2-13.貴重な素材
「おっと、まだ安心するのは早かった」
巣の奥の方は真っ暗なので、アクティブ・サーチで他のドラゴンがいないか確認する。
――大丈夫、何もいない。
ほっとした気持ちが伝わったのか、クゥがオレの身体から離れた。
「風が気持ちいい~」
クゥが竜の巣から漂い出る。
「まずは、この死骸を片付けるか」
改めて見ると、本当にでかい。
どのくらいのサイズがあるんだろう?
せっかくなので、片付ける前に記念撮影した。
賢者ちゃんもゲームに出てくる女賢者のコスプレで一緒に映ってくれたが、残念ながら写真に写っているのはオレとクゥだけだった。残念。
オレが小さいせいか、テーマパークの撮影コーナーで撮ったみたいに見える。
まあ、いいか――。
「賢者ちゃん、死骸の片付けで何か注意点はある?」
『竜の死骸は捨てるところがないから、流れた血も含めて全部回収したほうがいいよ』
「へぇー、何に使えるの?」
『魔法の触媒に使うのがメジャーだけど、肉が美味しいのよ。美味しいの、とっても』
二回言った? 重要なことなの?
美食家のコスプレなのか、紋付き袴に白髪交じりの黒髪カツラを被って、太い付け眉毛まで装備している。
一週間以内に、本物のドラゴン料理を持ってこないといけない雰囲気だ。
「なら少し、食用部位は別で保存しておこうか。どこの部位がオススメ?」
『どこも美味しいけど、首の根元の方とか尻尾の肉が好きよ。舌や脳味噌も美味しいけど、そっちは魔法の触媒として貴重すぎるから』
なるほど、それなら首を落としたことだし、首肉を少しとっておこう。
俺は次元斬を発動して、胴体側の首を幅二〇センチほどカットした。それでも直径が大きいから、これだけで一〇〇キロ以上もありそうだ。
昔、アニメの再放送で見た、マンモス肉の輪切りを思い出すよ。
切り出した輪切り肉は、専用の領域をインベントリに割り当てて保存した。
切断部分から血液が流れ出ているので、賢者ちゃんセレクトの「異世界で役立つ魔法」シリーズにあったアイス・コフィンという氷魔法で凍らせて止血する。流れた血の処理は後回しだ。
尻尾の肉との食べ比べもしてみたいので、そっちも切断し、首肉とは別の領域を割り当ててインベントリに保存した。もちろん、切断部分は同じように凍らせて止血する。
「さて、次は本体を保存しよう」
割り当てるのは未使用の倉庫領域で良いだろう。
いや、入らなかったら面倒だし、闘技場サイズの領域に変更する。
「このデカさだと運ぶのが大変だ」
ウィッチ・ハンドでは持ち上がらなかったので、アース・ハンドで死骸の本体部分をインベントリに運び入れる。
一つでは上手くいかなかったので、二つのアースハンドでやってみた。
なんとかインベントリに押し込んで、領域を閉じる。
「――ふぅ」
疲れた。
『まだ、血の処理が残ってるよ』
脳内賢者ちゃんが「ざます」口調の似合いそうなメイド長コスプレで言う。
良さげな魔法がなかったので、ポリタンクを出して、電池式の給油ポンプを使って地面に流れた血を回収する。血を吸い上げるのに使ったら掃除が大変そうだけど、これはワゴンセールで複数個買ってあるので問題ない。
ゴミの多い場所に流れた血はスルーしようと思ったのだが、賢者ちゃんの指示で雑巾に染み込ませて回収した。
「そこまで念を入れないとダメ?」
『竜の血はいくらあっても困らないわ。含有する魔力が豊富だから、インクに混ぜて魔法陣を描いたり付与魔法したりすると、効果が覿面に高くなって便利なのよ~』
なるほど、雑巾に吸わせたような血でも効果がある、と。
腰が痛くなる頃に、ようやく回収作業が終わった。
「見晴らしがいいな~」
日の差し込む竜の巣の出口付近から、外の景色を見渡す。
少し下にある雲の向こうに、どこまでも広がる森林とさっき見たケンカの爪痕――谷や起伏に富んだ荒れ地が見える。
そのうち、あの谷や荒れ地にも行ってみよう。
きっと絶景が待っているはずだし、何かの鉱床があるかもしれない。
「――寒っ」
オレは突風に身を竦ませる。
さっき次元斬を放った時に、密着結界の維持に失敗していたようだ。
オレは慌てて密着結界を張り直した。虚弱なオレに密着結界は文字通り命綱だからね。
ついでに竜の巣の出口に結界を張る。
これで寒い突風だけでなく、他のドラゴンの侵入も防げるはずだ。
「クゥ、お昼にしよう」
竜肉を用いたドラゴン・ステーキが脳裏を過ったが、それは今日の晩ご飯にとっておく。
「わ~い、クゥは甘いのがいい~」
クゥには複製フルーツの盛り合わせ、オレには牛丼を出した。
牛丼はまだストックがあるし、今日は特別だ。
「どれから食べるか迷う~」
クゥが何種類もあるフルーツの間に、視線を彷徨わせる。
盛り合わせには、パイナップルとスイカとメロンをメインに、缶詰の蜜柑とサクランボがトッピングされている。
迷った末に、甘い匂いのする蜜柑を選んだようだ。
「甘い~、とってもとっても甘い~~」
クゥは短い腕をぶんぶん振って、美味しさをアピールする。
「サクランボやスイカも甘いよ」
「どれ~?」
クゥが首を傾げた。
そりゃそうか、地球産の果物の名前なんて分かるわけがない。
オレは指さして、どれがなんていう果物か教えてあげる。
「あまうま、うまあま」
感動しすぎたのか、クゥの言語能力が崩壊している。
差し詰め、精霊をダメにするフルーツ盛り合わせと言ったところだろうか?
おっと、オレも冷めないうちに食べよう。
牛丼の蓋を開け、付け合わせの千切り紅ショウガをトッピングする。
やっぱり、これがないとね。店で食べる時は、紅ショウガを山盛りにするほど好きだ。
「やっぱヨシギューは美味い」
貧乏な学生時代は牛丼ばっかり食べていた気がする。
牛肉の旨味とタマネギの甘さと白米の調和が素晴らしい。
箸休めに紅ショウガを囓り、また牛肉とタマネギと白米のコンボに浸る。
「美味しい~?」
あまり美味しそうに食べていたからか、クゥが牛丼に興味を抱いたようだ。
「クゥにも一口あげようか?」
クゥは差し出した牛肉の匂いを、くんくんと嗅いだ後、鯖弁当の時みたいにプイッと顔を背けてしまった。
やっぱり、肉系は好きじゃないみたいだ。美味しいのに。
フルーツの盛り合わせを口に押し込むクゥを愛でつつ、オレは牛丼に専念する。
「――美味かった」
まだまだ胃が小さくて、この前の鯖弁当みたいに半分しか食べられなかったが、十分満足だ。
熱いお茶で一服して立ち上がる。
「さて、午後は竜の巣の宝探しと行こうか」
-----------------------------------------------------
【あとがき】
よろしければ、応援やフォローをお願いいたします。
★が増えると作者が喜びます。
※著者twitter(@AinanaHiro)で新タイトルのアンケートをやっているので、よければご投票くださいな~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます