3-3.山小屋の夕飯
「やっぱり、一回じゃいっぱいにならないや」
ミリアはバケツの水を水甕に移し、暖炉から下ろした鍋に半分ほど水を張る。
「あたしはもう一回、水を汲みに行くから、セイはその間、火の番をしていて」
「うん、分かった」
ミリアは説明をしながら、暖炉のフックに鍋を引っかけ、火起こしをする。
魔法や魔道具を使うのではなく、種火に藁を足して火を熾して、そこに枝や木片で火を大きくして、最後に薪を足す。
脳内賢者ちゃんによると、火力調整は鍋を引っ掛けるフックの位置を変える感じらしい。
なんともファンタジー成分が足りない事だ。
「お湯が沸いたら、フックの位置を変えればいいの?」
「そんな事しちゃダメ! 火傷したらどうするの! お湯が沸いたら、この火かき棒で大きめの薪を端に寄せてくれたらいいから」
「うん、分かった」
それくらいなら、非力なこの身体でもできそうだ。
ミリアがバケツを持って出かけてすぐに、お爺さんが戻ってきた。
「おかえりなさい」
「――ただいま。ミリアはどうした?」
「水汲みに行ったよ」
「そうか」
お爺さんは言葉少なに頷くと、棚から出した小さな芋を、汲み置いてあったバケツで洗うと、皮も剥かずに乱切りにして鍋に投入した。
まな板という文化がないのか、鍋の上に芋を持って行って、そのまま空中でカットしていたよ。
「お爺さん、この野草はどうするの?」
「鍋に入れよう」
お爺さんは野草を洗いもせずにそのまま鍋に投入した。
――ワイルドぉおおおお。
この衛生観念は慣れるのに時間がかかりそうだ。
オレがショックを受けていると、お爺さんが無言で立ち上がって出て行った。
トイレかな?
しばらくすると、水差しを持って戻ってきた。
生活用水を汲んできたのかと思ったら、水差しの中身は山羊のミルクだった。
いつの間にか家の中に入ってきていたクゥがミルクの匂いをすんすん嗅ぐ。
ミルクをぺろぺろと舐めた後は、興味なさそうに暖炉の前で寝そべっている。
お爺さんには見えないらしく、クゥの姿に反応しない。
「ただいまー、お腹減ったー」
ミリアが戻ってきた。
「――にゅ」
ミリアに気づいたクゥが暖炉の陰に隠れた。
ミリアの方もクゥに気づいたようだが、「しらんぷり」の態度を継続するつもりなのか、そちらを見ようとしない。
「食事にしよう」
お爺さんが棚から布の包み取り出す。
中身は大きなパンのようだ。ライ麦パンのような色合いをしている。
お爺さんがナイフでパンを切り分けてくれた。
もしかして、これはチーズを溶かして載せるパターンか?!
わくわくして待つが、チーズは出てこない。
夕飯は、山羊のミルクとパンと薄塩味な芋のスープだけのようだ。
育ち盛りには、タンパク質とビタミンが足りないと思う。
ちなみに、スープは木の深皿に入れてくれたけど、パンはテーブルに直置きだ。助けて、衛生メーン!
「質素でがっかりした?」
ミリアの言葉に首を横に振る。
「違うよ。暖炉でチーズを溶かすかと思っていたから」
「チーズ? チーズはすっごく高いから」
家内制手工業の世界では高価になるのも頷ける。
「作らないの?」
「前に作ろうとしたが、上手くいかなんだ。バターはできたが、あの労力を毎日できるのは若者だけだ」
確かミルクの入った入れ物をシェイクしまくるんだっけ?
老人と小学生女児には難しそうだ。
暖炉でとろりと溶かしたチーズをパンに乗せて食べるのはやってみたいから、インベントリの中にチーズの作り方が書かれた本がないか探してみよう。
「チーズは無理だが、夏になったら裏の菜園で野菜が取れる。それまでは我慢しろ」
「酢漬けの野菜は冬の間に食べ切っちゃったもんね」
なるほど、冬は酢漬けの野菜が普通らしい。
魔法による保存技術は一般には普及していないようだ。
「そうだ! 雪も溶けたし、またアーベルさんが肉を差し入れしてくれるかも」
「期待しすぎるな。わしらにはアーベルに返せるものが菜園の野菜と山羊の乳くらいしかない」
「はーい」
アーベルって誰だっけ――思い出した。確か、魔狩人とかいうファンタジーな職業の人だ。
「そういえば水場の近くには、兎がいっぱいいたね」
肉が食べたいなら自力で捕まえるのもアリだと思う。
「兎はすばしっこいし、意外と頭がいい。罠を仕掛けても、めったに捕まえられん」
お爺さんが渋い顔で言う。
何度も失敗していそうな感じだ。
「飲め、ミルクは滋養にいい」
お爺さんが話を変えるようにミルクを勧めた。
ミルクの入ったカップが、五歳児の手には大きすぎて飲みにくい。
拡縮コピーで小さなカップを作ろう。
山羊のミルクは、ちょっと癖がある。
なんていうか、山羊の自己主張が強い。生ぬるい牛乳を飲んでいるつもりが、途中で鼻の穴から山羊がメェエエと鳴きながら飛び出してくるような感じだ。
パンもライ麦パンっぽい味なんだけど、保存用なのかカチカチに固くて、ちょっと酸っぱい。
スープに浸して食べると、酸味が和らいで食べやすくなる。材料の麦が低品質なのか、そういう文化なのか、フスマみたいな殻が混じっていて食感が悪い。栄養的には良いのかな?
まあ、そのうち慣れるだろう。
それになにより、質素な夕飯も、賑やかな食卓だと十分なごちそうだ。
「セイ、お代わりあるよ!」
「もうお腹いっぱいだから大丈夫」
「遠慮しないで、お皿出して」
「本当にお腹いっぱいだから、ミリアが食べてよ」
頑張って、お爺さんとミリアに豊かな食卓をお届けしよう。
その為なら、ちょっとくらい力を使っても問題ないよね?
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