2-19.vs地竜


「くそっ」


 周りを、折れた樹木が一緒に回転しながら転がっていく。

 オレを跳ね飛ばしたのは、ドラゴン本体ではなく、ドラゴンが蹴倒した樹木だろう。


 水切りの石のように湖面を跳ねて対岸の地面を抉って止まった。


 密着結界のお陰でダメージは少ないが、オレの幼い三半規管が悲鳴を上げている。


「くそっ」


 悪態を吐きながら顔をドラゴンの方に向ける。


 ――げっ。


 ドラゴンが大きく息を吸い込む姿が見えた。


「間に合え――」


 今度こそチャージした結界魔法が間に合った。

 ドラゴンが息を吐くモーションをした瞬間に水面が爆発し、凄まじい衝撃がドーム型の結界を揺らす。


 凄い迫力だ。


 安全性は保証されているっていうのに、思わず尻餅を突いてしまうくらいだ。


「賢者ちゃん、アドバイスよろしく」

『あれは地竜、衝波地竜よ。翼はないけど、紛れもなく竜種だから油断しないで』


 賢者ちゃんが軍人コスでアドバイスしてくれる。


 やっぱり、強敵なんだ。


『この前の赤竜より装甲が三倍で、攻撃力が二倍の超巨大戦車みたいな竜よ』


 えー、何その無理ゲー感は。


「赤竜の上位互換みたいな感じ?」

『種類が違うのよ。赤竜みたいな機動力はないし、魔法を使うような知性もないわ』


 戦闘機と戦車の違いみたいなものだろう。


「どうやったら追い払える?」

『無理。テリトリーを荒らした者を、地竜は絶対に許さないわ』

「荒らした覚えはないんだけど?」

『さっき、特大のファイアー・ボールで挑発したじゃない』


 さっきのアレ?


「いや、あれは挑発じゃなくて、しつこい魔物を追い払っただけで――」

『そう言って納得すると思う?』


 思わない。


『倒しちゃえばいいのよ。ちょっと硬めだけど、地竜の肉も赤竜くらい美味しいんだから』


 また、そんな食欲に任せた発言を。

 確かに竜肉料理は美味しいと思うけどさ。


「まったく、もう」


 問題は正面からやり合って勝てるかどうかだ。


「どうやったら、倒せる? やっぱ、レッド・ドラゴンの時みたいな次元斬?」

『それが一番確実だけど、この距離だと届かないし、初撃を失敗したら二度とチャンスはないわよ』


 ハードル高いな。


『当たりさえすればって注釈がつくけど、致命傷を与えられるのは「次元斬ディメンジョン・カッター」と「空間歪曲ディストーション」よ』


 後者はまだ上手く発動できない。


「あとはマナ・ショットね。魔力さえたっぷり篭めれば――」


 説明の途中で湖面の霧が晴れ、息を吸うモーションのドラゴンが見えた。


「衝撃波のブレスが来るわ!」


 賢者ちゃんが警告する。


 ――ヤバい。


 オレは必死で詠唱する。


<我が身に眠る万能なるマナよ。

 万物のことわりを混沌へと導き、我が願いを具現せよ>


 隠蔽していた魔力を解放し、全力で魔力を練り上げる。


 ドラゴンが硬直したように、ブレスの発射態勢で動きを止めた。


 ――チャンスだ。


マナよマーナ我が身に眠るハビタ・イン・アニマ・メア全てのマナよオンメス・マーナ凝縮しコンデンスド砲となしファクティ・スント・トルメィンテ


 膨大な魔力が両手の間を渦巻き、そのまま身体が千切れそうなほど激しく暴れる。


我が敵をイニミクス・メウス捻れトルクエント穿てテーレブラレ

 ――マナ・ショット>


 ドラゴンが硬直から抜け出したが、もう遅い。


 オレの詠唱は完了し、具現化したマナの砲弾が螺旋を描いて放たれた。


 それをドラゴンが衝撃波のブレスで迎撃する。


 漫画やアニメのようなせめぎ合いは一瞬だけ。


 火花と紫電と衝撃。


 それに少し遅れて水飛沫と土埃が周囲を満たした。


「どうなったんだ?」

『そこは「やったのか?」でしょ』


 賢者ちゃん、フラグを立てるのは止めてください。


 薄まる霧の向こうに、ゆらりと黒い影が浮かび上がる。


 ――げっ、頑丈すぎ。


『おめでとう、セイ』


 賢者ちゃんが祝福の言葉をくれた。

 霧の向こうに現れたドラゴンに頭がなかったからだ。


『たぶん、衝撃波ブレスを吐いた口に、マナ・ショットの砲弾が命中したんだよ』


 なるほど、口の中は他の部分ほど固くなかったわけか。


 ほっとしたら腰が抜けた。


 オレは湖岸に転がり、生き延びた幸運に感謝した。


 神様、もう少し手加減が欲しいです。





 全力でマナ・ショットを撃ったからか、身体がだるい。


『それが魔力枯渇の感じだよ』

「これが……」

『まあ、まだ三分の一も使ってないから、本物の魔力枯渇ほど酷くないと思うけどね』


 これで三分の一なのか。


 ひょっとしなくても、オレの魔力ってけっこう多いんじゃないか?


