2-16.ドラゴン・ステーキ

「カセットコンロで行けるかな?」

『大丈夫だと思うよ』


 賢者ちゃんが素っ気なく言う。


 ――ん?


 ちょっと火力が心許ないけど、まあ行けるだろう。


 インベントリから出したローテーブルにカセットコンロを置き、スキレットをセットする。

 フライパンは握力が足りないので、一回り小さいスキレットにしようと思ったんだけど、鉄製のスキレットは意外に重くて、フライパンと大差なかったかもしれない。


 BBQや焼肉なら炭火で行きたいところだけど、ステーキだと普通にガスや電気の方が調理しやすいんだよね。


 包丁とまな板はマストとして、肉を置くトレイやキッチンペーパーも出しておこう。


 これで調理の準備はオッケー。


「次は肉の加工だ」


 オレは地面にブルーシートを敷き、その上に大きめの盥を二つを置いて、両方纏めて浄化魔法で除菌する。盥を置いたのは、加工中に流れた血を受ける為と切り出した肉を置く為だ。


 ウィッチ・ハンドを使って、インベントリから尻尾の輪切り肉を取り出す。


 セラミック包丁で切ってみるが、当然のように外皮に阻まれて切れなかった。

 試しに、碧玉へきぎょくはがねの短剣で切ってみたが、包丁と変わりない感じだ。


「やっぱり、魔法か」


 エア・カッターだと切れるか微妙だったので、次元斬を選択する。


 次元斬の発動時に肉を支えるウィッチ・ハンドの維持を失敗しないように気をつけて、慎重に次元斬で、中央の骨を避けて尻尾肉を縦横に両断する。


「――ふう、成功した」


 オレは額に浮いた汗を拭き、骨を含まないブロックを一つ残して、他はインベントリに戻した。


 ウィッチ・ハンドで浮かべたまま、肉の部分は普通に包丁で切れる事を確認して、皮の部分をぐるりと取り除く。


 幼い身体だとこれだけで一苦労だ。

 首肉と食べ比べしようと思っていたけど、今日はこっちだけでいいや。


 竜皮にくっついた脂肪を少しこそげ取り、スキレットの上に落としておく。

 用済みになった竜皮は、肉とは別の領域に収納する。


 外皮側と骨側の肉をそれぞれ、二〇〇グラムほどにカットしてトレイの上に並べ、残りの肉塊は盥に載せた上で、竜皮を収納した領域に保管する。


 これで次からは調理が簡単になるはずだ。


 色々と手間取っていたせいで、外はすっかり真っ暗だ。

 洞窟の中は照明の魔法で明るいから、日が落ちたのに気づかなかった。


 まあ、そんな事よりも――。


「調理を始めよう」


 このスキレットは以前から使っている品なので、シーズニングは不要だ。


 スキレットを加熱して牛脂ならぬ竜脂を溶かす。


「やっぱ、熱に強いんだ」


 なかなか溶けないので、少し強火にして肉の下ごしらえに移る。


 料理上手の友人はフォークで肉を刺して穴をあけていたけど、オレがやると加減が分からずに肉がぐちゃぐちゃになってしまったので、肉の上にローラーを転がすだけで適度な穴が空く便利グッズを使う。


 キッチンペーパーで肉の表面に浮いた血を吸わせ、肉の表面に塩胡椒する。


 しばらく肉に塩胡椒をなじませていると、ようやくスキレットの竜脂が溶けたので、ひっくり返さないように注意して肉を投入する。


 ジュワッと焼ける音がして、食欲をそそる香りが一気に広がった。


 これは美味いやつだ。


 そう確信できるくらいに、良い匂いがしてきた。

 美味への期待で、口の中に涎が溢れ、お腹がぐるぐると鳴る。


「――どうしたの賢者ちゃん」


 ボロボロの衣装をまとった賢者ちゃんが、恨めしそうな顔でガラス窓の向こうから見ている。

 というか、映像で窓や壁まで出せるのか。


『ふーん、だ。どうせわたしは食べられませんよー、だ』


 すねる賢者ちゃんも可愛い。

 なるほど、それでさっき素っ気ない態度だったのか。


「食べられないの?」

『わたしには実体がないんだから、当たり前じゃない』


 ――そうなのか?


