2-20.セイの宅配便

「なかなか人里に着かないな~」

「方向変える~?」

「いや、このままでいいよ」

「ほ~い」


 竜の山から七日目、そろそろ移動方向が間違っている気がし始めたが、初志貫徹でクゥと一緒に山沿いに飛ぶ。


 前方にも山脈が見えてきた。

 そろそろ大森林の西端に近づいたようだ。


 眼下の森では大きなトカゲを茶色い毛の狼が集団で襲っている。

 相変わらずバイオレンスな森だ。ここ二日ほどは狼が普通サイズまで小さくなっているし、最初の頃のような凶悪な魔獣は見かけなくなってきた。


 脳内賢者ちゃんによると、中心部に比べてマナが薄いからとの事だ。

 それに比例して、魔力の回復速度も下がっているらしいのだが、地竜アース・ドラゴン戦以降は大きな魔法を使っていないので、今ひとつ実感できていない。


 それにしても――。


「地上と違って空は平和だ」


 賛成するように鳥の鳴き声がする。


 この辺りの空には、危険な生き物がいないようだ。


「来るよ~」


 クゥに「何が?」と問い返す前に、視界が急速に揺れた。


 バサリバサリという羽音と胴体を鷲掴みにする鳥の爪、見上げると巨大な鳥の姿が見えた。

 どうやら、急降下してきた巨鳥に捕獲されたらしい。


 異世界の殺意の高さを忘れてた。


「油断大敵~?」

「ごめんごめん」


 平和な空に気が抜けて、パッシブ・サーチが解けていたのだろう。


 まあ、身体を覆う結界のお陰で怪我はないし、進行方向は同じなので、そのまま運ばれる事にしよう。


「セイ、これ~」

「ありがとう、クゥ」


 捕獲された時に落とした収納鞄は、クゥが回収してきてくれた。


「飴食べる?」

「食べる~」


 収納鞄の中から出した飴をクゥと分ける。

 暢気に飴を舐めていたら、巨鳥が抗議の鳴き声がした。


「君は気にせず運んで」


 そう言ったら、巨鳥は不満そうに鳴いた。





「上昇気流に乗ってるのかな?」

「そうみたい~」


 巨鳥は大森林の西端の山脈沿いに上昇する。


 綿菓子のような雲を突き抜け、緑が疎らになった岩山を進む。


「高原、っぽい感じ?」

「見て見て~」


 クゥが指さす方に、山羊か羊の群れがいた。

 羊飼いらしき人の姿もある。


 第一村人発見!


 ……じゃないか、第一村人は子殺しの今世父親だったわ。


 そんな事はいいんだ。


「鳥君、あそこに降りて」


 そうお願いするも、巨鳥は当然のように無視だ。


 仕方ない、実力行使だ。


 都合のいい事に、近くの峰を越えて地上の人達からの視線から隠れた。

 このタイミングなら、魔法を使ってもバレないだろう。


 オレはウィッチ・ハンドの魔法を唱える。


<我が身に眠る万能なるマナよ

 万物のことわりを混沌へと導き、我が願いを具現せよ

 マナよマーナ集いてコリージェ腕となしファクティ・スント・イン・ブラチウム

 我が意のままにアプド・メ・ヴォルンターテム万物に干渉せよタンジェリ・アリクィド

 ――ウィッチ・ハンド>


 ちょっと派手なエフェクトを伴って魔法が発動した。


「鳥君、こっちに向かえ!」


 不可視の腕が巨鳥の頭を掴んで、強引に行きたい方に向ける。

 驚いた巨鳥が暴れて、意図した方向と逆に舵を切った。


 なかなか難しい。


 ラノベだったら、今ので騎乗スキルやロデオスキルが手に入りそうなのに、現実は世知辛い。


 首振り方向転換を繰り返してコツを覚えたので、巨鳥をさっきの場所に誘導する。

 何度か振り落とされそうになったけど、巨鳥の爪をウィッチ・ハンドで固定しているので問題ない。


 クェーと巨鳥が抗議の鳴き声を上げた。

 気のせいか、巨鳥が涙目になっている気がする。


「鳥君、解放して欲しかったら、素直にさっきの場所へ行くんだ」


 もう一度、クェーと鳴いて、巨鳥が山羊の群れがいる片側が崖になった草地へと戻った。


 草地は少し斜面になっている。


「はい、少し機首を下げて」


 クィッと巨鳥の頭を下げた。

 斜面沿いに地上まで一メートルくらいの高さで巨鳥を解放し、草地に頭からダイブする。


 体育の授業でやった柔道の授業を思い出し、前回り受け身からの前転で落下の勢いを殺す。


 ――速い。


 ちょっとランディング速度が速すぎた。止まらない。

 オレは慣性の法則で、草地の斜面を転がっていく。


「ごろごろ~」


 クゥは遊びだと思っているのか、オレの横を楽しそうに転がっている。


 オレは掌や足を突っ張って、必死で減速した。

 その甲斐あってか、もう少しで止まりそうな感じだ。


 だが、ホッとする暇はない。


 だって、少し先は崖なのだから。


「――ミリア!」


 イケボな叫びが誰かを呼んだ。


 残念ながら、オレに周囲を確かめる余裕はない。


 ついに斜面が尽き、オレは崖からダイブした。


「げっ」


 浮遊感の直後、誰かに腕を引っ張られる。


 グインと視界が回り、草の匂いのする柔らかいモノに包まれた。

 誰かが地上に引き戻してくれたらしい。


 すぐに誰か女の子に抱きしめられているのに気づいたけど、喜んでいる場合じゃない。


 だって、まだ慣性が殺し切れていない。


 ずるずると二人して崖に向かって滑っている。

 浮遊魔法の詠唱を――。


「ミリア!」


 崖ギリギリの場所で追いついてきたお爺さんが二人を引き戻してくれた。


 ――ふぅ。


 助かった。


 空を旋回してた巨鳥が、行きがけの駄賃とばかりに子ヤギを一匹攫って飛び去った。

 ちゃっかりしてやがる。


「ありがとう、お爺さん。君は大丈夫? 怪我をしてない?」


 青い瞳がオレをのぞき込む。


 これが山羊飼いの女の子ミリアとヨーゼフお爺さんとの出会いだった。





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【あとがき】

 第二章は今回で終了です。次回から第三章「高原編」が始まります。

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