2-18.人里を求めて


 春になった。


 異世界で記憶を取り戻してから半年くらいだ。


「行こう、クゥ」


 拠点を出発して、人里を目指すのだ。


「ういうい~」


 オレとクゥは山沿いに森を進む。


 飛行魔法は一冬終えた今でも、まだ安全に飛べるほど上達していないので、浮遊魔法で木々の高さより上に浮かんで、クゥの操る風で押してもらって移動している。


「おっ、鹿の群れだ」


 眼下の森を、鹿っぽい生き物の群れが移動しているのが見えた。


「狼の群れに追われているのか」


 オレが湖でよく見かけた銀鱗狼と違って、ごく普通の茶色い狼の群れだ。


 異世界と言えば狩猟だが、肉は十分にあるし、オレは動物を解体できないので見送る。

 狩猟組合のサイトで見つけた解体マニュアルを印刷した指南書はあるが、今一つ手が出ない。食べきれないくらいの竜の肉があるし。


「賢者ちゃん、どのくらいで森を抜けられると思う?」

『森のどのへんかにもよるけど、この速度なら最短で一五時間くらいで抜けるよ。最長でも倍の三〇時間も飛べば、ベヒモス大森林を抜けられるんじゃないかな?』


 測量士のコスプレをした賢者ちゃんが見積もりを教えてくれた。

 なら、一日から三日くらいのつもりでいればいいね。


 なんて目論見はすぐに潰えた。


「甘い匂い~」


 クゥが果物の木や蜂蜜の匂いを嗅ぎつけては、そこにふらふらと飛んで行ってしまうので、そのたびに休憩を挟んで甘味を堪能する事になったからだ。


「美味美味~」


 クゥがメロンサイズの果実に顔を埋めて堪能する。


 オレも診断魔法で確認して、安全を確かめてから果実を試食してみた。


「うん、美味い」


 まあ、急ぐ旅でもないし、こういう気楽なのもいいね。


「こっちの果物って、妙に美味いのはなんでだろう?」

『魔力を帯びた仙果だからだよ』


 大森林沿いの大きな町だと、金貨を積んで取り引きされているらしい。

 魔法薬の材料になるらしいけど、複製したら薬効も旨味もなくなるらしいので、確保した果実は大切に食べようと思う。


「こっちくるよ~?」


 果実を集めていたら、クゥがのんびりした口調で言った。


「何が――」


 茂みの向こうから暴走機関車のような猪の群れが現れた。


 撥ね飛ばされたけど、結界で無事だ。

 犯人の猪達は振り返りもせずに駆け抜ける。


「当て逃げかよ」


 ――何から逃げたんだろう?