『界渡りする前のわたしの魔力の一割くらいね』

「それって、けっこう多いんじゃない?」


 膨大な魔力ではじめる異世界無双?


 まあ、始めないけどさ。


「そうだ! クゥ?! クゥは大丈夫かな?」

『そんなに心配しなくても、風精霊はそう簡単に滅びないわよ』


 賢者ちゃんがそう保証してくれる。


『ほら、見て』


 地竜の傍にクゥがいた。


「えい、えい!」


 クゥがドラゴンの死骸の傍に浮かんで、短い足でテシテシと蹴りを放っていた。

 吹き飛ばされた時にはぐれたけど、クゥも無事だったようだ。


『セイ、それより、早くインベントリに収納しないと、せっかくの地竜のお肉が固くなっちゃうわよ』

「分かったよ、賢者ちゃん」


 もう少し休憩したかったけど、せっかくの地竜肉を無駄にするのももったいない。


 オレはドラゴンの死骸がある場所に重い足を引き摺っていく。


「クゥ、怪我はないか?」

「大丈夫ー。セイは~?」

「オレも大丈夫だよ」


 クゥをフルーツアメでねぎらい、アース・ハンドの魔法をカスタマイズして、複数本の大地の腕でアース・ドラゴンをインベントリの空き領域に収納した。

 重量級のドラゴンだけあって、普通のアース・ハンドじゃ持ち上がらなかったんだよね。


 レッド・ドラゴンみたいに、次元斬で首肉と尻尾肉をカットしておきたかったけど、魔力枯渇でだるかったので後回しにして保存を優先した。


「地面に染みこんだ地竜の血はどうしようかな?」


 賢者ちゃんにお伺いを立てると、火で燃やすのが一番との事なので――。


「――あれ? 火魔法ってファイアー・ボールしか持ってないじゃん」

『種火の魔法を使う? あれなら、基礎知識に入っているよ?』

「あー、これか」


 脳裏にどんな魔法かイメージが浮かぶ。

 点火棒チャッカマンでの点火みたいな感じの魔法だ。


「これなら普通に点火棒を使うよ」


 オレは灯油を撒いて焼却準備をする。

 もちろん、灯油のポリタンクなんて持ち上がらないので、ウィッチ・ハンド任せだ。


「クゥ、火や煙がこっちに来ないようにしてくれる?」

「お任せあれ~」


 クゥが風の繭でオレを守る。


「それじゃ、点火」


 予想より遥かに激しい炎が燃え上がった。


「な、なんで?」

『それより、セイ。延焼しないようにした方がいいんじゃない?』


 それもそうだ。

 オレはアイス・コフィンの魔法で森との境界を氷の棺に閉じ込めていく。だるいけど、延焼した方が後始末で疲れそうなので、頑張って魔法を使った。


 しばらく燃えるのを見守り、消し炭になったら水を撒いて消火しよう。倉庫エリアの一つに湖の水をそのまま流し込んであるから、一気に洗い流してしまえるはずだ。





 少し離れた湖岸に移動し、本日のキャンプ地とした。

 ワンタッチの一人用テントを張り、ドーム型の結界で安全地帯を作る。


「さてと、夕飯にするか……」


 さすがに、この疲労感で料理をする気はない。


 なんとなく今日はカレーの気分。


 インベントリからココニーのカツカレーを取り出して開封する。


 香辛料の香りが結界ドーム内に広がった。この瞬間がすごく好きだ。

 もっとも、会社のフロアで開封すると非難囂々なので、家でしか楽しめないんだけどさ。


「賢者ちゃん、味覚共有する?」

『んー、今日はいいわ。今は魔力回復と体力回復に努めなさい』


 看護婦さんのコスプレで脳内賢者ちゃんが断る。


「味覚共有が何かまずいの?」

『味覚共有中は魔力を消費するから、魔力回復の妨げになるのよ』

「そっか」


 それは残念。

 美味しいモノは分かち合いたいのに。


「仕方ない。孤独なグルメを楽しもう」


 香りを堪能したら実食だ。


 まずはオーソドックスに、カレーだけをご飯に絡めて食べる。


「うーん、美味い」


 ココニーのカレーは至高。異論は認める。


 この辛さが癖になる。

 食べ過ぎると、お尻事情がアレになるので、辛さを増したり食べ過ぎたりはできないけど。


「美味しい~?」

「一口食べる?」


 クゥがカレーに興味を持ったので、布教しようとスプーンにカレーライスを掬って差し出す。


「にゅ~。――いらない」


 スンスンと匂いを嗅いだ後、逃げるようにして結界の外に飛んでいってしまった。

 今度はファミリー向けのカレールーで甘口カレーを作ってあげよう。


「さてと――」


 二口目はカツだけを食べる。

 カツをカレーに浸して食べるのも美味しいけど、カツの側面だけにカレーを付けるのも好きなんだよね。


 三口目はカツカレーの本領、カツとライスを一緒に食べよう。

 うむ、やっぱり標準スタイルが一番美味い。


 一心に喰らう。


 汗を拭き、ラッシー代わりにカルピス・ウォーターで喉を潤す。


 例によって例のごとく、半分ほどで満腹になってしまった。

 どうして、この身体は食が細いのか。


 早く大人になりたい。


 切実にそう思う。


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