第三章、異世界〔高原編〕

3-1.高原の家へ



「坊主、名前は? どこの子だ」


 さっき落ちかけた崖から少し離れた岩陰で、お爺さんが尋ねてきた。

 お爺さんはもみあげから口髭が繋がっており、髪の毛と同じ真っ白だ。


 膝を突いて、オレと同じ目線にしてからというところに、お爺さんの人の良さが現れていると思う。


 最初に手を引っ張ってくれた少女は、オレを拉致してきた巨鳥に驚いて散った山羊を集めて回っている。

 見たところ、少女は小学校高学年くらいの歳かな?

 栗色のセミロングで、快活な感じだ。


「名前はセイ」


 言葉は分かる。


 この身体――ムルゥー君として育った五年間に覚えた言葉とは少し違うけど、賢者ちゃんの知識の中にあった。

 まあ、大森林の端と端じゃ、何カ国も離れているらしいから無理もない。


「親に捨てられたから、どこの子でもない」

「そうか……」


 なぜかお爺さんは納得顔だ。


「なら、うちの子になるか?」


 ちょっと予想外の展開だけど、この申し出は正直ありがたい。

 この身体は五歳だし、子供のうちは身寄りがある方がいいに決まってる。


 異世界モノ定番の孤児院スタートを考えていたけど、養子スタートというのも悪くないと思う。


「うん」


 五歳児らしさを意識して答える。


「醜い者同士、肩を寄せ合って暮らしていこう」


 ――醜い?


 お爺さんはイケオジな感じだし、少女は将来グラビアなんかで人気が出そうな容貌をしている。


『賢者ちゃん、分かる?』


 意味不明だったので、脳内で賢者ちゃんに問いかけた。


『ああ、こっちの美醜基準は魔力量なんだよ』


 賢者ちゃんがSFっぽい銀色のツナギ姿で教えてくれた。

 改めて確認してみたら、確かにお爺さんの発散する魔力は少なめだ。


『言ってなかったっけ?』

『初耳』


 でも、おかしいな。

 オレの魔力量はそれなりに多いはず――。


『――って、魔力制御で外に発散しないようにしていたっけ』

『それにセイは密着結界でフィルターしているから』


 なるほど、漏出魔力は限りなくゼロに近いわけだ。


「お爺さん、山羊を集めてきたよ」


 少女が戻ってきた。


 山羊がメェエエと鳴いてオレの顔を舐める。

 微妙に地球の山羊と違う。どこか、ヌイグルミっぽさがあるんだよね。


「この子、うちの子になるの?」


 お爺さんに話を聞いた少女が、上気した顔で言う。


「あたし、ミリア! あなたは?」

「セイだよ」

「そう! よろしくね、セイ! お爺さんはヨーゼフっていうのよ」


 なんとなくドイツ系っぽいネーミングだ。


「あたしと同じくらい魔力の少ない子って初めて」


 ミリアが「一緒だね」と言って微笑む。


 騙しているようで悪いけど、お爺さんやミリアが喜んでいるし、しばらくはこのままでいよう。


 ミリアの魔力量は密着結界なしのオレの漏出魔力の半分くらい。お爺さんで漏出魔力の三倍くらいの魔力量だ。


「仲良くしようね」

「うん、よろしく」


 ミリアと握手を交わす。


 ――そういえば、クゥは?


『クゥ、どこ?』

『崖の上~』


 思念で問いかけると、クゥから返事があった。

 なんとなくクゥの位置が分かるので、そちらを見るとクゥが崖の陰からこちらを窺っている。


『どうしたの?』


 クゥは人見知りなのかな?


『何でもない~。クゥ、鞄探してきてあげる~』


 クゥがどこかに飛んでいく。


 そういえば、肩に掛けていた収納鞄がない。巨鳥とロデオしている時に落としたらしい。


「身体の調子はどうだ? 歩けそうか?」

「うん、大丈夫だよ」


「あれ? もう戻るの?」


 まだ日が高いからか、ミリアがお爺さんに尋ねた。


「うむ、山羊達も落ち着かんようじゃし、小さな子供の足では時間がかかる。少し早いが、戻るとしよう」

「分かった。みんなー、帰るよー」


 ミリアが持っていた木鈴の付いた杖を振るとカランコロンと音がして、山羊達の視線が集まった。


 ミリアに手を引かれて歩き出すと、山羊達もぞろぞろとついてくる。山羊が歩くと、首輪に付いた木鈴が鳴ってカラコロと音がする。ミリアの杖とは違う音色だ。


「足下に気をつけて」

「うん」


 比較的平坦だったのは最初のうちだけで、すぐに山歩きらしい起伏に富んだコースになった。


 春になって間もないからか、日陰には雪が残っている。

 気を抜くとうっかり足を滑らせそうだ。


 ミリアは昔アニメで見たような木靴を履いているのに、足を滑らす事もなくスイスイ歩いているのは体幹がいいからだろうか?


「怖くなるから、下を見ちゃダメよ」

「う、うん」


 ――ここを通るの?