 そう考えるのと、青毛狼の群れに囲まれているのに気付いたのは同時だった。


 チャージしてあった結界魔法で、半球状の結界陣地を作り出す。


 ほぼ同時に、結界陣地に狼が激突した。

 きゃいんっと意外に可愛い悲鳴を上げて狼が跳ね返される。


 青毛狼はトサカと角が特徴の魔獣らしい。

 しっぽがフサフサしている。凶暴でなければ、テイムして飼いたいくらいだ。


 ちなみに脳内賢者ちゃんによると、魔獣というのは厳密には体内に魔石を持つ獣の事らしい。

 世間一般では凶悪な野獣も魔獣扱いされる事が多いそうだ。


「向こうに行け!」


 マナ・ショットで威嚇する。


 向こうの攻撃は通らないのに、こっちからの攻撃は通り抜けるというのはなかなか卑怯臭い。

 追い払いたいだけなので、最初から当てる気はないけど、それを見抜いたかのように、青毛狼はオレを囲んで持久戦の構えだ。


 浮遊魔法で逃げ出したいけど、こいつらは意外とジャンプ力があるから、ふわふわと浮かんでいる間に食らい付かれるのは確実だ。


 飛行魔法なら逃げ切れそうだけど、こんな木がいっぱい生えた場所で使うのは最後の手段にしたい。


 なら、不本意だけど――。


「――これしかないか」


 オレは魔法で狼達を攻撃して追い払う作戦を継続する事にした。


 今度は当てるコースで狙ったが、青毛狼は機敏なステップでマナ・ショットを回避する。

 範囲の広いエア・カッターで攻撃しても、空中で方向反転して軽々と避けてしまう。機敏な奴らめ。


 希に風の刃を放ってくるので、油断できない。


 なんとか青毛狼の肝を冷やして逃げ出させないと――。


「そうだ! 散弾!」


<我が身に眠る万能なるマナよ

 万物のことわりを混沌へと導き、我が願いを具現せよ

 マナよマーナ凝縮しコンデンスド弾となしファクティ・スント・ブーレット

 我が敵をイニミクス・メウス千々とイヌメラビリス・イヌメラビル貫けペネトラーレ

 ――マナ・ショット>


 ショットガンタイプのマナ・ショットを放つ。


「――げっ」


 タイミング悪く、射撃の瞬間に五匹の青毛狼が突撃してきた。


 慌てて銃口ならぬ射線を下げたが、すでに遅く――。


 ――ぎゃいん。


 血飛沫を上げて青毛狼が吹き飛ばされる。

 五匹のうち、三匹が地面を横たわり、掠り傷で済んだ二匹が足を引き摺ってオレから離れた。


 リーダーらしき狼が、ひと声上げて逃走すると他の狼達も付いていく。


 三匹のうちの一匹は瀕死だけど、まだ息がある。


「こういうシーンはとどめを刺してやるんだろうけど……」


 オレはチキンなので、どうしても躊躇ってしまう。


 ここは偽善と言われようと、マッチポンプと言われようと、「万能治癒パーフェクト・ヒール」で癒やしてしまおう。

 リーダーが逃げた今なら、こいつも逃げてくれるだろう。


 そう思ったのだが……。


「……なんでだよ」


 万能治癒を使おうと青毛狼に手を伸ばしたのだが、オレの手を食いちぎらんばかりに最後の抵抗を行い。そのまま力尽きてしまった。


 なんとなく、ゲームみたいな気分だったけど、異世界の魔獣も生き物だと実感させられた。


「賢者ちゃん、死骸は埋めた方がいいのかな?」

『埋めちゃうの? 倒した魔獣の素材は活用するのが、倒した者の礼儀よ?』


 そういうものなのか。


『それに、青毛狼の毛皮はけっこう高級品として取り引きされているわよ』


 毛皮を剥ぎ取って処理するスキルがありません。


『なら、いいけど。魔石は回収するのよ? 魔石まで埋めたら、アンデッド化して這い出してきたり、魔石を喰らった獣が魔獣化する事があるから』

「――了解」


 オレはアイス・コフィンという氷魔法で青毛狼を凍らせ、インベントリの空き倉庫エリアに収納する。


 次からは地上に降りる前に、パッシブ・サーチを使おう。





 それから四日ほど、鳥の声が賑やかな森の上空を進んだ。


 クゥが甘い香りを嗅ぎ取っては寄り道し、オレも森の中に湖や川を見つけてはキャストしていたので、予定していた旅路の半分も進んでいない。


「追ってきているな」


 姿は見えないけど、さっきから鳥の声がしなくなった。

 パッシブ・サーチをしたら、案の定、大型獣の群れが追いかけてきている。


 飛行中に森の獣に捕捉されるのか、こんな風に距離を取って狼系や猪系の魔物が追いかけてくる事が多い。


「クゥ、スピードアップだ!」

「おっけ~」


 クゥに頼んで加速してもらう。

 いつもは一〇分くらいで諦めるのに、今回の大型獣はしつこい。


「威嚇するか……」


 マナをたっぷり篭めたファイアー・ボールを撃って爆発音を響かせたら、ようやく進路を変えてくれた。


 ふう、異世界の生き物は殺意が強すぎるよ。


「もう、来ないでくれよ」


 そう願いながらパッシブ・サーチして、安全を確かめる。

 うん、さっきの大型獣はちゃんと圏外に逃げた。撤退したフリじゃないようでなによりだ。


「セイ、あれ~」


 湖畔に果物が生る木がある。


「休憩しようか」

「ういうい~」


 着地して浮遊魔法を解除する。

 この果物は前に見たヤツに似ているけど、念の為、もう一度診断して毒物じゃないのを確認しておいた。


「大丈夫そうだね」


 クゥは既にもしゃもしゃ満足そうに食べているから、大丈夫だとは思ったけどさ。

 味見して美味しかったので少し確保しておく。


 これが終わったら、ちょっとルアーを投げてみよう。


 そんな風に考えたタイミングで、ドォオンと重たい音が響いた。

 その音に遅れて、木々の折れる音やドッドッドッドという地響きが迫ってくる。


 どうやら、次のトラブルさんがやってくるようだ。




 今度のトラブルさんはどんな――って、余裕を見せている場合じゃない。

 迫り来る轟音は、狼や巨大獣なんかの比じゃないヤバさをオレに伝えてくる。


「<我が身に眠る万能なるマナよ――」


 オレは慌てて浮遊魔法の詠唱を始めるが、音が接近する速度が妙に速い。


 このままだと間に合わないぞ。


 オレはチャージしてあった結界魔法を――。


 怪獣のような咆吼と同時に目の前の森が割け、爬虫類の顔をした重戦車のような生き物が飛び出してきた。


 ――ドラゴンだ。


 予想外の相手に、硬直してしまった。

 ハッとしてチャージ魔法を発動しようとするも、すでにドラゴンはオレの眼前に――。


 吹っ飛ばされた。


 ぐるぐると視界が回る。


 異世界の生き物はオレを撥ね飛ばすのが趣味なのだろうか?


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