2-12.竜の巣


『セイ、大丈夫?』


 初遭遇のモンスターがドラゴンだった事を愚痴ってしまったせいか、脳内賢者ちゃんが心配そうに気遣ってくれた。


「ここから脱出したいんだけど、どうしたらいいかな?」


 いつまでもドラゴンの体内にいたくない。


 攻撃魔法を使うか、ウィッチ・ハンドを使って口まで這い上がるか、あるいは賢者ちゃんセレクトの「異世界で役立つ魔法」シリーズにあった転移魔法を使うか。


『転移は止めておいたほうがいいよ。セイみたいな初心者が、高速で移動する場所から転移したら、それこそ「石の中にいる」ってなっちゃうから』


 わざわざ「RIP」と書かれた墓石のイメージを重ねるのは止めて。


「なら、ウィッチ・ハンドを使って口まで這い上がるとか?」

『這い上がってどうするの? レッド・ドラゴンの喉なんて刺激したら、可燃性の液体が吹き出て火だるまになっちゃうよ。まあ、密着結界があったら焼け死ぬ事はないけどね』

「なんで体内に可燃性の液体なんて分泌するのさ?」

『ファイア・ブレスの燃料だよ~』


 やっぱ、異世界のドラゴンも火を噴くんだ。


『それに上手く這い出れたとしても、逃げ切れないんじゃない?』

「確かに……」


 飛行魔法はまともに使えないし、浮遊してクゥに押してもらってもドラゴンの速度に勝てるかというと絶望的な感じだ。

 クゥから伝わってくる空撮映像からして、相当な速さ飛んでいるのが分かるしね。


「なら、攻撃魔法で内側から倒しちゃうとか?」

『倒せない事はないと思うけど、竜の魔法防御はかなり高いから、魔法を選び間違えたら自分もダメージを負っちゃうよ』

「次元斬でもダメ?」

『それなら切り裂けるわ。わたしはあれでエンシェント・ドラゴンの腕を切り落とした事だってあるんだから』


 それは心強い。


「なら、それで行こ――」

『待って』


 脳内賢者ちゃんが慌てた様子で制止した。


『飛行中に攻撃したら、墜落して死骸に押し潰されちゃうわよ!』

「この結界なら大丈夫じゃない?」


 脳しんとうくらい起こすかもしれないけどさ。


『今のセイは身体強化もまともにできないんだから、死骸の落ちた角度によっては中から這い出れない可能性があるんだってば』


 賢者ちゃんに言われて理解した。

 死骸に次元斬を連発して切り刻んでも、切断した肉が折り重なったら、この非力な身体では押し退ける事ができない。ウィッチ・ハンドでもドラゴンを持ち上げるのは無理だろうし。


「なら、ドラゴンが巣に戻るのを待って挑むのが最良って事だね」

『そういう事』


 賢者ちゃんがこくこくと頷く。


『あ、見て、セイ』


 彼女が指し示したのは、クゥが送ってくれている空撮映像だ。


 さっきまで、水平線の向こうまで大森林が続いていたのに、今はその先に雲より高い山脈が連なっている。


『違う違う、下よ』

「下?」


 オレの意識がクゥに届いたのか、映像がパンして地上を移した。


「げっ、何これ?」


 森が途絶え、そこかしこで地面が陥没したり、隆起したりしており、爪痕にも見える何条もの深い谷まである。谷は幅数十メートルはあるんじゃないだろうか?


『ベヒモスとエンシェント・ドラゴンのケンカの痕よ。やっぱり、この森はベヒモス大森林だったんだわ。たぶん、このドラゴンの目的地はエンシェント・ドラゴンの巣があった竜山脈だと思う』


 物騒な名前が出てきたぞ。


「ベヒモスとエンシェント・ドラゴンって、オレが譲ってもらった魔晶石の?」

『そうそれ。わたしと弟子達で倒したから今はもういないけど、その眷属はちらほら残っているんじゃないかしら?』


 オレを食べたレッド・ドラゴンもいるしね。


 森の傷跡エリアを離れ、ドラゴンは山脈の一番手前にある山、その中腹にある洞窟へと着地した。


 ――巣に複数のドラゴンがいたら?


 そう思いついた時には、ドラゴンが洞窟のふちに着地した。

 竜の巣には結界が張られていたらしく、クゥは一定距離から内側に入れないようだ。


「腹を括ろう」


 ドラゴンの魔法抵抗に邪魔されて、パッシブ・サーチで外の様子が分からなかったが、アクティブ・サーチで調査するのは無しだ。

 もしドラゴンに気づかれたら、次元斬の奇襲が失敗する。


「<我が身に眠る万能なるマナよ。万物のことわりを混沌へと導き、我が願いを具現せよ>」


 オレの身体から溢れ出したマナが、オレの周囲に光る魔法陣のような幾何学模様を作り出す。


「<マナよマーナ空間を掌握しポトリ・スパチゥム我が意のままとせよファク・ウト・プラシェット>」


 マナを媒介し、オレの周囲の事物が伝わってくる。


「<全てをオムニア切り裂くディラシェラント刃となしファクティ・フェルム>」


 マナがオレの両手のあたりで凝縮し、不可視の刃を作る。


「<我が敵をイニミクス・メウス空間ごと切り裂けインテルフィーチアム・ペル・スパーチオ>」


 ドラゴンが身じろぎする。

 どうやら、オレの魔法に気取られたようだ。


 だが、もう遅い。


 オレは両腕を思いっきりドラゴンの頭部の方に伸ばした。


「<―― 次元斬ディメンシオ・カット>」


 ドラゴンが何かをするよりも速く。


 オレの魔法が発動し、全てを切り裂く次元断層のギロチンが、ドラゴンの首を切り落として見せた。


 断末魔の叫びを上げる事もできず、ドラゴンは数度痙攣した後、動きを止めた。


『これで、セイもドラゴン・スレイヤーね』

「不意打ちで、だけどね」


 オレはウィッチ・ハンドの助けを借りて、切り落とした首からなんとか這い出た。


「セイ~」


 クゥがビタンッと音がしそうな勢いで抱きついてきた。

 ドラゴンを倒した事で、クゥの侵入を阻んでいた外の結界が無くなったのだろう。


「オレは大丈夫だよ」


 うぇーん、と泣くクゥの頭を撫でる。


「ありがとう、クゥ」


 心配してくれたクゥに礼を言う。

 クゥがドラゴンの外側からの映像を送ってくれたお陰で、客観的な状況を把握できたからね。


「賢者ちゃんもありがとう」


 賢者ちゃんがいなかったら、空中で魔法攻撃して潰れていたかもしれない。


『どういたしまして』


 お姫様の格好をした賢者ちゃんが、剣でオレの両肩をポンポンと叩く仕草をした。

 なんでも、竜殺しをなしたドラゴン・スレイヤーへの叙勲の儀式のマネごとらしい。


 背後に視線を向けると、首が千切れたドラゴンの死骸が横たわっていた。


「それにしても……。初遭遇のモンスターがドラゴンっておかしいだろう? 普通は角の生えた兎とかゴブリンとか、最悪でも猪か熊じゃないか?」


 思わず愚痴が出てしまったけど、これくらいの悪態は許されると思う。


「親は子供を滝壺に突き飛ばすし、竜はいきなり捕食するし、異世界は殺意が高すぎる」


 これからはスローライフでお願いします。


 オレは異世界の神様にそう祈った。





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