3-5.中集落へ
「最善なんて、すぐに思い浮かばないなー」
山小屋の住環境改善をスパッと解決する良策はそうそう思い浮かばない。
やりたい事をリストアップして、できる事から順番にやるしかなさそうだ。
――そうだ。
竜の巣で手に入れた換金用の宝石を思い出した。
居候の対価じゃないけど、環境改善の為にお爺さんにプレゼントしよう。
現代日本ほどじゃないだろうけど、自由に使える現金があれば、食生活くらいは改善できるんじゃないだろうか?
『賢者ちゃん、どのくらい渡すのがいいと思う?』
『一番小さい宝石で十分だよ。あんまり大きいのを渡すと、魔法と同じくらい厄介事を招いちゃうよ』
人間の欲望は際限がないからと、ちょっと憂い顔の賢者ちゃんが忠告してくれた。
さくっと洗い物を終え、お爺さんが戻ってくる前に、素早くインベントリから小さな宝石を取り出す。
丁度、お爺さんが部屋から出てきたので、ここで宝石を渡す事にした。
「お爺さん、これを」
「なんだ、これは?」
オレの手の中の宝石を見たお爺さんが険しい顔になる。
「お世話になる人に渡しなさいって」
オレが。
「これは大切に仕舞っておけ。お前が大人になった時に、必要になる」
――え、困る。
お爺さんが立派な人なのは分かったけど、使ってくれないと困るんだよね。
「でも――」
「心配するな。幼いお前一人増えたところで、わしらの負担は増えん」
いや、そんな事無いでしょ。
子供一人でも食費は確実に増えるよ。
お爺さんが真摯な瞳でオレを見つめる。
――ああ、ダメだ。
きっと何を言っても翻意してくれない。
それが分かった。
「うん、分かった。でも、必要になったらいつでも言って」
「その時は必ず言う。だから、宝石の事は誰にも言ってはいかんぞ」
「ミリア――お姉ちゃんにも?」
「うむ、山羊にも言ってはダメだ」
なかなか徹底している。
「分かった、約束する」
お爺さんに換金用宝石を渡すのは、また時間を空けてからチャレンジしよう。
「何かお手伝いできる事はない?」
「皿洗いをしてくれただろう? それで十分だ」
この調子だと、用事を言いつけてくれそうにない。
「それよりも、これに着替えろ」
「これは?」
「息子のお古だ。お前の服は少々、人前に出すのはマズいからな」
「そんなに変?」
「お前の服は上等すぎる。変な噂が立っても困る」
そういえば昨晩ミリアもTシャツの感触に興奮していたっけ。
オレはお爺さんの持ってきた服に着替える。
長い間タンスの肥やしになっていたのか、ちょっとカビ臭い。
シャツや下着や靴下はそのままだ。
木靴も出してくれたけど、残念ながらブカブカだったので、いつもの靴にした。
「準備できたよー」
ミリアが呼びに来た。
オレは脱いだ服を軽く畳んで机の上に置く。
お爺さんは棚から出した大きな肩掛け鞄に、ジャラリと音がする袋をいれ、木の皮を編んで作った背負子を背負った。
「行くよー!」
ミリアと手を繋いで山を下る。
――ちょっとペース速くない?
そう考えた瞬間、つまずいてゴロゴロと転がってしまった。
密着結界があるから痛くないけど、なかったら擦り傷だらけになるところだ。
「大丈夫?!」
ミリアが血相を変えて駆け寄ってきて、オレの顔や手足を確認して傷が無いのを見て、ほっとした顔になった。
「ごめんね。もっとゆっくり下りるよ」
ペースダウンした速度で山を下る。
まだけっこう速いけど、さっきみたいに転ぶほどじゃない。
とはいえ、ちょっと息が上がってきた。山の暮らしは体力がいりそうだ。
明日からは「身体強化」の魔法をいつでも使えるようにチャージしておこう。
起伏に富んだ山道を延々と下り、山の牧場から山小屋に行くまでの間にあったような、断崖絶壁のひび割れみたいな狭い谷を抜けた先に四軒ほどの家々が集まる猫の額ほどの平地があった。
「あれが中集落だよ」
ミリアが家々を指さす。
「どうしてあんな場所に?」
「あそこは木こり達の集落だ」
言われてみれば、オレ達が住む山小屋の周辺と違い、この中集落の近くは木々がたくさん生えている。
後で知った事だが、斜面の少し下の方に山小屋とは違う水源の川があり、その川を使って麓の村まで木材を運んでいるそうだ。
「セイ、こっちだよ」
ミリアに手を引かれ、家々を巡って山羊を集める。
「今日は遅かったね」
「ごめんなさい、ちょっと転んじゃって」
「その子は?」
「セイ! うちの子になったの!」
――なんて会話が、家々で繰り返される。
こちらの世界は美形が多い。
九割以上が美形だ。
たまに早起きした悪ガキが「ブスが不細工を連れてるぞ!」「ふーふだ!」とか言ってはやし立てる。
「気にしちゃ、ダメ」
ミリアに手を引かれて次の家に行く。
悪ガキは嫌いじゃないが、ミリアを貶すのは許せない。いつか懲らしめてやろう。
「ホルガーとインゴは口が悪いんだから」
悪ガキはホルガーとインゴ。セィ、覚えた。
「セイ、こっちだ」
お爺さんが家から離れた屋外炊事場みたいな場所からオレを呼んだ。
横に恰幅のいい「肝っ玉かあさん」みたいな中年女性がいる。
「フリーデ、これがセイだ」
「へー、この子が
「はじめまして、フリーデさん。セイです。よろしくお願いします」
お爺さんが麓に行く間、オレをフリーデさんに預けるって話だったから、丁寧に挨拶した。
「随分しっかりしているね。何歳だい?」
「五歳です」
しまった。
五歳児の加減が分からない。
「見ての通り、手のかからない子だ。すまんが、昼頃まで預かってくれ」
「はいよ。昼飯も食わせておくから、ゆっくり用事を済ませておいで」
「そんなにはかからん。村長と話して、雑貨屋とパン屋でこの子に必要な物を買い揃えるだけだ」
「神官様も気にしていたよ。たまにはミリアと一緒に顔を出しておいで」
「――必要ない」
フリーデさんとお爺さんの会話に耳を傾ける。
お爺さんは宗教系が苦手なのかな?
「お爺さん、先に行ってていい?」
「わしの事は待たなくて構わん」
「はーい」
ミリアは中集落で集めた山羊達を連れて麓の村の方へと走っていく。
「わしも行く。セイ、困った事があればフリーデでも誰でもいいから頼るんだぞ」
「うん、分かった」
お爺さんがそう言い残して、ミリアの後を追って山を下りていく。
まあ、お昼までの間に問題なんてそうそう起こらないだろう。
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