「賢者ちゃんって、オレが見ているモノとか聞いている音とか共有しているんだよね?」

『うん、そうだけど?』


 賢者ちゃんが「それが?」って顔をする。


「だったら、味覚を共有する事もできるんじゃないの?」

『――あっ』


 賢者ちゃんの頭上に、真っ赤な「!」マークが太字で現れた。


『知ってた! 賢者ちゃん、ちゃんと知ってたから! セイが分かるか試しただけだから!』


 賢者ちゃんがマンガ表現の汗を流しながら言い訳をする。


「それじゃ、一緒に味わおうね」

『うん! 最高のドラゴン・ステーキを期待しているわ!』


 さっきとは打って変わって、満面の笑みを浮かべて賢者ちゃんが言った。





 一分くらいして表面に肉汁が浮いてきたらフライ返しで裏面を確認し、焼き色が付いていたら素早く裏返す。

 力が無くて失敗しかけたけど、なんとかスキレットの内側で裏返す事ができた。


 頑張って体力を付けて、身体強化ができるようになろう。


「肉は普通の肉と変わらないんだな」

『生きている時は竜魔法があるし、外皮や皮下脂肪が熱を防ぐから』


 賢者ちゃんはコックコートを装備したシェフのコスプレで、後ろから見守ってくれている。


 なるほど――って、調理中だった。


 焦げてないか心配だったけど、裏面の焼き加減も丁度いい感じだ。


 友人は火から下ろしたスキレットにアルミホイルを被せて、余熱で蒸し焼きにしていたので、オレもそれをまねてみる。

 木製の受け皿にスキレットを置いて、スマホのストップウォッチで時間を計る。


 どのくらい置くか忘れたので、二分ほどで終了してアルミホイルを剥がしたら、スキレットを皿代わりにして実食だ。


『さあ! 早く!』


 わくわく顔の賢者ちゃんがせかす。


「慌てないで、賢者ちゃん」


 穴開けローラーを使ったお陰か、ナイフがすぅーっと入る。


 肉を切り分けると、肉汁が溢れてまだ熱いスキレットの上で弾けて、暴力的な香りがオレの鼻腔を刺激する。

 肉を切り分けるのももどかしく、肉の一かけをフォークで口に運ぶ。


「あちちっ」


 小さな口より大きな肉片だったけど、強引に口の中に押し込んだ。

 口の中が火傷するのも構わず、そのまま咀嚼した。


 美味い。


 美味い美味い美味い。


 ひと噛みするごとに、肉の旨味が口の中に溢れる。


 これがドラゴン・ステーキか。

 賢者ちゃんが「美味しい」と二度も言葉を重ねたはずだ。


『うーまーいーぞぉおおおおおお!』


 オレの横で賢者ちゃんが食通のコスプレで叫んでいる。


 その気持ちは分かる。

 こんな美味い肉は始めて食べた。


 そんな感想が頭の中を巡る間も、オレの舌は旨味を感じる事に専念し、オレの顎も咀嚼するのを止めようとしない。

 いつもの癖ですぐに飲み込みそうになるが、それを耐えていつまでも口の中で味わう。


 こんな旨味をすぐに飲み込んでなるものか。


 それでも最後は口の中から無くなってしまう。

 そんな喪失感と入れ替わりに、身体の奥から力が湧き上がってくるような錯覚を覚える。


『錯覚じゃ無いから』

「そうなの?」

『竜肉は魔力が豊富だから、体内魔力が内側から喚起されて元気になるの』


 へー、美味しい上に、そんな効果まであるんだ。


「美味しい~?」


 クゥが横から覗き込んできた。


「うん、美味しいよ。一口食べてみる?」


 クゥの口に合うくらいの大きさでカットして差し出してみる。


 クゥが差し出した肉に顔を寄せて、すんすんと匂いを嗅ぐ。

 いつものようにプイッと顔を背けるかと思ったら、片足で肉を押さえてパクリと齧り付き、もにゅもにゅと咀嚼する。


「にゅ! 美味しい~」


 クゥがフォークから肉を奪い取り、両手で掴んでと肉にかじりつく。


 ――ドラゴン・ステーキは食べるんだ。


『竜の肉は魔力が豊富だから、精霊にも栄養になるのよ』

「へー、そういうものなのか」


 まあ、理屈はともかく、美味しい物を一緒に食べられる相手が増えるのはいいものだ。


 クゥに次の一口を勧め、オレも残りのドラゴン・ステーキを一心不乱に食べた。


 肉一枚で満足してしまったので、食べ比べように用意していたもう一枚はインベントリに収納しておく。


 もう少し胃が大きくなったら、ご飯や付け合わせのポテトや野菜も用意しよう。

 ドラゴン・ステーキだけでも満足だけど、やっぱり主食や副菜もないと食卓が寂しいからね。


 食後の温かいお茶を飲んで、クゥと一緒に寝転がってのんびりする。

 浴衣姿の賢者ちゃんが、オレの横に座って団扇で仰いでくれる。もちろん、風は来ないけど、なんとなく落ち着いた気持ちになる。


 オレは満ち足りた気分で、満天の星を見上げた。





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