくのシチューが冷めちまうよ」

「「はーい」」


 フリーデさんに叱られて食事をする。

 シチューはわりと美味しい。何かハーブが入っているのか、ヤギヤギしていない。


「山爺のとこの血か? ミリアよりも魔力が少ないんじゃないか?」

「ちょっと、お爺さん」

「事実じゃねぇか」


 お爺さんは口が悪いらしくて、フリーデさんに窘められても悪びれた風もない。


「小僧、耄碌爺もうろくじじいの言葉なんて聞き流せ」

「そうだぞ、頑張って飯を食って大きくなれ。身体がでっかくなりゃ、魔力が多少低くても山爺みたいに木こりになれる。そうすりゃ、魔力が少なくても嫁ぐらい来てくれるぞ」

「奇特な女を見つけるか、ミリアみたいに魔力の少ない嫁を探せよ!」

「お爺さん!」


 お爺さんはちょっとアレだけど、木こりの男達は気のいい人が多いみたいだ。


「坊や、気にしなくていいよ。お嫁さんはちゃんと見つかるからね」


 お婆さんがしわしわの顔でオレを慰めてくれる。

 黒目の所が白く濁っている。なんとなく白内障っぽい感じだ。


『賢者ちゃん、白内障とかって治せるの?』

『病名が違うから分からないけど、たいていの病は大癒グレート・ヒールで治るよ。それでダメでも万能治癒パーフェクト・ヒールがあるしね。診断魔法で何が原因で目が見えないか調べてからの方が、治癒効果が高いわよ』


 女医さんの格好で現れた脳内賢者ちゃんが質問に答えてくれる。

 まあ、そんな魔法を真っ正面から掛けたら大騒ぎになるから、治してあげるとしても、夜中にこっそりと忍び込んでやる感じだね。


「ほら、お爺さんが口汚く言うから、ご飯も食べられなくなったじゃない」


 おっと、脳内賢者ちゃんとの会話で手が止まったせいで誤解されてしまった。


「まったく、六〇歳にもなって、子供みたいなんだから」


 とばっちりで、お爺さんがフリーデさんに叱られている。


「――って、待って、六〇歳?! お爺さん、六〇歳なの?」

「なんじゃ、目玉が飛び出そうなくらい驚いて。わしが若すぎて六〇歳に見えんか?」


 いやいや、どう見ても七五歳くらいの外見なんだけど。


「もしかして、お婆さんも同じくらいなんですか?」

「ふおふおふお」

「女性に歳を聞くもんじゃないよ」

「ごめんなさい」


 フリーデさんに窘められてしまった。


「しわくちゃ婆さんのどこが女性じゃ。婆さんはわしより五つ年上じゃよ。昔は美人だったんじゃがなぁ」


 お爺さんが暴露した。


 五つ年上という事は、お婆さんは六五歳?

 どう見ても八〇歳越えというか、九〇歳と言われても不思議じゃないくらいに見える。


『賢者ちゃん、こっちの一年って、地球と大きく違うの?』

『同じくらいだよ。一ヶ月は大の月の満ち欠けが一周する三〇日だし、一年は三六七日で二日ほど長いだけだね。一日の長さはよくわかんないけど、同じくらいじゃないかな』

『それじゃ、平均寿命が違う感じか』

『地球っていうか、日本とは栄養事情が違うから。日本だって、数百年前は平均寿命が短かったんでしょ?』


 そういえばそうだね。


 昭和のモノクロ映画や特撮とかで、出てくるおじさん達の年齢に驚いた覚えがある。


「セイ、お代わりするでしょ?」

「え? もうお腹いっぱいだからいいよ」


 今回は食べながら賢者ちゃんと会話していたせいで、空になった皿にスプーンを入れてしまっていたらしい。


「遠慮しないの!」


 エラがオレの木の深皿を取り上げて、お代わりを入れてくれた。

 行動がフリーデさんとそっくりだ。


 オレは礼を言って受け取る。


 コロンカロンと木鈴の音を立てながら、山羊達と一緒にミリアが麓の村から戻ってきた。


「セイもご飯貰ってたんだね」

「ミリアも食べていくでしょ?」

「うん――やっぱ、いいや。二人で食べたら、ここの子達の分が無くなりそうだし」


 ミリアが途中から声量を落としてエラと会話する。

 オレに聞こえないようにだろうか?


「余計な心配はしなくていいよ。ちゃんと多めに作ってあるから食べていきな」

「そうじゃそうじゃ、不細工な上に胸も尻もないようじゃ、なおさら嫁のもらい手がないぞ」

「お爺さん!」


 お爺さんの余計な言葉でミリアが少し悲しそうな顔になる。


「母ちゃんが尻が大きくないと安産できないって言ってたぞ」

「母ちゃんは腹まででかいけどな!」


 悪ガキペアもお爺さん尻馬に乗って、それぞれの母親から拳骨を落とされていた。

 どうもこの二人の口が悪いのって、お爺さんの悪影響な気がする。


「ミリア、この悪ガキや爺さんの分まで喰っちまいな」

「うん、いっぱい食べる」


 ミリアが深皿にたっぷり注がれたシチューをやけ食いする。


「ミリアは可愛いよ?」

「ありがとう、セイ。そんな風に言ってくれるのはセイだけよ」


 オレはミリアの耳元で囁いて慰める。

 こんなに可愛いミリアを罵詈雑言で傷付けるのは許せない。


 とはいえ、よそ者で子供のオレが何を言っても一笑に付されるだけだろう。


『賢者ちゃん、魔力を増やす方法ってないの?』

『あるよ』


 オレの問いに、賢者ちゃんはあっさりと答えた。


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