 思わずそう問い返したくなるような難所も多い。


 片側が切り立った崖で、もう片側が谷底に真っ逆さまな幅五〇センチほどの隘路とか、空中にかかったような深い谷間の自然岩の橋とか、ミリアや山羊達は難なくクリアしているけど、なかなか背筋が寒くなる。


「大丈夫、大丈夫。落ちたりしないから」


 オレが尻込みをしていたら、ミリアが手を引いて先導してくれた。

 外見は五歳とはいえ、小学生くらいの女の子にフォローされるのは大人としてちょっとなさけない。

 オレはなけなしの気合いを入れて難所を越える。


「大丈夫か? ここから比較的マシだから肩の力を抜け」


 お爺さんが後ろから声を掛けてくれる。

 これまでもオレが躓いたり遅れたりしそうになると、先導するミリアに声を掛けてペースを緩めてくれていた。


 道々に聞いた話だと、お爺さんの家は山の中腹にあり、他の家々はもう少し麓寄りだそうだ。


 岩山のひび割れみたいな谷を抜けると、ようやく平坦な斜面に出た。

 まばらにだけど、遠くの方に木々が生えている。


「少し休もう」

「えー、またー?」

「セイは子供だ。お前や山羊達のようには行かん」


 お爺さんの小休止指示と同時に、その場に座り込んだ。

 休憩ばかりの道行きにミリアは不満そうだが、五歳児に山歩きはキツい。巨鳥を操る前に、身体強化魔法を使っておくんだったよ。


 思った以上に疲れが溜まっているのか、そのまま草原に身を投げ出して寝転がってしまう。


「セイ、大丈夫? ごめんね、速かった?」

「大丈夫だよ、ミリア――お姉ちゃん」


 お姉ちゃん呼ばわりが嬉しかったのか、少し照れた顔で「お姉ちゃんか……」と呟いていた。


「セイは何歳?」

「五歳だよ」

「わー、小さいんだね。あたしが山に来たのが九歳だったから、その半分くらいだー」

「ミリアお姉ちゃんは何歳なの?」

「あたし? あたしは一二歳だよ」


 一二歳? 小学校六年生くらいかな?

 小学校高学年という予想は合っていたけど、予想よりも年嵩としかさだったようだ。


 ――あれ?


 転がった視界に短めの草が目に入った。

 ちょっと短めだけど、この辺りにも草が生えているのに、どうしてあんな山奥まで放牧に行くのだろう?


「どうしたの?」


 そんな事を考えていたら、ミリアが覗き込んできた。


「この辺りでほう――山羊達に草を食べさせないの?」


 放牧と言いそうになったのを途中で言い直す。

 さすがに五歳児が口にするには、不自然な単語だろうからね。


「ここの草だと山羊のお乳の出が悪いの」

「牧草にも種類がある。山奥の牧場まきばには滋養に良い草が生えている」


 ミリアとお爺さんが説明してくれた。


 一〇分ほどの小休止を終え、なんとか歩けるようになったところで再出発となった。

 遠くから見ると平坦だけど、意外と起伏に富んでいる。


「あー! 家が見えてきたよ! セイ、あれがあたし達の家だよ!」


 しばらく歩いていると、山の斜面の一角に小さな山小屋が見えた。

 アルプスの少女でも住んでいそうな小さな家だ。


「このあたりは希に狼が出る。一人では外をうろつかないようにしろ」

「狼の群れが出たらね、この角笛を吹くのよ」


 うげっ、ここにも狼が出るのか。

 銀鱗狼みたいなバケモノじゃないのを願う。


「そしたら山から魔狩人のアーベルさんが下りてきて、狼を倒してくれるの。最強の魔狩人って言われている、すっごい強い人なんだよ!」

「魔狩人? 狩人とは違うの?」

「えーっとね。狼とかだけじゃなく、こわーい魔獣も狩ってくれるんだよ!」


 ミリアもよく分かっていない感じだ。

 お爺さんは周囲を警戒しているのか、会話に入ってこない。


『賢者ちゃん、そんな感じで合ってる?』

『だいたい合ってるよ』


 脳内に、白衣を着た賢者ちゃんが現れた。


『魔狩人は主に魔獣を狙う狩人だね』


 賢者ちゃんがホワイトボード片手に、図解入りで説明してくれる。


『へー、小説や漫画でよく見る冒険者みたいな仕事?』

『うーん、魔狩人は魔獣の討伐専門かな? 薬草採取とかは別の仕事だよ。街中の雑用は口入れ屋とかが仕切っていた、かな?』


 残念、冒険者ギルドはないらしい。


「セイ、気をつけてね」


 ミリアに手を借りて、干上がった川底を歩いて渡る。

 もう何年も干上がったままのようで、川底まで雑草が生えている。


 そのすぐ先がゴールのようだ。


「到着ー!」


 ミリアが山小屋の前でくるりとターンして、オレを歓迎するように両手を広げた。


 彼女の背後には、丸太を組んだロッジ風の家がある。

 二階か屋根裏部屋かは分からないが、屋根の少し下に換気用の丸窓があった。もみの木っぽい大木は家から離れた場所にあるけど、本当にアルプスの少女でも暮らしていそうな家だ。


「セイ、これからよろしくね!」


 ミリアが満面の笑顔でそう言った。



---------------------------------------

【お知らせ】

 4月からは繁忙期に入るので、週一更新に頻度が下がります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る