2-14.強者どもが夢の跡


「けっこう広いな」


 巨大なドラゴンの巣だけあって、中は小学校のグラウンドなみに広い。


 持っていたLEDランタンだと暗いので、賢者ちゃんセレクトの「異世界で役立つ魔法」シリーズにあった光源の魔法を使って照らした。


 薄暗いのも雰囲気があっていいけど、怪我をしたら大変だからね。


「光り物発見!」


 オレはスキップで光を反射する場所に行く。


「これは寝床か?」


 色々な色の金属が溶かされて、滑らかな床みたいになっている。


 地面にくっついているので、後で次元斬でカットしてインベントリに回収しよう。

 面倒なので、金属ごとに分離するのは後回しでいいかな。


 金属の床の向こうには、武具で作られた謎のオブジェが屏風のように飾られている。

 オブジェの真ん中にある剣が特に格好いい。


 せっかくなので、金属床と謎オブジェも写真に撮っておこう。


「あれ? 錆びてない?」


 オブジェの大部分は、折れたり欠けたり溶けたりしているけど、どれも錆びた様子がない。


「聖剣や魔法の武具だからな」


 声に驚いて振り返ると、半透明の騎士がいた。


「――幽霊?」

「さよう。竜殺しの誉れを得んと赤竜に挑み、あえなく亡骸を晒す事になった愚かな戦士だ」


 首肯する騎士が語るところによると、彼は一〇〇年ほど前にドラゴンに挑んで敗北した亡霊で、ここから南方にある国の王子だったそうだ。


 このオブジェの中でも一際立派な剣が、彼が父王から与えられた国宝の聖剣で銘をグラディウス・ソリスというそうだ。


「へー、格好いい」


 中二心を擽る非現実的なフォルムが素晴らしい。

 剣身と柄が物理的にくっついていないように見えるんだけど、どういう理屈で繋がっているのか謎すぎる。


「持っていくがいい。勝者には富が相応しい」

「故郷に返さなくていいのか? 遺品なんだろ?」


 聖剣なんてたいそうなモノを貰っても、きっと持て余す。

 それにそんなモノを受け取ったら、勇者に任命されて魔王退治でもやらされそうだ。


「それはありがたいが……。どうせ届けてくれるなら、こちらを頼む」


 王子がオブジェクトの奥の方にあった、豪奢な短剣とごっついメダルを指し示す。

 どちらも彼の身分を証明する紋章入りらしい。


「聖剣の処遇は幼き英雄殿に任せる」


 国に届ければ英雄として遇され、爵位や栄耀栄華は思いのままとの事だ。


「いや、そういうのは良いんで」


 オレが目指すのは、気ままに釣りをしたりのんびりしたりするスローライフだから。

 爵位や名声が必要になったら、国に届けるのもありかもね。


「鎧が見当たらないね」

「我らが倒された時に、踏み潰されて床の素材にされたようだ」


 ……うわあ。


 なかなか悲惨だ。


 オレは咳払いし、微妙な雰囲気を誤魔化して話を戻す。


「遺品は旅ができる年齢になったら届けるよ」


 今の年齢だと、宿や馬車を使うと悪目立ちするからね。


「それでいい――」


 王子に手招きされ、巣の奥に行く。


「何かあるの?」

「これだ」


 岩の影に大きな肩掛け鞄が転がっていた。

 長い間転がっていたにしては虫食いもなく、破損らしきものもない。


「何これ?」

「開けてみよ」


 言われるままに開けてみるが、中は空っぽだった。


「空だけど?」

「見よ」


 王子の幽体が触れるとリュックの中が真っ黒になった。


「これは見かけ以上に物が入る特別な鞄だ」


 前に脳内賢者ちゃんが言っていた「空間拡張した収納鞄」ってヤツらしい。


「収容量は馬車一台分ほどもある。しかも、状態維持の魔法が掛かっているので、保存食以外の食料も、それなりに日持ちするぞ」

「時間停止はないの?」

「それは大賢者様くらいにしか作れん。大国ならまだしも、我が国のような中堅国には無理だ」


 それは残念。インベントリの劣化版みたいな品のようだ。


「これでも国宝だぞ」


 落胆が顔に出たのか、王子がご立腹だ。


 そういえば大豆サイズの魔晶石で作った収納鞄だと、時間停止どころか時間遅延すらつけられないって脳内賢者ちゃんが言ってたっけ。


「物を知らなくてごめんなさい」


 王子は人がいいらしく、素直に謝ったら許してくれた。


「今から鞄の所有権を放棄する。この留め金の宝石が黒くなったら、君の魔力を込めろ。そうすれば、この鞄の所有者は君だ」


 オレが止める間もなく、王子は鞄の所有権を放棄してしまったので、素直に彼の言うとおり収納鞄の主となった。

 オレにはインベントリがあるし、この収納鞄を誰か必要とする人に出会ったら譲ろう。


 独り占めしても仕方がないからね。


「その代わりというわけではないが、一つ頼みがある」


 王子はそう言って、壁際に転がっていた頭蓋骨を見た。


「ここには私や仲間をはじめとした挑戦者達の髑髏が、道ばたのゴミのように晒されている」


 なるほど、それを弔ってほしいって事か。


「こっちの葬式は知らないんだけど、どう弔ったらいい?」

「遺骨は粉にして青空の下に撒いてほしい」


 おっと、なかなか豪快だ。


「お墓に埋めたり、故郷に届けなくていいの?」

「既にどれが誰の骨かもわからん」


 それでも「纏めて埋めて共同墓地にすればいいのに」と思ったけど、山で散骨するのが風習の地方もあるし、余計な口出しはしなかった。


「それじゃ、集めよう」


 その前に、貰った収納鞄を金庫サイズのインベントリの空きエリアに収納しよう。


「それは、大賢者様の秘技……そうか、やはり小さな英雄殿は大賢者様に連なる者であったか」


 王子が何か呟いている。


 ――あれ?


 収納鞄を入れてインベントリを閉じようとしたら、中から収納鞄が排出されてしまった。


「――なんで?」


 意味不明の現象なので、脳内賢者ちゃんにお伺いを立てる。


『収納鞄を入れ子にしようとしたら、魔術的な矛盾が生じて排出されちゃうの』


 大魔法使いっぽいコスプレをした賢者ちゃんがホワイトボードの前で説明してくれる。

 長い木の杖が指示棒代わりらしい。


『中に入れるのはできたけど?』

『完全に閉じなければ大丈夫だよ。閉鎖空間の術式に関する矛盾だから』


 難しくて、よく分かりません。


 まあ、「インベントリや収納鞄の中に、収納鞄は入れられない」って事実だけ覚えておこう。


「ごめん、待たせたね」


 興味の追求は後回しにして、王子の導きで、頭蓋骨を拾い集める。

 なんとなく抵抗があったので、ウィッチ・ハンドで拾って、同じくウィッチ・ハンドで浮かべた麻袋に回収してまわった。


「どうして頭蓋骨しかないんだろう?」

「頭蓋骨以外は全てドラゴンの胃で溶かされて、骨片一つ残っていない」


 骨まで溶かすなんて、すごい胃液だな。

 飲み込まれた時に、頑張って食道で踏ん張って良かった。


「なんでドラゴンは頭蓋骨だけ残したの?」

「赤竜は敗者の首を晒して死者を冒涜し、アンデッド化して恨み言を叫ばせて無聊を癒やしていたようだ」


 悪趣味なドラゴンだな。


 まあ、その方が生き物を殺した罪悪感を抱かずに済むけどさ。

 集め終わった骨の山を、アース・ハンドの魔法で麻袋ごとすりつぶし、クゥに頼んで屋外に撒いてもらう。

 できれば、王子の故郷まで届いてほしい。


「感謝する。幼き、英雄よ……」


 そう言って、王子は青空に溶けるように消えた。


 オレは両手を合わせ、南無阿弥陀仏と唱える。

 宗教が違うだろうけど、冥福を祈るくらいは許されるはずだ。





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